雨宿りDIARY Ⅱ
人間は他者の慾望のパッチワーク
2026/10/08 14:09エッセイ
たまに「この価値観はどこからきたのだろう?」と考えることがある。
例えば、目は大きい方がいいとか、身長は高い方がいいとか、ムダ毛は処理した方がいいとか。
こういうのを考えていくと自分が「その方が望ましい」と思っていることが、結局誰かの願望や慾望なことに気がつく。
痩せてる方がいい、胸が大きい方がいい、二重の方がいい、憧れの人のようになりたい、皆持ってるから自分も欲しい。
じゃあ自分の本当の望みは? 自分だけの価値観は?
突き詰めていくと「本当の私はどこにある?」と問いにまで拡大されるけれど、実はそんなものはどこにもないのでは?と私は思ってしまう。
ある意味「私」とは「他者」の寄せ集めに過ぎないのかもしれない。
ただ見方を変えると、全く真逆の形になる。
様々な「他者」を寄せ集めたモザイク模様の「私」はどれ一つとして同じ組み合わせのものはない。そのモザイク模様の違いが唯一無二の「私」になる。
そして「私」を組み上げるピースが多ければ多いほど、「世界」がより鮮やかに、深く感じ取れる。
だから、「本当の私」なんて探さなくてもいいのかもしれない。
誰かからもらったものも、誰かに憧れて身につけたものも、誰かに反発して捨てたものも、いつの間にか自分の一部になっている。
そうやって集めた無数のピースを、どんなふうに並べるのか。
その違いこそが「私」なのだろう。
私たちは他者の欲望のパッチワークだ。
けれど、そのパッチワークは一枚として同じものがない。
だから私は、他者の影響を受けることを、それほど恐れなくてもいいと思っている。
誰かの世界を覗くたび、私の中に新しい色が増える。
そうして世界は少しずつ、鮮やかになっていく。