リクエスト



『雨………』



雨で村も木々も、全て灰色に濡れ白く煙るのが嫌い。あの時を思い出すからだ。身が引き裂かれるような辛い思いを。








私は戦で孤児になり、遠い親戚である叔父さんに引き取られた。叔父さんも娘を無くし、質素な生活ではあったが叔父さんは私を実の娘のように接し、とても幸せな日々を送っていた。再び戦火に追われるまでは。





煙が立ち込める雨の中、叔父さんの身体が冷たくなっていく姿をひたすら眺める事しかできなかった。それだけ現実を受け入れる事ができなくなっていた。覚束ない足で以降転々と各地を放浪し生き延びる為には何でもやった。盗み、脅し、地べたを這い泥水をすすってでも必死に生に喰らい付いてきた。



しかしそんな事をしていたらいつか罰が下る。盗んだ相手が悪かったのか、集団に囲まれ今までの行いが返ってきた。殴られ蹴られ指を動かすだけで全身に激痛が流れる。四肢はまだ折れていないが口内から血を吐き出す。因果応報。このままのたれ死んで、対して意味のない命に終止符を打つ事ができる。








意識を飛ばしてどれくらい時間が経ったのだろう。足音が聞こえ近くに人の気配がする。壁にもたれかかるが立ち上がる力すらない。其奴は何を思ったのか手を伸ばし、肩を担がれる。死を覚悟するがこの戦国の世、物好きな奴がいるものだ。家に運ばれ薬草やら包帯やらで治療してくれた。身体が動かせるまでここに居ろと言う。数日が経過すると身体も徐々に動かせるようになり身の上話をする事になった。今までの事を話した。その時、彼の涙を流す姿を見た。辛かっただろう、ここに居てくれたらいいと。彼も孤独で似たような過去があった。最初は不信しか抱かなかったものがいつしか好意に変わった。





知人でもなく友人でもなく側に居させてくれた。ただそれだけ。しかし想いは日々募る。そんな日々が続くと彼も同じ想いであったと分かった。それからは二人で仲睦まじく生活していた。仕事の帰りを待ち、夕餉を作りゆくゆくは夫婦になるのではないのかと思う程充実した生活であった。






そんな矢先、彼が疫病に罹り先が長くない事を悟った。それからは早かった。また大事な人を亡くした。人と一緒に生きるという事は死を共にするという事か。

























『以上が私の過去。』


そう話した後、隣の半助は微妙な表情をしている。
土井半助。人当たりの良さそうな彼だが怒るとすごく怖い。この間は小さな子供を連れて何か怒鳴っていたけど。福富屋の子供がこの店に連れてきてからは茶屋での常連なお客様。親しみやすいように接してくるからいつの間にか下の名前で呼び合うようになった。





『だから言ったでしょ。人の過去を詮索するなって。』

「成る程。だから[#dn=2#]が人を遠ざけるような言動をしているのか。」





そう言いながら団子を口に頬張る。さっきの態度といい、今はその平然としている態度が気に食わない。





『だったら何だって言うの?実際に微妙な顔してたでしょ。』

「いや、つい想像できない過去を持ってたから。」

『勝手に決めつけないで。人には複雑な過去があるの。貴方先生失格ね。おばちゃんお先です。』





そう捲し立て、お店での働きを終え暖簾をくぐり帰路につこうとする。





「ちょっ![#dn=2#]!待ちなさい!!!」



後ろから半助が追いかけてくる。あの人速い!只の先生でしょ。何であんな動き速いの!走っても追いつかれ腕を掴まれる。




『やめてよ!』

「いきなりどうした?……………何故涙を流すんだ?」




半助に言われて、今やっと自分が涙を流している事に気づく。
腕を離してもらおうとするが振り切れない。そんな私を半助は抱きしめる。それでも涙は止まらない。寧ろ堰を切ったように半助の腕の中で子供のように泣きじゃくる。それを黙って受け入れられる。今までこんな事あったかな。





「落ち着いたかな?」

『少しは。』



ぽつりぽつりと話しをするがそれを黙って聞いてくれている半助。



『私の中には彼らが居る。それなのに半助が関わってくる。振り切りたいのに半助が来る事を楽しみにしている私がいる。』

「そうか。」

『だから何も思ってないのに私に関わってこないで。』

「私は[#dn=2#]の事が好きだ。」



まるで頭を鈍器で叩かれたようだ。昔の事が走馬灯のように思い出す。また一人になる。あの孤独はいやだ。



『いやだ……そんな事言わないでよ。………一人は辛いのよ。』

「いいや、一人にならない。」

『同情ならいらない!今まで大事な人は私を残して死んでいった!』

「私はそうならない。」

『嘘!そんな事誰にも分からない!』

「[#dn=2#]の今までの事は否定しない。けど私の事も否定しないでくれ。」

『っ!』



それを言われて思わずはっとする。口を紡ぐがいろんな想いが交差する。





『私は昔、家族を討たれた過去がある。』





重苦しい空気の中、半助が口を開く。





『えっ………どういう事?』

「君にはまだこの話は荷が重いかもしれない。」

『……そう。ならまだ聞かない。』





そう半助に微笑みながら告げられる。この人の笑顔の裏にはどれくらいの過去があるのだろうか。人には思いもよらない過去がある。私達のこの時代は死が近くに存在し続けているのも事実。





『人はいずれ孤独に死んでいくわ。』

「確かに[#dn=2#]の言葉は一理ある。でもそれはみんなじゃないんだよ。その人の為にも全力に生きてみてはどうだろうか。」

『ふっ……半助の言葉にも一理あるわね。』

「それは先生に対する褒め言葉だな。だ、だからもし君がよかったらその……君の隣に居させてくれないか?」

『今まで強気だったのに何でそう弱気なの?』

「いや、今更恥ずかしくなって。」

『私を1人にしないならね。』




そう告げると半助の腕の中に抱き寄せられる。




「[#dn=2#]、お前を一人になんかしてやらない。」

『そんな根拠どこにあるの?』

「人の想いは無限だよ。[#dn=2#]。今までの悲しみを捨てろとは言わない。只その悲しみ、想いを越える程私の事を愛し愛し抜いて欲しい。」




そんなクサい台詞に思わず顔がほころびる。



『えぇ、でもそんなに私が愛する事ができるかしら?』

「お前も素直じゃないな。」

『私を一人にしないでよ。半助。』





2/2ページ