リクエスト





『ようやく摂津の国ね。』



峠を越え山中に差し掛かった頃、遠くで雷鳴が響き雨足が降ってきた。急いで近くの建物に入るがこんなに降ってくるとは思わなかった。雲の様子からにして雨が止むのにまだまだ時間がかかりそう。時間を潰していると横から同じく雨で身体を濡らした男性が入ってくる。男性は濡れた衣服についた雨を軽く振り落とし被っていた鳥帽子を降ろす。





『降ってきましたね。』




言ってから思わずハッとする。知らない人なのに声を掛けてしまった。怪しまれただろうか。そぉーっと視線を男性に移すと感じのいい表情で笑み返される。




「すごい降ってきて困りますね。貴方もですか?」

『えぇそうです。困ったものです。』








切っ掛けが良かったのか暫く話が盛り上がる。彼は土井といいとある学舎で教師をしており沢山の教え子が居るらしい。若い方なのにしっかりしている職業だと感心せざる得ない。そう話をしていると雨が止み太陽が曇から覗き込んできた。その後は二人して袂を分かつ。話しやすい好青年だったがもう会う事はないのだろう。別れ惜しかったがこれも一期一会だと思い町に向かう。









山を越え町に入ると賑わっている様子に圧倒される。旅をしてきた道中で色々な町を見てきたがこんなに栄えている町は見た事なかった。珍しい南蛮料理に衣服、輸入物どれも心踊る物ばかりだ。そんな様子だったからか田舎者旅人で足が付かないとして盗賊に目をつけられたのだろう。一瞬の隙に陰に追いやられ連れ去られた。





『かはっ!』

「おいおい大事な商品なんだ。大事に扱えよ!」

「うるせぇ!すまねぇな姉ちゃん!ちょっとここに居てくれよな!」

『私をどうする気ですか!?』

「なーに、ちょっと金持ちの旦那達に買ってもらうだけだ。ありがたく思いな。ガハハ!!!」









盗賊をそういって入ってきた扉から出ていく。人攫いだったのか。地方諸国を旅してきて危険な目に合わなかった訳じゃないのに町だからと油断した。縛られた縄から逃れようとしても縄は固く自分の力だけではどうにもならない。私ここで売り払われるのかな。自分の油断が招いた結果だが目から涙が出てくる。嫌だ。私まだ死にたくない。逃げたい。でもどうやって?こうなるなら今までやりたい事とかやってこれば良かった。こんな啜り泣く事しかできないなんて。旅は簡単な事ではないが決して悪い物ではない。色んな場所で様々な人情に触れる事ができる。先日出会った土井さんもそんな人だった。しかし今生が最期だと思うと自身の人生が呆気なく思う。






『あはは………………グスっ………大したことなかったじゃん。』







何でこんな時に彼の顔が浮かぶのだろう。たった少しの間会っただけなのに。












嗚咽が外の奴らに聞こえたのか暫くすると男達が入ってくる。恐怖で声も出すことができない。そんな自分を前に男達は喋り出す。







「おい、まずいだろう。やめとけって。」

「うるせぇ、黙っとけばバレねぇって!」

「嬢ちゃん、ちょっと面貸しな!」

「やっぱり顔はいいだろう!」

「まぁ体も悪くはないしな。」

「俺達で少し味見しようぜ。」

『ヒッ!』







その言葉に身体が凍り付き顔から血の気が失せていく。言っている意味が分からない訳ではない。こいつらに犯される。





『い、嫌っ!!!』

「おい、逃げるなよ!まぁここからは逃げられないだろがな。」

『触らないで!!!あっ!』

「いい加減黙らねぇか!」






頬を張り倒され身体が地面に倒れる。叩かれた頬に熱が集まる。男の力に身体の震えが止まらない。その姿に男達は満足したのかそのまま組み敷かれる。誰にも触れられていない私の身体。呆然とする中で悔しさ悲しみで涙が止まらない。






「はぁ、最初から大人しくしとけば良かったんだ!」

『………………ッいやーーーっ!誰か助けて!!!』

「まだ騒ぐかこのアマ!ぅおっ!!!」






精一杯の声を振り絞る。どうせ犯されるなら抵抗し続けて舌を噛み切ってやる。そんな覚悟だった。しかし叫んだ後自身の上に跨っていた男が吹っ飛び石の壁にぶつかる。他の男もあっという間に蹴散らされ地面に倒れ延びている。何が起こったの。泣きじゃくり汚れた顔面に地面に擦られて痛い身体を持ち上げられる。涙で揺れる眼窩の目の前にはこの間着ていなかった黒い装束に包まれた見覚えのある男性がいる。






「君!大丈夫か!?」

『あ、貴方は………。』

「町で見かけてもしやと思ったが間に合って良かった!」

『土井さん……。』



安心したのかそこで私の意識は切れた。













再び意識が戻った時は彼は前の着物を着ており前回と変わらない姿だった。




『土井さん、なんでここに。』

「目が覚めて良かった。ここは町の外れだ。もう[#dn=2#]を狙う者はいないから安心しなさい。」

『………私の名前覚えてくれてたんですね。』

「当たり前だ。」




そう言われようやく安心する事ができた。自分の身体を見るとあちこち擦り切れてはいるが大事な貞操は守れたらしい。その事実に胸を撫で下ろす。でも何故土井さんが助けに来てくれたのか。彼も私が何を考えているのか理解したらしい。






「すまない。私のせいで[#dn=2#]が狙われたらしい。」

『えっ、何で土井さんのせいなんですか……?』

「以前私が学舎の先生をしていると言っただろう。あれは忍者の先生の事だ。」

『えっ。』






土井さんが忍者。全く想像もしていなかった衝撃的な事実に身体が硬直する。
土井さんが言うには雨宿りをしていた時、私の姿を敵の忍者に見られ情報が通じる者として消されそうになったらしい。そんな簡単に人を消そうとするのか忍者はと頭部に衝撃を受ける。






「だから私の事は忘れなさい。そうした方が身の為だ。」

『そ、それは嫌です!』

「現に危険な事に巻き込まれただろう!」

『そ、それは……。』




大きな声に身体が一瞬強張る。確かに危険な事に巻き込まれた事のは事実。じゃあこの私の想いはどうなる?たかが一瞬されど一瞬の出会いが私を大きく変えた。






『嫌です。』

「………何で物分かりが悪いんだ。」

『こんな事で終わらしたくないのよ!……………好きなんです!貴方の事!』

「……………馬鹿な事を!」






涙が止まらない。抑えていた感情が堰を切って溢れ出す。そんな私を土井さんは引っ張り彼の胸に頬があたった。彼の腕が背中に回り強く抱き締めてくる。着物を通して私の頬に土井さんの体温と鼓動が伝わる。そうされると余計に涙が溢れてきて彼の腕の中で目を閉じると彼の着物を汚していく。
















「[#dn=2#]の心は君の事を心底想ってくれる人に使いなさい。」

『それは土井さんです。』

「ったく、私だと命がいくつあっても危ないぞ。」







そう微笑まれ土井さんの腕の裾で涙を拭かれる。このやり取りで彼の心が私に動く事がないと痛感した。




『……でも想うだけなら私の勝手でしょ。』

「………あぁ。……泣くな[#dc=1#]。」

『………もう泣いてないわよ。これは汗。』

「そうか。…………これから先君の無事を祈っている。」

『………ありがとう半助。』












忍者の世界の事は私には分からない。だけど彼は忍者だから教え子達と共にこれから先目に見えぬ闇と戦いながらこの世界を突き進んでいくのだろう。そんな彼と心を共にする事はできないが私には今後も土井半助という彼の無事を祈るしかできないのだろう。






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