雨宿りdiary

三島由紀夫生誕100年と買った本、ヘアスタイルの話(長文でお届けいたします)

2025/01/08 18:28
雑記購入品
昨日の夕方5時に寝て起きたら11時でした。18時間も爆睡してました。小説書いてると普通に徹夜しちゃうので(気が付くと朝になってる)疲れきって寝ると大体このくらいは寝ます。体に絶対悪い。「夜雨さん寝てください!」とコラロ界隈では良く言われてました😂まともに寝てるのが1週間のうち3日しかないとかやってたので、今年は改めます。体がもたん。

起きて風呂入って美容院へ。
無事に半ハゲになりました。左半分がクリクリ坊主、右半分がちょっとだけ長いツーブロック仕様です(眉毛は全剃りで無し)。こんな頭なので(眉無しも相まって)歩いてると2度見やガン見されます。
ガチの坊主頭も5回くらいやってるけど「頭おかしい」と弟2人には言われております。妹は「まあお姉ちゃんだから仕方ない!」と言ってくれてますけど、母親には「あんた怖い」というコメントを頂いております。父親はノーコメント。
バンギャのサガなのか、普通のヘアスタイルはあんまり好きじゃなかったり。人と同じってのが嫌なのかも。つまらないから。
眉毛ないのはアイメイクが濃いのでちょっとバランスとるためです。眉毛描かなくて良いから楽チン。
友人には「ロングヘアとかにしたらモテるのに勿体ない」と何回か言われてるけど、男ウケとかはどうでも良いのです、私は。服装やメイク、髪型とか男ウケはこう!みたいなのあるけど、あれも見てて腹立ちます。まあそれが役立つ人もいるんでしょうけど、私からしたら余計なお世話です。基本的にオシャレって自分本意のものだと思うので。その場に相応しい装いがあるのは事実なので、それはマナーとして守らないと駄目だけど、あとはもっと自由でええやんって思います。
男性が女性に対して服装や髪型の好みを押し付けてくるのも論外です(ミニスカート履くな、髪型はロングが良いから切るなとかね)。大変残念なことに弟1号がこのタイプで、聞いてて呆れるし、グーパンチしてやろうかと思いました(暴力はあかん)。
好きだから半ハゲにしたり坊主にしたり、やりたい放題やってますけど、1割ぐらいは自衛のためだったり。痴漢とか変な野郎が寄ってこないように。
中には勘違いしてる人もいるんで、声を大にして言いたいんですが、痴漢とか変な野郎は容姿の美醜で相手を選んでるわけじゃなくて(服装もそう。露出の多い服を着てるとか全然関係ない)大人しそうな人を選んでやってるんですよ。こいつなら大人しそうだし、やり返してこないだろうから何やっても良い、みたいに。めちゃくちゃ卑劣ですよね。女子高生や中学生が痴漢被害にあいやすいのは、制服というのが性的な記号として認識されてしまっているから、というのもあるけど。勿論、性的な被害にあうのは女性だけじゃないけどね。世の中にはまともな(普通の)男性が大半だと思うけど、やっぱ性被害にあうと男性が怖くなります。あとなんか、変な野郎に好かれやすいので、マジでなんで???って思います。

閑話休題。
美容院の後は本屋さんへ。

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今年は三島由紀夫生誕100年とのことで、お店の許可を頂いて写真を撮らせて頂きました。こうしてみると壮観ですね。
三島由紀夫の作品はかなりの数読んでるし、新潮文庫では「殉教」「絹と明察」「葉隠入門」以外は読破して持ってます。
貰ったパンフレット見てみたら「音楽」の解説が村田沙耶香に変わってるようですね。他にも色々新しく解説が変わってて、その解説読むために文庫全部買い直したいとか思ったり。新装版の装丁も格好良いしね。旧版の「音楽」の解説は澁澤龍彦なので、澁澤龍彦が好きすぎる私としては変えて欲しくなかったかな、とか思ってます。

三島由紀夫の作品の中で好きなのは長編だと「金閣寺」、短編では「憂国」です。次点で「禁色」かな。戯曲で絞れば「わが友ヒットラー」が大好きです。やっぱり三島由紀夫は男同士の愛憎を書くのが上手い。三島の戯曲はどれも面白いので小説はちょっと……と思ってる人はぜひ読んでみて欲しい。
豊穣の海シリーズも名作だけど、3巻目の「暁の寺」は読むのに苦戦した覚えがあります。阿頼耶識とか仏教用語や仏教の思想が展開されてて、ちょっとついていけない……でもストーリーは面白いです。2巻目の「奔馬」は三島の性癖全開で読んでて面白いです。

三島の「金閣寺」と太宰治の「人間失格」って凄い似てるなって読む度に思います。ただ決定的に違うのは「人間失格」の主人公・葉蔵が最後、傷付きすぎて廃人同然になってしまうけど、「金閣寺」の主人公・溝口は劣等感から金閣寺に放火して死のうとするけど結局最後は「生きようと思った」って翻意してしまうところ。このラストの違いが書き手の美意識の違いを表していて興味深い。三島は人前で弱さをさらけ出すことを「無礼者」と言って切り捨てる人だったけど、太宰は反対にその弱さを受容する人だったので。
三島が太宰さんの文学は嫌いですって言ったのは有名な話だけど、でもあれは同族嫌悪で、太宰が描く人の弱さを自覚していたから三島は良く思わなったんだろうな、と。まあこれも有名な話だけど。太宰文学を嫌いながら、でもちゃんと太宰文学の素晴らしさを認めていたところが三島はやっぱりプロだなあと思う。

三島由紀夫の作品を読むと(純文学作品ね)天才が書いた文章はこういうものかと思ってしまう。洗練された文章は手で触れたらすぱっと切れそうなくらい。太宰治の文章はもっと温かみがあって、手触りが岩肌みたいな感じがする。
三島はあれだけのクオリティの作品を書き続けてキツくなかったのかなって思う。彼が自決したのはメンタルが病んでた訳じゃないから、そこはほんとにタフだなって思うけど。てか物書きはメンタルタフじゃなきゃやってられないと思う。健全な肉体と健全な精神がないと書けません。執筆は体力勝負だしね。メンタル病んでる時に書いた作品って大抵内容も病んでるし。まあそういうのも私は好きだけど。

そんで買った本がこちら。

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ラカンをたどり直す/福原泰平
われはラザロ/アンナ・カヴァン
石灰工場/トーマス・ベルンハルト

「石灰工場」はAmazonで買って今日届きました。
「ラカンをたどり直す」はアウトレット価格で半額でした。「われはラザロ」はずっと読みたかったので買えて満足。「ラカン〜」と「われは〜」の2冊で5000円消えました……。「石灰工場」は3245円也。
心理学や精神分析の本はちょこちょこ読んでますが、ラカンはあんまり読んだことがないです。一番読んでるのはユングやユング派の河合隼雄の本かな。精神分析の祖といえばフロイトだけど、フロイトもそんなに読んでないかも。ユングの面白いところは神秘思想も取り込んで精神の深部がどうなってるかを解き明かそうとしたところ。神秘思想って扱い方を間違うとおかしな方向へいってしまうけど、面白いなって思います。
私が錬金術、魔術、神、宗教といったものに惹き付けられるのは、そこに人間の精神の有り様が見て取れるから。もっと言えば人間としての営みが見えるから。人間が人間たる証のようなものが。人間だけが神を必要とし、何かを祈り、この世界がどうなっているのか必死になって解き明かそうとしている、そういうのが見てて面白いし、めちゃくちゃロマンを感じます。

結局のところ、私は人間とは何か?をずっと知りたくてあれこれ読んだり、自分でも書いたりしてるんだと思う。
二次創作もそのキャラのことが好きで関係性に萌えて妄想が滾るままに書き殴ってるわけだけど、書きながら愛とは何か?を考えてる気がする。恐らく私の人生の命題でもあるんじゃないかと。これまでの人生を思うとね。
でも多分、答えは得られないんじゃないかな。
そんな気がしてます。

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