俺のかみさま
(壱)
――物心がついた頃からこの世のものではないものが見えていた。
漸く背中に背負ったランドセルが躰に馴染んできた時分――俺が小学三年生の頃の話である。
その日は週一度のクラブ活動があった日だったので下校時間も普段より遅かった。とはいえ、季節はまだ残暑が厳しい時期だったので陽は長く、夕方の五時近くでも充分明るかった。
どこか遠くで鳴く蜩 の聲 を聞きながら通い慣れた人気 のない道をひとりで歩いていた時。急に怖気が立った。肌にぶわりと鳥肌が立ち、背筋に冷たい汗が伝った。髪の毛の根元が引っ張られるみたいにチクチクする。急速に重たい空気が躰にまとわりついて嵩張っていく。
――いる。
人ではないものが。
俺はどっと鳴る心臓を抑えるように胸の辺りの服をぎゅっときつく握り込んで気配を窺う。茜色に染まりつつある西陽に長く落ちる影に紛れて異形のもの達が赤い瞳を十個光らせながら卑しい笑みを浮かべていた。
こういう場合、気が付かないふりをして通り過ぎるのが最適解だとこれまでの経験で学んでいたものの、この時は蛇に睨まれた蛙の如く躰が呪縛されてしまい、微塵も動けなかった。
どうする――殆ど回らない頭で考える。逃げ出したいのに足が動かない。わあと叫びたいのに声が出ない。舌が縺れる。
道路に描かれた建物の影から異形達が俺に向かってゆっくりと這い出し、捕食者の残忍な眼と合った瞬間。
「長船派の祖、光忠が一振……参る!」
視界に閃いたのは漆黒だった。否、眩しいまでの銀色だったかもしれない。突如疾風の如く現れた黒衣の男は瞬く間に――本当に瞬きする間に異形のもの達を蹴散らした。化け物達は耳障りな断末魔の叫びをあげながら黒い塵芥となって崩れ去った。一体どうやってあいつらを倒したのかと不思議に思ったが、黒手袋に握られている刀に気が付いて察した。
黒衣の男は鞘に納刀すると振り返って呆然と立ち尽くす俺に駆け寄って「大丈夫かい?」跪いて顔を覗き込んでくる。あんたは誰だ、どこから来た、あいつらは一体何なんだ――訊ねたいことは色々あったのにどれも言葉にならなくて俺はただ頷いた。と、目の前にある白い顔が安堵したように綻ぶ。
「僕は燭台切光忠。君は広光くんだね」
「なんで俺の名前、」
この男にどこかで会ったことがあるだろうか。思い出そうと記憶の糸を手繰るが、上手くいかない。尤もこんな男を一目見たら忘れられないだろう。全身黒づくめなうえに右眼は黒い眼帯で覆われている。白い顔は人形みたいに整っていてまるで作りものみたいだ。彼が作りものではないことの証のように夕陽を受けて左眼が燃えるように輝いていた。単純に綺麗だと思った。
男は俺の疑問に答える気がないようで微笑するだけだった。
「……幽霊?」
思ったままのことを口にすると燭台切光忠と名乗った男はおかしそうに噴き出した。俺が露骨に顔を顰めてみせると「ごめんごめん」そう謝罪しつつも、全く「ごめん」とは思っていない口ぶりだ。腹立つ。
「僕は幽霊じゃないよ」
ほら――黒手袋が俺の右手を優しく掴む。何だか信じられなくて思わず左手で白い頬に触れてみると、温かい。
「あったかい」
「幽霊はこんなふうに温かくはないと思うんだよね、多分」
「多分なのか」
「流石に僕も幽霊には触ったことはないからね。――広光くん、付喪神って知ってる?」
「それって妖怪みたいなやつだろう」
何かの本で読んだことがある。付喪神は長く使い古された物に魂が宿った神様、あるいは妖怪だと。
「もしかしてあんたがそうなのか?」
今度は男は笑わなかった。
「一体なんの?」
「僕の本体はこれさ」
光忠は左手に握った刀を軽く持ち上げて見せる。
「今は理由 あって人間の姿をしているけれど、本来は刀なんだ。僕が言っていることは信じられないかもしれないけれど……」
彼はどこか困ったように眉根を寄せて視線を落とす。ぴょこりと跳ねている旋毛の毛が心做しかしょんもりしたような。
光忠――名前を呼ぶと少し驚いたように見開かれた隻眼がこちらを向いた。
「あんたが嘘を言っているとは思ってない」
「本当?」
「俺のこと、助けてくれたから」
怪しさは拭えないが、怖いものから救ってくれたのは確かだ。知らない大人に話しかけられたら応じるなと親や教師から耳にタコができるくらい言い聞かされているが、光忠は別だ――と思う。彼のことは信じても大丈夫だと理屈ではない何かが告げていた。
「あんたのことは信用する」
「ありがとう、広光くん」
光忠はにこりと笑うと「さ、暗くなる前に帰ろう」家まで送るよ――俺の手を引いて立ち上がる。背が高い。
「……でかいな」
「広光くんは小さくて可愛いね」
なんだか新鮮だと朗笑する眼帯男の脛を思い切り蹴飛ばしてやった。
「暴力反対!」
「うるさいっ」
蹴られた脛が痛むのか光忠は半ばよろめきながら喚く。ざまぁみろ。小さいとか可愛いとか言うあいつが悪い。光忠を置いてすたすたと道を進むと「あ、でも大丈夫! 広光くんちゃんと身長伸びるから! 大きくなっても可愛いから! 僕が保証するよ!」だから置いていかないでよ、ねぇってば――トンチンカンな言葉が追ってくる。無視して尚も先に行くとふと彼の気配が薄れた。
「光忠?」
立ち止まって背後を振り返ると長身はなく、低空飛行する鴉の影絵が地面を横切って、物悲しいような晩鴉 の聲が響き渡る。正面を向く。いない。再度振り返ってみても黒衣の姿はどこにもなかった。急に心細いような気持ちになってあれは束の間の夢か幻だったのだろうか――俯きながらとぼとぼと歩き出すとどんと人にぶつかった。
「すみま、――」
「おっと。ごめんね」
顔を上げると光忠が立っていた。俺が口を開きかけるとひょいと躰を抱き上げられた。目線が高くなる。
「おい、おろせっ」
「また脚を蹴られたら敵わないからね。君先に行っちゃうし。ほら、おとなしくして。落としちゃうよ」
「俺は赤ん坊じゃない! 落とされた方がマシだ!」
こんな姿を誰かに見られたら恥ずかしくて死ぬ。明日学校で噂になってしまう。一生学校に行けない。そんなことになったらと思うと血の気が引いた。
「鎌倉時代生まれの僕からしたら広光くんは立派な赤ちゃんだよ」
「クソジジイっ」
「こーら、そういう言葉は使ったら駄目だよ。めっ」
黒手袋の人差し指が俺の唇に押し当てられる。――めって。めって言った。何なんだ、こいつ。
呆気に取られてぽかんとしているとこれ幸いとばかりに光忠は長い脚で歩き出す。
「広光くんにちょっと聞きたいんだけど」
「……なにを」
思いの外不機嫌な声が出てしまって内心ひやりとしたが、光忠は気にしていないようだった。
「さっきの変な連中、今までも見たことがあるかい?」
「変なものは昔から見てるが、さっきのやつらは初めてだ」
「そうなんだ。いつも見てるのはどんなの?」
「幽霊みたいなものだ。首がなかったり、腕がなかったり、頭だけとか。人の形をしていないものもある。黒いもやみたいな。化け物としか言いようがないものとかも」
俺には所謂霊感というものがあるのだろう。幼い頃は他の皆にも見えているものだと思って両親や友達にも普通に話していたが、その度に怪訝そうな顔をされるので、いつからか誰にも話さなくなった。
「なるほどね」
「さっきのは何だったんだ?」
あんなのは見たことがない。鬼のような、大きな人面蜘蛛のような、不気味な姿は古い時代の妖怪みたいだった。
「変に隠してる方が君も気になるだろうし、却って不安になっちゃうだろうから打ち明けるけれど、あれは僕達の敵だ」
「敵?」
鸚鵡 返しに問うと金色の瞳が瞬きする。星が光ってるみたいだ。
「そう。時間遡行軍と言ってね、歴史を変えようと悪さをするんだ。僕は――僕達は時間遡行軍から歴史を守るためにこの人の形を与えられたんだ」
「僕達? 光忠みたいなのが他にもいるのか」
「うん。たくさんいるよ。大体出陣する時は六人組になるんだけど今回は単なる調査だったから僕ひとりで来たんだ」
「来たってどこから?」
「遠いところから」
光忠はそう言って曖昧な笑みを浮かべた。
「その、時間なんとかってやつらはまた現れるのか」
「時間遡行軍ね。うーん、どうだろう。この時代に現れるのはかなり珍しいんだけど。――ひとつ白状するとね」
「なんだ?」
じっと光忠の瞳を覗き込むとふっと細められた。
「さっきの、全部斬ったと思ったんだけど、どうやら一体取り逃したみたいなんだ」
「えっ」
咄嗟に逞しい首にしがみつく。と、大きな黒手袋の手が宥めるようにぽんと背中に触れた。
「気配を追ってみたけど途中で判らなくなった。向こうもこのままおとなしく引き下がってくれたら良いんだけど」
先程光忠が一瞬姿を消したのは敵を追いかけようとしたからなのだろう。
そんな不安そうな顔しないで――光忠は柔らかく笑う。
「取り逃した遡行軍は必ず仕留める。君のことは僕が守るよ」
そう言って右手の小指を差し出す。俺が戸惑って彼の顔と小指とを見比べると促すように指先を近付けてくる。
「――約束だぞ」
躊躇いがちに長い指に自身の小指を絡めると「ああ、任せてくれ」自信たっぷりっといった風情に光忠は不敵に笑った。
(弐)
道を全速力で走る。こんなに走るのは体育の授業だってなかなかない。途中、クラスメイトに「そんなに急いでどうしたんだよ」と声をかけられたが「用事がある」とだけ答えてあとは無視をした。実際、用事があるのは嘘じゃない。おいそれと口外できる事柄ではないけれど。
息が続かなくなるまで、心臓が破れそうになるまで走って歩道橋を駆け上がる。階段をのぼりきったところで息が切れて足が止まってしまう。はあはあと肩で息をしてゆっくり歩き出す。老朽化の痕跡が目立つ歩道橋の階段を下って再び走り出す。視界の端に片腕が取れた女を捉えたが、構うもんか。というか構ったら後を着いてきてしまうから黙殺するに限る。昨日、光忠と出逢った場所を通り過ぎて公園の前を走り抜ける。ここまで来たら自宅までもう少しだ。少し減速し、小走りになって角を曲がると自宅が見えてくる。俺はわざとゆっくり歩いて息を整えた。自宅に近付くにつれてお腹がきゅうとなる。
玄関の前でランドセルから家の鍵を取り出して解錠し「ただいま」とそっとドアを開けると「広光くん、おかえり」黒い眼帯をした白い顔がリビングへ続くドアの向こうからひょこりと覗いた。良かった、いた。ほっと顔が緩みそうになるのを慌てて引き締める。
「今日は早かったね」
光忠が言いながら歩み寄ってくる。流石にずっと甲冑をつけているのは窮屈なのか、今はシャツに黒ネクタイ、ベストという出で立ちだった。
「先生達が研修会だとかで授業が午前中だけだったんだ」
「そうだったんだ。お昼ご飯は食べた?」
「うん。給食があったから」
靴を脱いであがると長身のお腹からぐきゅるると盛大な腹の虫の音が聞こえた。思わず振り仰ぐと「あ、これは……っ」光忠は恥ずかしそうに顔を赤らめて狼狽えてみせる。
「あんた腹減ってるのか」
「え、いや、別に大丈夫だよ」
本人の言葉に反して再び切なそうにお腹が食欲を訴える。全然大丈夫じゃないだろう、それ。俺が知る限りでは昨日から何も食べていないのだ。刀の付喪神だというからてっきり食事は必要ないのだと思って家にあげてしまったが、どうやら違ったらしい。そういえば光忠は「人の形を与えられた」と言っていた。ということはその躰は人間と変わりないのだろう。食事も必要とすれば睡眠も必要とする。それに昨日は思い至らなかったから夜寝る時も親にバレないようにとクローゼットの中に押し込んでしまった。悪いことをした。
「確か買い置きのパンがあったはずだ」
少し待ってろと言って二階にあがり、自室にランドセルを置くと下へおりて洗面所で手を洗い、キッチンに行く。買い置きしている食材を仕舞っているパントリーを開けるとホットケーキミックスが目に入った。パンよりこっちの方が良いだろう。これくらいなら俺にも作れる。
「何してるんだい?」
俺が棚からボウルや計量カップを取り出すと光忠が後ろから覗き込んでくる。
「ホットケーキを作ってやる」
「それなら僕が作るよ」
「光忠が?」
刀が料理なんてできるのか――猜疑の目を向けると「僕、こう見えて料理が得意なんだよ」得意げに胸を張る。
「それに火を使うから危ないだろう?」
「そこまでガキじゃない」
両親が共働き故、その必要があれば火を使う調理をしてきた。簡単な料理なら幾つか作れる。そんな俺を親は咎めるどころか「何でもひとりでできて偉い」と褒めてくれるくらいだ。
余程不服そうな顔をしていたのか「僕に任せて。とびきり美味しいホットケーキを作ってあげるから」光忠は穏やかに笑いかけてくる。俺の分も作るつもりらしい。そこまで言われたら拒否できず、俺はおとなしく光忠に場所を譲った。
冷蔵庫から牛乳と卵を取り出して光忠に手渡す。
「あ、マヨネーズもお願い」
「マヨネーズ?」
予想外の単語に耳を疑ってしまう。すると付喪神は「マヨネーズを入れると生地がふっくら焼き上がるんだよ」そんなことを言った。「味には影響しないから大丈夫」
料理が得意だというのは嘘ではないようでやたらと手際が良い。粉をボウルにあけ、卵を割り入れて規定量の牛乳とマヨネーズを少々入れてさっくり混ぜていく。それからフライパンにキッチンペーパーを使って油を薄く塗り広げて熱し、一度濡れ布巾でフライパンの粗熱を取ってから生地を流し込んでいく。
「あんたいつもこんなことばかりしているのか」
「食事の用意は当番制だけれどね。でも他の刀に比べたら厨に立つ頻度は高いかな。僕達は本丸っていうところで共同生活を送っているんだけれど、皆で分担して馬の世話をしたり、畑で野菜を作ったりしてるんだ」
「自給自足というわけか。大変だな」
光忠がのどかな畑にいる場面を想像すると少し面白い。
「そうでもないよ。畑仕事を厭がる刀もいるけれど、僕は好きだよ。日に日に育っていく作物を見ているのは楽しいし、どんなふうに料理しようか考えるのも楽しいさ。馬だって大事な相棒だし」
「馬が相棒」
「広光くんにはぴんとこないかもしれないけど、馬は戦に連れていくんだ。ほら、戦国武将が馬に乗っているシーンとか、見たことない?」
問われてそういえばそんな場面をテレビで見たことがあるような気がした。光忠が黒い馬に乗って疾走する姿を想像する。なかなか格好が良い。畑にいるよりずっと良いように思う。
ぽつぽつと穴があいて膨らみ始めた生地を光忠は器用にフライパンを操ってぽんと引っ繰り返してみせた。
「わあっ」
思わず驚嘆すると「これくらい朝飯前さ」眼帯男はドヤ顔をする。
あれよという間に四枚分のホットケーキが焼き上がった。甘い香りが部屋中に漂う。光忠は俺が出した皿に綺麗なきつね色に焼けたホットケーキを二枚ずつ盛りつけるとちょっと失礼するよと冷蔵庫を開けてバターはどこかな――歌うように呟く。
光忠もっと良いものがある――俺は手を伸ばして冷凍庫の抽斗を開けて中からバニラアイスのカップを取り出した。おやつに食べて良いと先日母親が買ってきてくれたものだ。
「これをのせて食べたら絶対美味しい」
「良いね、それ!」
半分こしよう――光忠はカップを開けるとスプーンで真っ白なアイスを掬って温かいケーキの上にのせていく。仕上げに蜂蜜をかければ完成だ。とろりと溶けたアイスと蜂蜜が滴る様は見ているだけで涎が出そうだ。
「さ、一緒に食べよう」
早速ダイニングテーブルに移動して席に着く。手を合わせて「いただきます」フォークでふんわりと柔らかい生地を一口分切り崩して頬張る。頬が痛くなるくらいの甘さが口の中いっぱいに広がった。
「どう? 美味しい?」
「うん。凄く美味しい」
「それは良かった」
期待に満ちた隻眼が嬉しそうに細められた。光忠も食前の挨拶をしてからフォークを手に取り、一口食べた。冷たいアイスと良く合うねえ――彼も満足そうに喜悦を零す。その笑顔に胸の辺りがきゅっとなる。俺は何かを誤魔化すようにアイスを掬って食べた。
「光忠がこっちにいる間、あんたの分の食事はなんとかする。風呂も入りたければ親が仕事に行っている昼間にこっそり入ればばれない。いっしゅくいっぱんのおんぎだ」
「広光くん難しい言葉知ってるね。でもそれを言うのは僕の方だよ。というか、流石にそこまでお世話になるわけにはいかないよ。僕が君のおうちに勝手に居候するのは良くないし、僕の存在がご両親に知れたら色々面倒だろうし、大騒ぎになっちゃう」
「そんなことを言ったって……飢え死にするつもりか」
「真逆。餓死するつもりはないよ。昨日言った通り、僕は一旦本丸に戻るよ」
その言葉を聞いて気分が急降下する。彼がここから去ることは初めから判っていたのに。
昨日、俺を家まで送り届けた後、光忠は帰城すると言ったのだ。取り逃した敵はどうするのだと訊ねたら「また現れたら駆けつける」遡行軍の出現は主が感知できるからと。だが俺は無理を言って彼を引き留めた。ひとりでいる時にまたあいつらが現れたらどうしようと不安に思ったのがその主たる理由が、本当はそうではなくて、彼にいなくなって欲しくなかったのだ。光忠が帰ってしまえばまたひとりになってしまう。そんなのは厭だ。でも。だけど。
「広光くん?」
「――判った。もう我儘言わない。ごめんなさい」
大人を困らせたらいけない――頭を下げると「広光くん、ちょっと待ってね」光忠はズボンのポケットから端末を取り出すと画面を操作する。どこかに電話でもするのだろうか。じっと光忠のすることを眺めていると程なくして端末から女性とも男性ともつかない音声が流れた。俺にも聞かせるためか端末をテーブルの上に置く。
『燭台切? どうしたのですか? 何か緊急事態ですか?』
「主くん、昨晩報告した件なんだけど、まだ片付きそうにもないんだ。だからもう二、三日こちらに滞在する許可が欲しい」
『判りました。応援の部隊をそちらへ送りますか?』
「それには及ばないよ。僕ひとりで大丈夫。本丸は変わりないかな?」
『ええ。こちらも滞りなく』
「それなら良かった。あ、歌仙くんに伝言を頼めるかい? 明日の献立のレシピは僕の部屋の棚にノートがあるから、それを見てくれって」
『判りました。歌仙にはそのように伝えます。――一日一度はわたしに報告を』
「オーケー、また明日の昼間に報告するよ」
『待っています。燭台切、ご武運を』
「ありがとう。皆に宜しくね」
そこで音声が切れた。
「――そういうわけで、僕はもう暫くこっちにいるよ」
光忠は末端をポケットに仕舞いながらにこりと微笑む。
「良いの?」
「勿論。あんまりも君が寂しそうにしているのを見たら放っておけなくなっちゃった」
「さ、寂しいだなんて……っ」
急激に顔に熱が集まってくる。小さい子供じゃあるまいし。俺もう九歳だぞ。すると光忠は諭すような口調で告げた。
「広光くん。寂しいって思うことはなにも恥ずかしいことじゃないよ。大人だろうが子供だろうが関係ない。広光くんはとっても良い子だからきっと寂しいのをずっと我慢してたんだろうけど、でも本当は我慢する必要なんてないんだ。寂しい時に寂しいってちゃんと言えるのも強さだよ」
それを忘れないでね――黒手袋の大きな手が優しく頭を撫でる。俺は涙が零れないようにするのが精一杯でただ頷くことしかできなかった。
ホットケーキを食べ終えると二人で後片付けをした。その後、俺は宿題の漢字ドリルと算数のプリント一枚をせっせとこなした。宿題を終えると光忠と一緒に外出することになった。昨日、取り逃した敵がどこかに潜んでないか探るためだ。
「一応、君が帰って来る前にベランダから探索してみたんだけど、どうもそれらしいものは見つけられなくてね。僕あんまり偵察値高くないからなあ」
「そうなのか。でもそのうちどこかで出くわすだろう。――あんたそれ持っていくつもりか?」
「それってこれのこと? そうだよ。刀がないと戦えないからね」
光忠は手に持った刀を軽く持ち上げてみせる。
「じゅーとーほーいはんでしょっぴかれるぞ」
「え!? 刀持ってたらまずいの!?」
「警察に捕まるな。――ちょっと待ってろ」
二階にあがって自室のクローゼットを開ける。昔使っていた竹刀袋を探し出すとそれを持って階下へ戻り「これを使え」光忠に手渡した。
「ありがとう。長さ的にはちょっと厳しそうだけど……」
「ないよりはマシだろう。変に目立たなければそれで良い」
ただでさえ光忠は目立つ容姿をしているのだ。うっかり職質なんかされたら俺の力ではどうしようもない。光忠はそれもそうだねと頷きながら丈の足りない竹刀袋に刀を入れる。三分の一くらいはみ出してるが、仕方ない。
靴を履いて外に出る。陽射しが眩しい。そして暑い。光忠は甲冑は身に着けていないものの、相変わらず黒手袋を外さないし、腕捲りはしているけれど長袖のシャツだ。ネクタイもきちんと締めている。それなのに涼しい顔をして平然としている。暑くないんだろうか。というか見ているこっちが暑い。
「広光くんは剣道をやってるのかい? これ竹刀袋だろう?」
光忠は俺に歩調を合わせてゆったりとした足取りで歩く。
「前にやってた」
「どうして辞めてしまったんだい?」
「別に大した理由じゃない。ただ母さんの仕事の都合で、」
母親は看護師をしている。俺がひとりでも留守番できるようになってから復職したのだ。俺がいるから夜勤はないものの、帰りはいつも遅い。夜七時半くらいにならないと帰ってこない。だから夕食は母親が帰ってきてから一緒に食べるか、それまでお腹が減って待てない時は先にひとりで食べる。作り置きのおかずと冷凍してあるご飯を電子レンジで温めるだけだから簡単だ。両親共になるべく早く帰宅しようとしてくれているようだが、職場は人手不足でどうにもままならないらしい。そんなふうだったから、保護者の送り迎えが必須な剣道の稽古は母親が仕事を始めるのと同時に辞めざるを得なかったのだ。
「もっと続けたかった?」
「さあな」
「隠さないで教えてよ」
「そんなこと知ってどうするんだ」
「別にどうもしないよ。ただ広光くんのことが知りたいから教えて欲しいだけ」
「……あんた変な人だな。いや、変な刀か」
「律儀に言い直さなくても良いよ」
光忠は不満そうに口角を下げる。
「――中学生になったらまた始めるつもりだ」
通う予定の中学には部活に剣道があると聞いた。流石に中学生にもなれば親の手を借りることも少ないはずだ。
俺が答えると光忠は「それは楽しみだね」にんまりと笑う。
「剣道をやってる君はとても格好良いんだろうな」
独り言のように呟く言葉に被せるように相州くん――聞き覚えのある声がした。歩みを止めて声がした方を見遣るとクラスメイトの女子が数人いた。厭なところで会ったなと顔が引き攣りそうになる。女子の軍団は苦手だ。だが光忠の手前、無視することもできない。
「相州くん、その人誰?」
「お兄さん?」
「でもあんまり似てないよね」
「ねー」
「バカ、声が大きいっ」
「君達は広光くんのお友達かな?」
光忠は俺の気も知らず、彼女達に目線を合わせてにこやかに応じる。その様子を見てなぜだかちくりと胸が痛んだ。
「僕は――」
「こいつは従兄弟だ。近くに来たからってうちに顔を出してるだけだ」
光忠を遮って言うと「へー、そうなんだあ」「従兄弟さんが遊びに来るからあんなに急いで帰ってたんだ」「よっぽど従兄弟さんと会うのが楽しみだったんだね」「相州くん良かったねー」「ねー」口々に女子達が好き勝手なことを言い出す始末。お前ら黙れと言いたいのをぐっと堪えながらちらっと光忠を見るとにやにやしている。おい、辞めろその顔!
「もう行くぞ」
光忠の返事を待たず早足で歩き出す。じゃあ皆またね広光くんとはまた今度遊んであげてねはーい従兄弟さんさようならー相州くんまたねー――背後でそんな声がする。従兄弟さん格好良かったねーでもなんで眼帯してたんだろうねー本当なんでかなあなんて声も。
「広光くん、待ってよ」
長身が追いかけてくる。ダッシュして置いていこうと思ったが、目的を思い出して辞めた。俺ひとりの時に遡行軍と出くわしたら対処できない。
「さっきのお友達皆可愛いかったね」
俺の隣に並びながら言う。
「友達じゃない。単なるクラスメイトだ」
「なんか怒ってる?」
「怒ってない」
「じゃあどうしてそんなに不機嫌なの?」
聞こえない振りをしてだんまりを決め込むと「ねえ広光くん」「ねえってば」「無視しないでよ」「広光くーん」「おーい」光忠は負けじとばかりに話かけてくる。はっきり言って鬱陶しいし、うるさい。
「口きいてくれないなら、また君のこと抱っこするけど」
とんでもない脅迫をされて「それは辞めろ」間髪入れずに即答すると「良かった、聞こえてた」ほっとしたような、どこか嬉しそうな声が降ってくる。
「昨日の敵、いないな」
話を蒸し返されたくなかったので、話題を変えるために辺りを見回しながら言うと「そうだね。気配も感じないよ。この時代にはもういない可能性もある」まあその方が良いけど――光忠も周囲に視線を配る。
「遡行軍はいつもどういう時に現れるんだ?」
「彼らは歴史を変えるのが目的だからね。歴史上の重要な場面に現れる。だから歴史にその名を残した人物の周囲に出現することが多い。例えば織田信長とか、坂本龍馬とか。名前くらいは聞いたことあるだろう?」
「知ってる。なるほどな、だから昨日この時代にやつらが現れるのは珍しいと言ったのか」
今の時代なら政治家が遡行軍の標的になるのだろうか。でもどれだけ偉い政治家が襲われたとしても然程影響が出るとは考えられない。それだけでは時代は変わらない……と思う。
「そうは言っても遡行軍も狡猾だ。僕達の隙をついてやってくるかもしれないし、この時代に悪さをすることでもっと別な悪いことを企んでるかもしれない」
「もっと別な?」
長身を振り仰ぐと彼は頷く。
「そう。この時代に遡行軍が現れたのは目眩しで、別の時代に大挙して押しかける――そういう作戦もありえる。とはいえ、数で言うなら僕達だって負けてないけれどね」
光忠の話では本丸には百振り以上の刀がいるらしい。刀種も様々で短刀、脇差、打刀、太刀、大太刀、槍、薙刀がいるとのこと。光忠はその中で太刀に分類されるらしく、馬上刀だと言った。また本丸は一つだけではなく、各地域に分布しているらしい。だから別の本丸にも燭台切光忠がいるとも。光忠達は刀剣男士と呼ばれ、審神者の力によって人の形を与えられた。審神者とは先程端末で光忠と話していた相手らしい。それが今の主であり、彼――あるいは彼女か――の命令に従って本丸の運営、遡行軍との戦いをしているのだとか。
「じゃあ遡行軍の戦いが終わったら光忠は――」
「きっとただの刀に戻るんじゃないかな」
はっと目を見開く俺に対して光忠は凪いだ表情で何でもないように告げる。
「あんたはそれで良いのか」
「良いも悪いもないよ。寧ろ今の状態が特殊で特別なんだ。自由に動き回ったり、料理したり、ご飯を食べたり、こうやって誰かと言葉を交わしたり、広光くんの頭を撫でたり――」
黒手袋の手がぽんと頭の上に置かれる。
「ただの刀にはできないことができる。人の身を得てみて、人間って良いなって思ったよ」
しみじみとした口調で言われて俺はなんて答えたら良いか判らず「やっぱりあんたは変な刀だな」憎まれ口を叩いた。
(参)
陽が傾くまであちらこちら歩き回ったものの、結局この日は遡行軍を見付けることはできなかった。俺としては複雑な心境だった。まだあいつがいるのが怖いと思う気持ちとこの時代への干渉を諦めて退却しているのなら――安堵する気持ちと、それから光忠がここにいる理由がなくなるので、寂しいと思う気持ちと。俺ががっかりしているの見て光忠は「少し様子を見よう。大丈夫、僕がいる限り君には危害を加えさせないよ」守るって約束しただろう? ――元気づけるようににこりと笑った。
そして夜。
「――やっぱり狭いな」
流石にシングルベッドに二人で寝るには狭かった。いつもなら大の字になっても余裕のあるベッドが、今では寝返りも打てない。僅かに身動ぎするとベッドが悲痛そうに軋む。
「だから言っただろう? 床で寝るって」
「しっ。声が大きいっ。あんたみたいなでかい図体が床に転がってたら邪魔だ」
夜中にトイレに起きた時あんたのこと蹴飛ばすぞ――間近で睨みつけたら光忠は一瞬黙ったが「じゃあ昨日と同じようにあそこで寝るよ」狭いところは慣れてるし――クローゼットを指さす。
「それは駄目だ」
「どうして」
きょとんと琥珀色の隻眼が瞬く。
「俺があんたと同じことを言ったら止めるだろうが」
「それはそう。でも君のベッドだ。これじゃあゆっくり眠れないだろう。僕のことは気にしなくて良いから」
「それなら俺が床で寝る」
ベッドから降りようとすると「ちょっとちょっと。どうしてそうなるかな」大きな手に腕を掴まれた。
「仕方ないな。ほら、こっちにおいで」
軽く腕を引っ張られてころりとベッドの上に転がされると抱き込まれた。すっぽりと光忠の腕の中に収まってしまう。
「え、ちょ、おい、光忠、」
驚いて彼から逃れようともがくと光忠は腕の力を込めて更に抱き寄せる。刹那香ったどこか懐かしい匂いに心臓が変な音を立てた。胸がどきどきして耳が熱くなる。なんだ、これ。
「静かにしないと駄目だよ。――これならさっきよりマシだろう?」
「……いや……これマシになってるのか?」
「横に並んで寝るよりは若干スペースに余裕があると思うけど。不服なら僕はクローゼットで寝るよ」
「もう良い。判った」
これ以上押し問答をしていても不毛なだけだ。さっさと寝てしまおうと目を瞑るが、残念ながらそう簡単に眠気はやってきそうにもなかった。薄く目を開けて光忠をちらと見ると目を細めて俺を見ていた。どこか嬉しそうな顔をして。――なんで、あんな顔。また心臓が変になる。
「……それ、外さないのか」
何となく気詰まりに感じて小声で訊ねると「ん? ああ、これ?」光忠は右眼を覆う眼帯に手を触れる。昼間身に着けていた手袋は外しているのに、眼帯だけはそのままだ。余程外せない理由があるのだろうか。
「寝づらいんじゃないのか」
「気になるかい?」
「……まあ、正直に言えば」
素直で宜しい――光忠は薄く笑うと右手を頭の後ろに回す。ぱちんと小さな音と共に眼帯の紐が緩んだ。白い手が眼帯を取り去り、長く伸びた前髪を掻きあげた。右眼が露わになる。
「それ――」
「驚いた?」
光忠は悪戯っぽく笑う。彼が眼帯をしていた理由が判った。彼の右眼は引き攣れたような傷痕によって塞がれていた。他が整っている分、その傷痕は余計目立って見えた。酷く気拙くなって謝ると隻眼は「君が気にすることじゃないよ。でもありがとう」優しく頭を撫でてくれた。
「この傷痕はね、僕の元主とお揃いなんだ」
「元主? って誰?」
「伊達政宗。聞いたことないかな?」
「何となく聞いたことあるかも」
光忠はどこか遠くを見詰めるような目付きになる。
「僕の持ち主は織田信長から伊達政宗、それから徳川光圀と何回か変わってるんだけど、燭台切っていう名前は政宗公から賜ったものなんだ」
家臣を斬った時、青銅の燭台もを斬ったから燭台切――そういう逸話らしいが、彼本人としては思うところがあるそうだ。
「政宗公は幼少の頃の病気で右眼が僕のようになってしまってね。だから彼も眼帯をしていたんだけれど、僕も彼に倣ってそういう形 になった。きっと彼に対する思い入れが強いせいだろうね」
刀剣男士は光忠のように持ち主の特徴やその逸話を色濃く反映した者が少なくないらしい。
「じゃああんたの服装が真っ黒なのも伊達政宗の影響なのか?」
「それはちょっと違うかな」
「なんだ違うのか」
「僕は――燭台切光忠は昔焼失してるんだよ」
「え、」
目を見開いて光忠の顔を見ると「そんな深刻そうな顔しないでよ」おかしそうに小さく笑う。長い指がとんと軽く俺の眉間に触れた。
「多分その影響だと思うんだよね。僕焼け身になって真っ黒になっちゃったから。でも黒い戦装束もなかなか格好良いだろう?」
「うん、格好良い。でも焼け身ってなんで……」
「昔大きな地震があってね。その時蔵の中にいたから、火事に巻き込まれちゃって。僕は物だからそこから逃げ出すなんてことは当然できなくて、それで」
狭いところは慣れてる――先程彼が言った言葉を思い出してお腹のあたりが冷たくなった。昨日の自分を殴りたい。クローゼットの中で、光忠は。堪らなくなってぎゅっと抱きつくと「広光くん? 急にどうしたの?」不思議そうな声がした。
「……昨日寝る時、あんたのことクローゼットに押し込んだから、」
俺の言わんとしていることを察したらしい光忠は「広光くんは優しいなあ」わしゃわしゃと俺の頭を撫でた。
「昨日のことは気にしなくて大丈夫だよ。焼失は昔のことだし、それにその過去を含めて燭台切光忠という刀の歴史だからね」
彼は明るく笑って額を寄せてくる。きゅうと細められた金色の瞳が三日月みたいだ。
「広光くんに優しくして貰えるのは嬉しいな」
「優しいのはあんたの方だろう」
まだ知り合ったばかりだが、判る。光忠は底抜けに優しい男だ。その優しさを独り占めしたいなんて、バカみたいなことを考えてしまう。
「そうかな。広光くんだって充分優しいよ。ふふ、好きな相手に優しくされるって良いものだね」
「は、」
好きって。俺のこと好きって。俄にカァッと顔が熱くなる。また心臓がドキドキして胸が苦しい。俺が余程変な顔をしていたせいか、光忠は取り繕うように注釈する。
「あ、好きっていうのは変な意味じゃなくて、なんて言ったら良いのかな。大事にしたい相手っていうか、」
「……友達みたいな?」
「そうだね、それに近いかな。――さて、そろそろ寝よう。広光くんも歩き回って疲れただろう。ゆっくりおやすみ」
ぽんと頭を撫でられて「おやすみなさい」俺も目を閉じる。眠れそうにないと思っていたが、すぐに眠気はやってきた。
そして夢を見た。
俺は夢の中で大人になっていて刀を携えて時間遡行軍と戦っていた。左腕には黒龍の彫り物がしてあって、光忠から「伽羅ちゃん」と親しげに呼ばれていた。真っ白い着物を着た男からは「伽羅坊」、大きな金色の瞳が印象的な少年からは「伽羅」、ほかの人からは「大倶利伽羅」と呼ばれていた。夢にしては妙にリアルで、小学生として生きている自分の方が本当は夢なのではないかと思ったくらいだ。何よりも光忠と背中を預け合いながら戦えることが嬉しかった。早く大人になりたい。そうしたら夢の中のように光忠と肩を並べることができるのに――そう思ったら目が醒めた。朝だった。
翌日。
今日も急いで学校から帰って来ると光忠が「おかえり」とにこやかに出迎えてくれた。考えてみれば母親が仕事に出てからというもの、こんなふうに出迎えられることはあまりない。誰かに「おかえり」と言われることの嬉しさや安堵感に思わず顔が緩みそうになってしまう。でも内心を悟られるのは何だか恥ずかしかったので、俺は素っ気なく振舞った。
「ちょっと台所と材料を借りておやつ作ったんだ。食べるかい?」
「おやつって何?」
「仙台名物、ずんだ餅だよ!」
光忠は得意げに胸を張る。某ネコ型ロボットがひみつ道具を出した時の効果音が聞こえてきそうだ。
「なんでずんだ餅?」
「あ、ほら、僕の元主の政宗公は仙台藩のお殿様だったからね。ずんだ餅は嫌いかな? 洋菓子の方が良かった?」
「なるほど。――別にずんだ餅は嫌いじゃない。あんまり食べたことはないけど」
ずんだ餅は確か緑色の餡がかかった和菓子だ。初めて見た時、抹茶の味がするのかと思ったが、食べてみて枝豆と知って驚いた。
手を洗っておいでと言われてランドセルを置きに二階へあがる。宿題の計算ドリルとノート、筆箱を抱えて下におり、手を洗ってダイニングテーブルに着くと光忠が麦茶とずんだ餅を目の前に並べてくれる。
「材料、良くあったな」
「冷凍庫開けたら枝豆と切り餅があったら、つい作りたくなっちゃって。勝手に材料使ったのはちょっと拙かったかな」
切り餅は正月に大量に親戚から送られてきたものの残りだろう。枝豆は大方父親の晩酌のつまみに違いない。というか、ずんだ餅は枝豆と餅さえあれば作れるのか。もっと色んな材料が必要だと思ってた。 これなら俺でも作れるだろうか。あとで光忠に作り方を聞いてみよう。
「まあ大丈夫だろう。俺がお腹減ったから食べたって言えば」
仕事で家を空けていることに後ろめたさがあるのか、母親はあまりうるさく言わない。それなら良かったと光忠はほっとしたように笑うと「さあ、召し上がれ」と促す。いただきます――手を合わせて箸を使ってつやつやと照るずんだ餅を食べる。まだほんのりと温かい餅は柔らかく、ずんだ餡は優しい甘さで枝豆の風味が美味しかった。
「美味しい?」
もぐもぐと咀嚼しながら頷くと「広光くん、ここにずんだがついてるよ」長い指が伸びてきて口許を拭う。途端にどきんと心臓が慄えて餅が喉に詰まりそうになった。慌てて麦茶を飲んで餅を流し込む。
「み、光忠は食べないのか」
「僕は作りながら味見したからね。――おかわりあるよ」
「あとで食べる。――そういえば、今朝変な夢を見た」
ふと思い出して夢の内容を話すと光忠は驚いたような顔をして俺を見た。
「大倶利伽羅って本丸にいるのか?」
「前はいたよ」
「前は? じゃあ今は?」
「今は――いないかな」
どこか悲しそうに力なく笑ったのを見てそれ以上、彼について訊けなかった。
「――俺が大倶利伽羅だったら良いのに」
そうしたら光忠が寂しくないのに。寂しい思いをさせないで済むのに。
ぽつりと呟くと隻眼が見開かれ、ふっと薄く伏せられた。口許に淡い笑みが浮かぶ。
「広光くんは広光くんで良いんだよ。僕は君に出逢えただけで充分幸せだよ」
ところで――光忠は自分の分の麦茶を飲みながら話題を変える。
「学校の行き帰りで遡行軍は見かけなかったかい?」
「いや、見てないな。歩道橋のところで腕の取れた女は見たが」
すると光忠は酢を飲んだような顔をする。それから何か合点がいったようにひとり首肯しながら身を乗り出す。
「最初に逢った時もそういうのが見えると言ってたもんね。普段から人ならざるものが見えて慣れているのに、遡行軍は怖かった?」
言われてみればそうだ。あの時、動けなくなるほど怖かった。どうしてだろう。初めて見るものだったからだろうか。
「……自分でもどうしてだか判らない。本当に怖かったんだ」
怖気が立って冷や汗が出るくらいに。
「そっか。じゃあ遡行軍探しは僕だけで行くよ。君はおうちで良い子で留守番してて」
光忠は席を立ちながら俺の頭を撫でる。その大きな黒手袋の手を掴んだ。
「いや、俺も一緒にいく」
「え、大丈夫かい? 無理しなくて良いんだよ」
「無理じゃない。それに俺のことはあんたが守ってくれるんだろう?」
薄く笑いかけると伊達男は強く頷いた。
今日は昨日とは反対方向の場所を歩き回る。こちら側は普段あまり足を踏み入れないエリアで、団地や住宅街が広がっている。団地の合間に挟まれるようにして申し訳程度の小さな公園があるが、そこで遊んだことは一度もない。公園には誰もいなかった。団地へと続く遊歩道を見知らぬ中年女性が歩いていく。両手に提げた買い物袋が重たそうだ。
「うーん、この辺にもいなさそうだね。主の話ではまだこの時代にはいるみたいなんだけど。もう少し詳しい場所を訊いてみた方が良いかな」
「もっと人通りが多いところにいるのか……?」
そうなると駅周辺になるだろうか。しかしあんなところで本物の刀を振り回したりしたら大事になってしまうし、混乱は必至だ。最悪ドラマの撮影ですって嘘を吐いて切り抜けるしかない。そんなことを考えながら人通りの少ない道を歩いていると木立の影から出し抜けにぬっと黒い影が現れた。鋭い牙と赤い瞳が襲いかかる。遡行軍だ!
「広光くん!」
光忠が叫ぶのと同時に両足が宙に浮いた。バカでかい鬼のような化け物がぎりぎりと強い力で俺の首を締め付ける。片手にはこれまた随分とでかい刀が握られていて、刃先が残忍に光った。
「ぐ……っ」
苦しくてもがく。酸欠になって聴覚が遠くなって目の前が暗くなる。このまま俺は死ぬのか?
――……持て。
不意に頭の中で声が聞こえた。聞き憶えのある声だ。今朝、夢の中で聞いた低くて落ち着きのあるそれ。光忠が「伽羅ちゃん」と読んでいた男の。
――刀を持て、大倶利伽羅広光!
急に視野が眩しい光に包まれた。右手には龍が彫られた刀。左腕に巻き付くように黒龍が浮かび上がる。閃いた光に一瞬怯んだ遡行軍の隙をついて相手の首辺りから袈裟懸けに一気に右腕を振り下ろした。
耳をつんざくような咆哮と共に地面に尻もちをついて転がった。はっとして敵を見上げる。刀は胸に刺さったままだ。苦痛に喘ぐようにこちらに腕が伸びてくる。早く逃げなければと思うのに足腰が立たなかった。
「光忠!」
名前を叫ぶと黒い疾風が視界を駆け抜けて鬼の首が宙を飛んだ。泣き別れになった躰と頭部は黒い灰塵となって風に崩れて消えていく。突き刺さっていた刀はカランと乾いた音を立てて地面に落ち、蜃気楼のように消えてなくなった。全てはあっという間の出来事だった。
「広光くん! 大丈夫かい?」
駆け寄って目の前に膝をつく大きな躰に勢い良く抱きついた。ぎゅうと逞しい腕に強く抱き締められる。
「怖かったね。なのに良く頑張ったね。偉い偉い」
大きな手があやすように優しく背中を撫でる。前にもこんなことなかったか? 光忠の手が優しく俺の躰に触れて。――伽羅ちゃん。綺麗な瞳が細められて、それで。
「……大倶利伽羅の声が聞こえた」
「そうか。やっぱりね。あの刀は伽羅ちゃんのものだ。彼が君のことを助けてくれたんだね」
一瞬見えた刀に彫り込まれた龍でそれと知れたのだという。
「大倶利伽羅は俺のことを大倶利伽羅広光って読んでた。一体どういうことだ? 俺は大倶利伽羅なのか?」
「さあね。僕にも判らないし、広光くんは他の誰でもない、広光くんだよ」
「光忠、」
「うん? なんだい?」
小首を傾げて俺を覗き込む光忠の白い顔を両の手で触れると無垢な色の唇へ口付けた。
「ちょ……!? ちょ、ちょっと広光くん!? 何して……!?」
光忠は見たこともないくらいに取り乱して赤くなったり青くなったりを繰り返す。面白い。
「何ってキスだが」
「そんな冷静に言わないでよ! ええ、ちょっと待って!? 君小学生でしょ!?」
「小学生だからなんだ。好きな相手にキスの一つや二つくらいするだろう」
「そんなおませな小学生知らないよ、僕は!」
「うるさいな、あんた」
露骨に顔を顰めてみせると「君のそういうところ伽羅ちゃんにそっくりだよ!」光忠は複雑な表情を浮かべて喚いた。
光忠――大きな黒手袋の手を握る。
「短い間だったけれど、あんたと一緒にいられて楽しかった。いなくなってしまうのが本当は……凄く寂しい、」
いかないで。
置いていかないで。
一緒に連れて行って。
そんなことを言ったらきっと光忠は困ってしまうから。大好きな人を困らせたくない。
言葉は我慢できたのに、泣くのは我慢できなかった。大粒の涙が頬を伝う。泣き止まないといけないと思うのに涙は止まってくれない。寧ろ余計に涙が出てしまう。すると光忠が穏やかに問う。
「広光くん。本当に僕のこと好き?」
「うん。好き。大好きだ。あんたの、優しさを全部独り占めしたい、」
「じゃあ僕のこと待っててくれる?」
「待つ……?」
瞬きするとぽろりと涙が落ちて、滲んだ視界の中で光忠が酷く真剣な顔をしていた。
「そう。僕も君が大きくなるの待ってるから」
光忠が俺の手を握り返す。
「ちゃんと、待ってる、」
それじゃあ約束――隻眼は微笑んで手の甲に唇を軽く押し当てた。「もう泣かないで」優しく笑って長い指先で涙を拭ってくれた。
「僕も広光くんのことが大好きだよ」
◆◆◆
十年後。
大学が夏休みに入ってすぐ俺は光忠に会いに行った。燭台切光忠 がいる水戸にあるミュージアムにだ。光忠は俺が大きくなるまで待つと言ったが、そろそろこちらへ来ても良さそうなのに待てど暮らせど一向に姿を現さなかった。こうなったら俺の方から出向いてやると思いついたのが、以前調べて知ったミュージアムだった。何度となくここへ足を向けそうになったが「大きくなる」まで我慢していたのだ。約束を違えるわけにはいかない。
不思議なことに光忠と別れてから人ならざるものが見えなくなった。だからもしかしたら付喪神である光忠のことも見えなくなってしまったのではないのか――そんな一抹の不安があった。だが、彼は確かに人間 の躰を持っていた。忘れない。忘れるわけがない。あの優しい大きな手、温もりを。だから大丈夫。
敢えて入館ギリギリの時間を選んだおかげで館内は人があまりいなかった。十年振りの逢瀬に邪魔者は少ない方が良い。
展示物――燭台切光忠の前に立った瞬間――。
「広光くん」
視界の端に舞い散る桜と共に懐かしい黒衣が翻った。
昨日別れたようなばかりの姿で俺の神様が目の前に立っていた。
(了)
――物心がついた頃からこの世のものではないものが見えていた。
漸く背中に背負ったランドセルが躰に馴染んできた時分――俺が小学三年生の頃の話である。
その日は週一度のクラブ活動があった日だったので下校時間も普段より遅かった。とはいえ、季節はまだ残暑が厳しい時期だったので陽は長く、夕方の五時近くでも充分明るかった。
どこか遠くで鳴く
――いる。
人ではないものが。
俺はどっと鳴る心臓を抑えるように胸の辺りの服をぎゅっときつく握り込んで気配を窺う。茜色に染まりつつある西陽に長く落ちる影に紛れて異形のもの達が赤い瞳を十個光らせながら卑しい笑みを浮かべていた。
こういう場合、気が付かないふりをして通り過ぎるのが最適解だとこれまでの経験で学んでいたものの、この時は蛇に睨まれた蛙の如く躰が呪縛されてしまい、微塵も動けなかった。
どうする――殆ど回らない頭で考える。逃げ出したいのに足が動かない。わあと叫びたいのに声が出ない。舌が縺れる。
道路に描かれた建物の影から異形達が俺に向かってゆっくりと這い出し、捕食者の残忍な眼と合った瞬間。
「長船派の祖、光忠が一振……参る!」
視界に閃いたのは漆黒だった。否、眩しいまでの銀色だったかもしれない。突如疾風の如く現れた黒衣の男は瞬く間に――本当に瞬きする間に異形のもの達を蹴散らした。化け物達は耳障りな断末魔の叫びをあげながら黒い塵芥となって崩れ去った。一体どうやってあいつらを倒したのかと不思議に思ったが、黒手袋に握られている刀に気が付いて察した。
黒衣の男は鞘に納刀すると振り返って呆然と立ち尽くす俺に駆け寄って「大丈夫かい?」跪いて顔を覗き込んでくる。あんたは誰だ、どこから来た、あいつらは一体何なんだ――訊ねたいことは色々あったのにどれも言葉にならなくて俺はただ頷いた。と、目の前にある白い顔が安堵したように綻ぶ。
「僕は燭台切光忠。君は広光くんだね」
「なんで俺の名前、」
この男にどこかで会ったことがあるだろうか。思い出そうと記憶の糸を手繰るが、上手くいかない。尤もこんな男を一目見たら忘れられないだろう。全身黒づくめなうえに右眼は黒い眼帯で覆われている。白い顔は人形みたいに整っていてまるで作りものみたいだ。彼が作りものではないことの証のように夕陽を受けて左眼が燃えるように輝いていた。単純に綺麗だと思った。
男は俺の疑問に答える気がないようで微笑するだけだった。
「……幽霊?」
思ったままのことを口にすると燭台切光忠と名乗った男はおかしそうに噴き出した。俺が露骨に顔を顰めてみせると「ごめんごめん」そう謝罪しつつも、全く「ごめん」とは思っていない口ぶりだ。腹立つ。
「僕は幽霊じゃないよ」
ほら――黒手袋が俺の右手を優しく掴む。何だか信じられなくて思わず左手で白い頬に触れてみると、温かい。
「あったかい」
「幽霊はこんなふうに温かくはないと思うんだよね、多分」
「多分なのか」
「流石に僕も幽霊には触ったことはないからね。――広光くん、付喪神って知ってる?」
「それって妖怪みたいなやつだろう」
何かの本で読んだことがある。付喪神は長く使い古された物に魂が宿った神様、あるいは妖怪だと。
「もしかしてあんたがそうなのか?」
今度は男は笑わなかった。
「一体なんの?」
「僕の本体はこれさ」
光忠は左手に握った刀を軽く持ち上げて見せる。
「今は
彼はどこか困ったように眉根を寄せて視線を落とす。ぴょこりと跳ねている旋毛の毛が心做しかしょんもりしたような。
光忠――名前を呼ぶと少し驚いたように見開かれた隻眼がこちらを向いた。
「あんたが嘘を言っているとは思ってない」
「本当?」
「俺のこと、助けてくれたから」
怪しさは拭えないが、怖いものから救ってくれたのは確かだ。知らない大人に話しかけられたら応じるなと親や教師から耳にタコができるくらい言い聞かされているが、光忠は別だ――と思う。彼のことは信じても大丈夫だと理屈ではない何かが告げていた。
「あんたのことは信用する」
「ありがとう、広光くん」
光忠はにこりと笑うと「さ、暗くなる前に帰ろう」家まで送るよ――俺の手を引いて立ち上がる。背が高い。
「……でかいな」
「広光くんは小さくて可愛いね」
なんだか新鮮だと朗笑する眼帯男の脛を思い切り蹴飛ばしてやった。
「暴力反対!」
「うるさいっ」
蹴られた脛が痛むのか光忠は半ばよろめきながら喚く。ざまぁみろ。小さいとか可愛いとか言うあいつが悪い。光忠を置いてすたすたと道を進むと「あ、でも大丈夫! 広光くんちゃんと身長伸びるから! 大きくなっても可愛いから! 僕が保証するよ!」だから置いていかないでよ、ねぇってば――トンチンカンな言葉が追ってくる。無視して尚も先に行くとふと彼の気配が薄れた。
「光忠?」
立ち止まって背後を振り返ると長身はなく、低空飛行する鴉の影絵が地面を横切って、物悲しいような
「すみま、――」
「おっと。ごめんね」
顔を上げると光忠が立っていた。俺が口を開きかけるとひょいと躰を抱き上げられた。目線が高くなる。
「おい、おろせっ」
「また脚を蹴られたら敵わないからね。君先に行っちゃうし。ほら、おとなしくして。落としちゃうよ」
「俺は赤ん坊じゃない! 落とされた方がマシだ!」
こんな姿を誰かに見られたら恥ずかしくて死ぬ。明日学校で噂になってしまう。一生学校に行けない。そんなことになったらと思うと血の気が引いた。
「鎌倉時代生まれの僕からしたら広光くんは立派な赤ちゃんだよ」
「クソジジイっ」
「こーら、そういう言葉は使ったら駄目だよ。めっ」
黒手袋の人差し指が俺の唇に押し当てられる。――めって。めって言った。何なんだ、こいつ。
呆気に取られてぽかんとしているとこれ幸いとばかりに光忠は長い脚で歩き出す。
「広光くんにちょっと聞きたいんだけど」
「……なにを」
思いの外不機嫌な声が出てしまって内心ひやりとしたが、光忠は気にしていないようだった。
「さっきの変な連中、今までも見たことがあるかい?」
「変なものは昔から見てるが、さっきのやつらは初めてだ」
「そうなんだ。いつも見てるのはどんなの?」
「幽霊みたいなものだ。首がなかったり、腕がなかったり、頭だけとか。人の形をしていないものもある。黒いもやみたいな。化け物としか言いようがないものとかも」
俺には所謂霊感というものがあるのだろう。幼い頃は他の皆にも見えているものだと思って両親や友達にも普通に話していたが、その度に怪訝そうな顔をされるので、いつからか誰にも話さなくなった。
「なるほどね」
「さっきのは何だったんだ?」
あんなのは見たことがない。鬼のような、大きな人面蜘蛛のような、不気味な姿は古い時代の妖怪みたいだった。
「変に隠してる方が君も気になるだろうし、却って不安になっちゃうだろうから打ち明けるけれど、あれは僕達の敵だ」
「敵?」
「そう。時間遡行軍と言ってね、歴史を変えようと悪さをするんだ。僕は――僕達は時間遡行軍から歴史を守るためにこの人の形を与えられたんだ」
「僕達? 光忠みたいなのが他にもいるのか」
「うん。たくさんいるよ。大体出陣する時は六人組になるんだけど今回は単なる調査だったから僕ひとりで来たんだ」
「来たってどこから?」
「遠いところから」
光忠はそう言って曖昧な笑みを浮かべた。
「その、時間なんとかってやつらはまた現れるのか」
「時間遡行軍ね。うーん、どうだろう。この時代に現れるのはかなり珍しいんだけど。――ひとつ白状するとね」
「なんだ?」
じっと光忠の瞳を覗き込むとふっと細められた。
「さっきの、全部斬ったと思ったんだけど、どうやら一体取り逃したみたいなんだ」
「えっ」
咄嗟に逞しい首にしがみつく。と、大きな黒手袋の手が宥めるようにぽんと背中に触れた。
「気配を追ってみたけど途中で判らなくなった。向こうもこのままおとなしく引き下がってくれたら良いんだけど」
先程光忠が一瞬姿を消したのは敵を追いかけようとしたからなのだろう。
そんな不安そうな顔しないで――光忠は柔らかく笑う。
「取り逃した遡行軍は必ず仕留める。君のことは僕が守るよ」
そう言って右手の小指を差し出す。俺が戸惑って彼の顔と小指とを見比べると促すように指先を近付けてくる。
「――約束だぞ」
躊躇いがちに長い指に自身の小指を絡めると「ああ、任せてくれ」自信たっぷりっといった風情に光忠は不敵に笑った。
(弐)
道を全速力で走る。こんなに走るのは体育の授業だってなかなかない。途中、クラスメイトに「そんなに急いでどうしたんだよ」と声をかけられたが「用事がある」とだけ答えてあとは無視をした。実際、用事があるのは嘘じゃない。おいそれと口外できる事柄ではないけれど。
息が続かなくなるまで、心臓が破れそうになるまで走って歩道橋を駆け上がる。階段をのぼりきったところで息が切れて足が止まってしまう。はあはあと肩で息をしてゆっくり歩き出す。老朽化の痕跡が目立つ歩道橋の階段を下って再び走り出す。視界の端に片腕が取れた女を捉えたが、構うもんか。というか構ったら後を着いてきてしまうから黙殺するに限る。昨日、光忠と出逢った場所を通り過ぎて公園の前を走り抜ける。ここまで来たら自宅までもう少しだ。少し減速し、小走りになって角を曲がると自宅が見えてくる。俺はわざとゆっくり歩いて息を整えた。自宅に近付くにつれてお腹がきゅうとなる。
玄関の前でランドセルから家の鍵を取り出して解錠し「ただいま」とそっとドアを開けると「広光くん、おかえり」黒い眼帯をした白い顔がリビングへ続くドアの向こうからひょこりと覗いた。良かった、いた。ほっと顔が緩みそうになるのを慌てて引き締める。
「今日は早かったね」
光忠が言いながら歩み寄ってくる。流石にずっと甲冑をつけているのは窮屈なのか、今はシャツに黒ネクタイ、ベストという出で立ちだった。
「先生達が研修会だとかで授業が午前中だけだったんだ」
「そうだったんだ。お昼ご飯は食べた?」
「うん。給食があったから」
靴を脱いであがると長身のお腹からぐきゅるると盛大な腹の虫の音が聞こえた。思わず振り仰ぐと「あ、これは……っ」光忠は恥ずかしそうに顔を赤らめて狼狽えてみせる。
「あんた腹減ってるのか」
「え、いや、別に大丈夫だよ」
本人の言葉に反して再び切なそうにお腹が食欲を訴える。全然大丈夫じゃないだろう、それ。俺が知る限りでは昨日から何も食べていないのだ。刀の付喪神だというからてっきり食事は必要ないのだと思って家にあげてしまったが、どうやら違ったらしい。そういえば光忠は「人の形を与えられた」と言っていた。ということはその躰は人間と変わりないのだろう。食事も必要とすれば睡眠も必要とする。それに昨日は思い至らなかったから夜寝る時も親にバレないようにとクローゼットの中に押し込んでしまった。悪いことをした。
「確か買い置きのパンがあったはずだ」
少し待ってろと言って二階にあがり、自室にランドセルを置くと下へおりて洗面所で手を洗い、キッチンに行く。買い置きしている食材を仕舞っているパントリーを開けるとホットケーキミックスが目に入った。パンよりこっちの方が良いだろう。これくらいなら俺にも作れる。
「何してるんだい?」
俺が棚からボウルや計量カップを取り出すと光忠が後ろから覗き込んでくる。
「ホットケーキを作ってやる」
「それなら僕が作るよ」
「光忠が?」
刀が料理なんてできるのか――猜疑の目を向けると「僕、こう見えて料理が得意なんだよ」得意げに胸を張る。
「それに火を使うから危ないだろう?」
「そこまでガキじゃない」
両親が共働き故、その必要があれば火を使う調理をしてきた。簡単な料理なら幾つか作れる。そんな俺を親は咎めるどころか「何でもひとりでできて偉い」と褒めてくれるくらいだ。
余程不服そうな顔をしていたのか「僕に任せて。とびきり美味しいホットケーキを作ってあげるから」光忠は穏やかに笑いかけてくる。俺の分も作るつもりらしい。そこまで言われたら拒否できず、俺はおとなしく光忠に場所を譲った。
冷蔵庫から牛乳と卵を取り出して光忠に手渡す。
「あ、マヨネーズもお願い」
「マヨネーズ?」
予想外の単語に耳を疑ってしまう。すると付喪神は「マヨネーズを入れると生地がふっくら焼き上がるんだよ」そんなことを言った。「味には影響しないから大丈夫」
料理が得意だというのは嘘ではないようでやたらと手際が良い。粉をボウルにあけ、卵を割り入れて規定量の牛乳とマヨネーズを少々入れてさっくり混ぜていく。それからフライパンにキッチンペーパーを使って油を薄く塗り広げて熱し、一度濡れ布巾でフライパンの粗熱を取ってから生地を流し込んでいく。
「あんたいつもこんなことばかりしているのか」
「食事の用意は当番制だけれどね。でも他の刀に比べたら厨に立つ頻度は高いかな。僕達は本丸っていうところで共同生活を送っているんだけれど、皆で分担して馬の世話をしたり、畑で野菜を作ったりしてるんだ」
「自給自足というわけか。大変だな」
光忠がのどかな畑にいる場面を想像すると少し面白い。
「そうでもないよ。畑仕事を厭がる刀もいるけれど、僕は好きだよ。日に日に育っていく作物を見ているのは楽しいし、どんなふうに料理しようか考えるのも楽しいさ。馬だって大事な相棒だし」
「馬が相棒」
「広光くんにはぴんとこないかもしれないけど、馬は戦に連れていくんだ。ほら、戦国武将が馬に乗っているシーンとか、見たことない?」
問われてそういえばそんな場面をテレビで見たことがあるような気がした。光忠が黒い馬に乗って疾走する姿を想像する。なかなか格好が良い。畑にいるよりずっと良いように思う。
ぽつぽつと穴があいて膨らみ始めた生地を光忠は器用にフライパンを操ってぽんと引っ繰り返してみせた。
「わあっ」
思わず驚嘆すると「これくらい朝飯前さ」眼帯男はドヤ顔をする。
あれよという間に四枚分のホットケーキが焼き上がった。甘い香りが部屋中に漂う。光忠は俺が出した皿に綺麗なきつね色に焼けたホットケーキを二枚ずつ盛りつけるとちょっと失礼するよと冷蔵庫を開けてバターはどこかな――歌うように呟く。
光忠もっと良いものがある――俺は手を伸ばして冷凍庫の抽斗を開けて中からバニラアイスのカップを取り出した。おやつに食べて良いと先日母親が買ってきてくれたものだ。
「これをのせて食べたら絶対美味しい」
「良いね、それ!」
半分こしよう――光忠はカップを開けるとスプーンで真っ白なアイスを掬って温かいケーキの上にのせていく。仕上げに蜂蜜をかければ完成だ。とろりと溶けたアイスと蜂蜜が滴る様は見ているだけで涎が出そうだ。
「さ、一緒に食べよう」
早速ダイニングテーブルに移動して席に着く。手を合わせて「いただきます」フォークでふんわりと柔らかい生地を一口分切り崩して頬張る。頬が痛くなるくらいの甘さが口の中いっぱいに広がった。
「どう? 美味しい?」
「うん。凄く美味しい」
「それは良かった」
期待に満ちた隻眼が嬉しそうに細められた。光忠も食前の挨拶をしてからフォークを手に取り、一口食べた。冷たいアイスと良く合うねえ――彼も満足そうに喜悦を零す。その笑顔に胸の辺りがきゅっとなる。俺は何かを誤魔化すようにアイスを掬って食べた。
「光忠がこっちにいる間、あんたの分の食事はなんとかする。風呂も入りたければ親が仕事に行っている昼間にこっそり入ればばれない。いっしゅくいっぱんのおんぎだ」
「広光くん難しい言葉知ってるね。でもそれを言うのは僕の方だよ。というか、流石にそこまでお世話になるわけにはいかないよ。僕が君のおうちに勝手に居候するのは良くないし、僕の存在がご両親に知れたら色々面倒だろうし、大騒ぎになっちゃう」
「そんなことを言ったって……飢え死にするつもりか」
「真逆。餓死するつもりはないよ。昨日言った通り、僕は一旦本丸に戻るよ」
その言葉を聞いて気分が急降下する。彼がここから去ることは初めから判っていたのに。
昨日、俺を家まで送り届けた後、光忠は帰城すると言ったのだ。取り逃した敵はどうするのだと訊ねたら「また現れたら駆けつける」遡行軍の出現は主が感知できるからと。だが俺は無理を言って彼を引き留めた。ひとりでいる時にまたあいつらが現れたらどうしようと不安に思ったのがその主たる理由が、本当はそうではなくて、彼にいなくなって欲しくなかったのだ。光忠が帰ってしまえばまたひとりになってしまう。そんなのは厭だ。でも。だけど。
「広光くん?」
「――判った。もう我儘言わない。ごめんなさい」
大人を困らせたらいけない――頭を下げると「広光くん、ちょっと待ってね」光忠はズボンのポケットから端末を取り出すと画面を操作する。どこかに電話でもするのだろうか。じっと光忠のすることを眺めていると程なくして端末から女性とも男性ともつかない音声が流れた。俺にも聞かせるためか端末をテーブルの上に置く。
『燭台切? どうしたのですか? 何か緊急事態ですか?』
「主くん、昨晩報告した件なんだけど、まだ片付きそうにもないんだ。だからもう二、三日こちらに滞在する許可が欲しい」
『判りました。応援の部隊をそちらへ送りますか?』
「それには及ばないよ。僕ひとりで大丈夫。本丸は変わりないかな?」
『ええ。こちらも滞りなく』
「それなら良かった。あ、歌仙くんに伝言を頼めるかい? 明日の献立のレシピは僕の部屋の棚にノートがあるから、それを見てくれって」
『判りました。歌仙にはそのように伝えます。――一日一度はわたしに報告を』
「オーケー、また明日の昼間に報告するよ」
『待っています。燭台切、ご武運を』
「ありがとう。皆に宜しくね」
そこで音声が切れた。
「――そういうわけで、僕はもう暫くこっちにいるよ」
光忠は末端をポケットに仕舞いながらにこりと微笑む。
「良いの?」
「勿論。あんまりも君が寂しそうにしているのを見たら放っておけなくなっちゃった」
「さ、寂しいだなんて……っ」
急激に顔に熱が集まってくる。小さい子供じゃあるまいし。俺もう九歳だぞ。すると光忠は諭すような口調で告げた。
「広光くん。寂しいって思うことはなにも恥ずかしいことじゃないよ。大人だろうが子供だろうが関係ない。広光くんはとっても良い子だからきっと寂しいのをずっと我慢してたんだろうけど、でも本当は我慢する必要なんてないんだ。寂しい時に寂しいってちゃんと言えるのも強さだよ」
それを忘れないでね――黒手袋の大きな手が優しく頭を撫でる。俺は涙が零れないようにするのが精一杯でただ頷くことしかできなかった。
ホットケーキを食べ終えると二人で後片付けをした。その後、俺は宿題の漢字ドリルと算数のプリント一枚をせっせとこなした。宿題を終えると光忠と一緒に外出することになった。昨日、取り逃した敵がどこかに潜んでないか探るためだ。
「一応、君が帰って来る前にベランダから探索してみたんだけど、どうもそれらしいものは見つけられなくてね。僕あんまり偵察値高くないからなあ」
「そうなのか。でもそのうちどこかで出くわすだろう。――あんたそれ持っていくつもりか?」
「それってこれのこと? そうだよ。刀がないと戦えないからね」
光忠は手に持った刀を軽く持ち上げてみせる。
「じゅーとーほーいはんでしょっぴかれるぞ」
「え!? 刀持ってたらまずいの!?」
「警察に捕まるな。――ちょっと待ってろ」
二階にあがって自室のクローゼットを開ける。昔使っていた竹刀袋を探し出すとそれを持って階下へ戻り「これを使え」光忠に手渡した。
「ありがとう。長さ的にはちょっと厳しそうだけど……」
「ないよりはマシだろう。変に目立たなければそれで良い」
ただでさえ光忠は目立つ容姿をしているのだ。うっかり職質なんかされたら俺の力ではどうしようもない。光忠はそれもそうだねと頷きながら丈の足りない竹刀袋に刀を入れる。三分の一くらいはみ出してるが、仕方ない。
靴を履いて外に出る。陽射しが眩しい。そして暑い。光忠は甲冑は身に着けていないものの、相変わらず黒手袋を外さないし、腕捲りはしているけれど長袖のシャツだ。ネクタイもきちんと締めている。それなのに涼しい顔をして平然としている。暑くないんだろうか。というか見ているこっちが暑い。
「広光くんは剣道をやってるのかい? これ竹刀袋だろう?」
光忠は俺に歩調を合わせてゆったりとした足取りで歩く。
「前にやってた」
「どうして辞めてしまったんだい?」
「別に大した理由じゃない。ただ母さんの仕事の都合で、」
母親は看護師をしている。俺がひとりでも留守番できるようになってから復職したのだ。俺がいるから夜勤はないものの、帰りはいつも遅い。夜七時半くらいにならないと帰ってこない。だから夕食は母親が帰ってきてから一緒に食べるか、それまでお腹が減って待てない時は先にひとりで食べる。作り置きのおかずと冷凍してあるご飯を電子レンジで温めるだけだから簡単だ。両親共になるべく早く帰宅しようとしてくれているようだが、職場は人手不足でどうにもままならないらしい。そんなふうだったから、保護者の送り迎えが必須な剣道の稽古は母親が仕事を始めるのと同時に辞めざるを得なかったのだ。
「もっと続けたかった?」
「さあな」
「隠さないで教えてよ」
「そんなこと知ってどうするんだ」
「別にどうもしないよ。ただ広光くんのことが知りたいから教えて欲しいだけ」
「……あんた変な人だな。いや、変な刀か」
「律儀に言い直さなくても良いよ」
光忠は不満そうに口角を下げる。
「――中学生になったらまた始めるつもりだ」
通う予定の中学には部活に剣道があると聞いた。流石に中学生にもなれば親の手を借りることも少ないはずだ。
俺が答えると光忠は「それは楽しみだね」にんまりと笑う。
「剣道をやってる君はとても格好良いんだろうな」
独り言のように呟く言葉に被せるように相州くん――聞き覚えのある声がした。歩みを止めて声がした方を見遣るとクラスメイトの女子が数人いた。厭なところで会ったなと顔が引き攣りそうになる。女子の軍団は苦手だ。だが光忠の手前、無視することもできない。
「相州くん、その人誰?」
「お兄さん?」
「でもあんまり似てないよね」
「ねー」
「バカ、声が大きいっ」
「君達は広光くんのお友達かな?」
光忠は俺の気も知らず、彼女達に目線を合わせてにこやかに応じる。その様子を見てなぜだかちくりと胸が痛んだ。
「僕は――」
「こいつは従兄弟だ。近くに来たからってうちに顔を出してるだけだ」
光忠を遮って言うと「へー、そうなんだあ」「従兄弟さんが遊びに来るからあんなに急いで帰ってたんだ」「よっぽど従兄弟さんと会うのが楽しみだったんだね」「相州くん良かったねー」「ねー」口々に女子達が好き勝手なことを言い出す始末。お前ら黙れと言いたいのをぐっと堪えながらちらっと光忠を見るとにやにやしている。おい、辞めろその顔!
「もう行くぞ」
光忠の返事を待たず早足で歩き出す。じゃあ皆またね広光くんとはまた今度遊んであげてねはーい従兄弟さんさようならー相州くんまたねー――背後でそんな声がする。従兄弟さん格好良かったねーでもなんで眼帯してたんだろうねー本当なんでかなあなんて声も。
「広光くん、待ってよ」
長身が追いかけてくる。ダッシュして置いていこうと思ったが、目的を思い出して辞めた。俺ひとりの時に遡行軍と出くわしたら対処できない。
「さっきのお友達皆可愛いかったね」
俺の隣に並びながら言う。
「友達じゃない。単なるクラスメイトだ」
「なんか怒ってる?」
「怒ってない」
「じゃあどうしてそんなに不機嫌なの?」
聞こえない振りをしてだんまりを決め込むと「ねえ広光くん」「ねえってば」「無視しないでよ」「広光くーん」「おーい」光忠は負けじとばかりに話かけてくる。はっきり言って鬱陶しいし、うるさい。
「口きいてくれないなら、また君のこと抱っこするけど」
とんでもない脅迫をされて「それは辞めろ」間髪入れずに即答すると「良かった、聞こえてた」ほっとしたような、どこか嬉しそうな声が降ってくる。
「昨日の敵、いないな」
話を蒸し返されたくなかったので、話題を変えるために辺りを見回しながら言うと「そうだね。気配も感じないよ。この時代にはもういない可能性もある」まあその方が良いけど――光忠も周囲に視線を配る。
「遡行軍はいつもどういう時に現れるんだ?」
「彼らは歴史を変えるのが目的だからね。歴史上の重要な場面に現れる。だから歴史にその名を残した人物の周囲に出現することが多い。例えば織田信長とか、坂本龍馬とか。名前くらいは聞いたことあるだろう?」
「知ってる。なるほどな、だから昨日この時代にやつらが現れるのは珍しいと言ったのか」
今の時代なら政治家が遡行軍の標的になるのだろうか。でもどれだけ偉い政治家が襲われたとしても然程影響が出るとは考えられない。それだけでは時代は変わらない……と思う。
「そうは言っても遡行軍も狡猾だ。僕達の隙をついてやってくるかもしれないし、この時代に悪さをすることでもっと別な悪いことを企んでるかもしれない」
「もっと別な?」
長身を振り仰ぐと彼は頷く。
「そう。この時代に遡行軍が現れたのは目眩しで、別の時代に大挙して押しかける――そういう作戦もありえる。とはいえ、数で言うなら僕達だって負けてないけれどね」
光忠の話では本丸には百振り以上の刀がいるらしい。刀種も様々で短刀、脇差、打刀、太刀、大太刀、槍、薙刀がいるとのこと。光忠はその中で太刀に分類されるらしく、馬上刀だと言った。また本丸は一つだけではなく、各地域に分布しているらしい。だから別の本丸にも燭台切光忠がいるとも。光忠達は刀剣男士と呼ばれ、審神者の力によって人の形を与えられた。審神者とは先程端末で光忠と話していた相手らしい。それが今の主であり、彼――あるいは彼女か――の命令に従って本丸の運営、遡行軍との戦いをしているのだとか。
「じゃあ遡行軍の戦いが終わったら光忠は――」
「きっとただの刀に戻るんじゃないかな」
はっと目を見開く俺に対して光忠は凪いだ表情で何でもないように告げる。
「あんたはそれで良いのか」
「良いも悪いもないよ。寧ろ今の状態が特殊で特別なんだ。自由に動き回ったり、料理したり、ご飯を食べたり、こうやって誰かと言葉を交わしたり、広光くんの頭を撫でたり――」
黒手袋の手がぽんと頭の上に置かれる。
「ただの刀にはできないことができる。人の身を得てみて、人間って良いなって思ったよ」
しみじみとした口調で言われて俺はなんて答えたら良いか判らず「やっぱりあんたは変な刀だな」憎まれ口を叩いた。
(参)
陽が傾くまであちらこちら歩き回ったものの、結局この日は遡行軍を見付けることはできなかった。俺としては複雑な心境だった。まだあいつがいるのが怖いと思う気持ちとこの時代への干渉を諦めて退却しているのなら――安堵する気持ちと、それから光忠がここにいる理由がなくなるので、寂しいと思う気持ちと。俺ががっかりしているの見て光忠は「少し様子を見よう。大丈夫、僕がいる限り君には危害を加えさせないよ」守るって約束しただろう? ――元気づけるようににこりと笑った。
そして夜。
「――やっぱり狭いな」
流石にシングルベッドに二人で寝るには狭かった。いつもなら大の字になっても余裕のあるベッドが、今では寝返りも打てない。僅かに身動ぎするとベッドが悲痛そうに軋む。
「だから言っただろう? 床で寝るって」
「しっ。声が大きいっ。あんたみたいなでかい図体が床に転がってたら邪魔だ」
夜中にトイレに起きた時あんたのこと蹴飛ばすぞ――間近で睨みつけたら光忠は一瞬黙ったが「じゃあ昨日と同じようにあそこで寝るよ」狭いところは慣れてるし――クローゼットを指さす。
「それは駄目だ」
「どうして」
きょとんと琥珀色の隻眼が瞬く。
「俺があんたと同じことを言ったら止めるだろうが」
「それはそう。でも君のベッドだ。これじゃあゆっくり眠れないだろう。僕のことは気にしなくて良いから」
「それなら俺が床で寝る」
ベッドから降りようとすると「ちょっとちょっと。どうしてそうなるかな」大きな手に腕を掴まれた。
「仕方ないな。ほら、こっちにおいで」
軽く腕を引っ張られてころりとベッドの上に転がされると抱き込まれた。すっぽりと光忠の腕の中に収まってしまう。
「え、ちょ、おい、光忠、」
驚いて彼から逃れようともがくと光忠は腕の力を込めて更に抱き寄せる。刹那香ったどこか懐かしい匂いに心臓が変な音を立てた。胸がどきどきして耳が熱くなる。なんだ、これ。
「静かにしないと駄目だよ。――これならさっきよりマシだろう?」
「……いや……これマシになってるのか?」
「横に並んで寝るよりは若干スペースに余裕があると思うけど。不服なら僕はクローゼットで寝るよ」
「もう良い。判った」
これ以上押し問答をしていても不毛なだけだ。さっさと寝てしまおうと目を瞑るが、残念ながらそう簡単に眠気はやってきそうにもなかった。薄く目を開けて光忠をちらと見ると目を細めて俺を見ていた。どこか嬉しそうな顔をして。――なんで、あんな顔。また心臓が変になる。
「……それ、外さないのか」
何となく気詰まりに感じて小声で訊ねると「ん? ああ、これ?」光忠は右眼を覆う眼帯に手を触れる。昼間身に着けていた手袋は外しているのに、眼帯だけはそのままだ。余程外せない理由があるのだろうか。
「寝づらいんじゃないのか」
「気になるかい?」
「……まあ、正直に言えば」
素直で宜しい――光忠は薄く笑うと右手を頭の後ろに回す。ぱちんと小さな音と共に眼帯の紐が緩んだ。白い手が眼帯を取り去り、長く伸びた前髪を掻きあげた。右眼が露わになる。
「それ――」
「驚いた?」
光忠は悪戯っぽく笑う。彼が眼帯をしていた理由が判った。彼の右眼は引き攣れたような傷痕によって塞がれていた。他が整っている分、その傷痕は余計目立って見えた。酷く気拙くなって謝ると隻眼は「君が気にすることじゃないよ。でもありがとう」優しく頭を撫でてくれた。
「この傷痕はね、僕の元主とお揃いなんだ」
「元主? って誰?」
「伊達政宗。聞いたことないかな?」
「何となく聞いたことあるかも」
光忠はどこか遠くを見詰めるような目付きになる。
「僕の持ち主は織田信長から伊達政宗、それから徳川光圀と何回か変わってるんだけど、燭台切っていう名前は政宗公から賜ったものなんだ」
家臣を斬った時、青銅の燭台もを斬ったから燭台切――そういう逸話らしいが、彼本人としては思うところがあるそうだ。
「政宗公は幼少の頃の病気で右眼が僕のようになってしまってね。だから彼も眼帯をしていたんだけれど、僕も彼に倣って
刀剣男士は光忠のように持ち主の特徴やその逸話を色濃く反映した者が少なくないらしい。
「じゃああんたの服装が真っ黒なのも伊達政宗の影響なのか?」
「それはちょっと違うかな」
「なんだ違うのか」
「僕は――燭台切光忠は昔焼失してるんだよ」
「え、」
目を見開いて光忠の顔を見ると「そんな深刻そうな顔しないでよ」おかしそうに小さく笑う。長い指がとんと軽く俺の眉間に触れた。
「多分その影響だと思うんだよね。僕焼け身になって真っ黒になっちゃったから。でも黒い戦装束もなかなか格好良いだろう?」
「うん、格好良い。でも焼け身ってなんで……」
「昔大きな地震があってね。その時蔵の中にいたから、火事に巻き込まれちゃって。僕は物だからそこから逃げ出すなんてことは当然できなくて、それで」
狭いところは慣れてる――先程彼が言った言葉を思い出してお腹のあたりが冷たくなった。昨日の自分を殴りたい。クローゼットの中で、光忠は。堪らなくなってぎゅっと抱きつくと「広光くん? 急にどうしたの?」不思議そうな声がした。
「……昨日寝る時、あんたのことクローゼットに押し込んだから、」
俺の言わんとしていることを察したらしい光忠は「広光くんは優しいなあ」わしゃわしゃと俺の頭を撫でた。
「昨日のことは気にしなくて大丈夫だよ。焼失は昔のことだし、それにその過去を含めて燭台切光忠という刀の歴史だからね」
彼は明るく笑って額を寄せてくる。きゅうと細められた金色の瞳が三日月みたいだ。
「広光くんに優しくして貰えるのは嬉しいな」
「優しいのはあんたの方だろう」
まだ知り合ったばかりだが、判る。光忠は底抜けに優しい男だ。その優しさを独り占めしたいなんて、バカみたいなことを考えてしまう。
「そうかな。広光くんだって充分優しいよ。ふふ、好きな相手に優しくされるって良いものだね」
「は、」
好きって。俺のこと好きって。俄にカァッと顔が熱くなる。また心臓がドキドキして胸が苦しい。俺が余程変な顔をしていたせいか、光忠は取り繕うように注釈する。
「あ、好きっていうのは変な意味じゃなくて、なんて言ったら良いのかな。大事にしたい相手っていうか、」
「……友達みたいな?」
「そうだね、それに近いかな。――さて、そろそろ寝よう。広光くんも歩き回って疲れただろう。ゆっくりおやすみ」
ぽんと頭を撫でられて「おやすみなさい」俺も目を閉じる。眠れそうにないと思っていたが、すぐに眠気はやってきた。
そして夢を見た。
俺は夢の中で大人になっていて刀を携えて時間遡行軍と戦っていた。左腕には黒龍の彫り物がしてあって、光忠から「伽羅ちゃん」と親しげに呼ばれていた。真っ白い着物を着た男からは「伽羅坊」、大きな金色の瞳が印象的な少年からは「伽羅」、ほかの人からは「大倶利伽羅」と呼ばれていた。夢にしては妙にリアルで、小学生として生きている自分の方が本当は夢なのではないかと思ったくらいだ。何よりも光忠と背中を預け合いながら戦えることが嬉しかった。早く大人になりたい。そうしたら夢の中のように光忠と肩を並べることができるのに――そう思ったら目が醒めた。朝だった。
翌日。
今日も急いで学校から帰って来ると光忠が「おかえり」とにこやかに出迎えてくれた。考えてみれば母親が仕事に出てからというもの、こんなふうに出迎えられることはあまりない。誰かに「おかえり」と言われることの嬉しさや安堵感に思わず顔が緩みそうになってしまう。でも内心を悟られるのは何だか恥ずかしかったので、俺は素っ気なく振舞った。
「ちょっと台所と材料を借りておやつ作ったんだ。食べるかい?」
「おやつって何?」
「仙台名物、ずんだ餅だよ!」
光忠は得意げに胸を張る。某ネコ型ロボットがひみつ道具を出した時の効果音が聞こえてきそうだ。
「なんでずんだ餅?」
「あ、ほら、僕の元主の政宗公は仙台藩のお殿様だったからね。ずんだ餅は嫌いかな? 洋菓子の方が良かった?」
「なるほど。――別にずんだ餅は嫌いじゃない。あんまり食べたことはないけど」
ずんだ餅は確か緑色の餡がかかった和菓子だ。初めて見た時、抹茶の味がするのかと思ったが、食べてみて枝豆と知って驚いた。
手を洗っておいでと言われてランドセルを置きに二階へあがる。宿題の計算ドリルとノート、筆箱を抱えて下におり、手を洗ってダイニングテーブルに着くと光忠が麦茶とずんだ餅を目の前に並べてくれる。
「材料、良くあったな」
「冷凍庫開けたら枝豆と切り餅があったら、つい作りたくなっちゃって。勝手に材料使ったのはちょっと拙かったかな」
切り餅は正月に大量に親戚から送られてきたものの残りだろう。枝豆は大方父親の晩酌のつまみに違いない。というか、ずんだ餅は枝豆と餅さえあれば作れるのか。もっと色んな材料が必要だと思ってた。 これなら俺でも作れるだろうか。あとで光忠に作り方を聞いてみよう。
「まあ大丈夫だろう。俺がお腹減ったから食べたって言えば」
仕事で家を空けていることに後ろめたさがあるのか、母親はあまりうるさく言わない。それなら良かったと光忠はほっとしたように笑うと「さあ、召し上がれ」と促す。いただきます――手を合わせて箸を使ってつやつやと照るずんだ餅を食べる。まだほんのりと温かい餅は柔らかく、ずんだ餡は優しい甘さで枝豆の風味が美味しかった。
「美味しい?」
もぐもぐと咀嚼しながら頷くと「広光くん、ここにずんだがついてるよ」長い指が伸びてきて口許を拭う。途端にどきんと心臓が慄えて餅が喉に詰まりそうになった。慌てて麦茶を飲んで餅を流し込む。
「み、光忠は食べないのか」
「僕は作りながら味見したからね。――おかわりあるよ」
「あとで食べる。――そういえば、今朝変な夢を見た」
ふと思い出して夢の内容を話すと光忠は驚いたような顔をして俺を見た。
「大倶利伽羅って本丸にいるのか?」
「前はいたよ」
「前は? じゃあ今は?」
「今は――いないかな」
どこか悲しそうに力なく笑ったのを見てそれ以上、彼について訊けなかった。
「――俺が大倶利伽羅だったら良いのに」
そうしたら光忠が寂しくないのに。寂しい思いをさせないで済むのに。
ぽつりと呟くと隻眼が見開かれ、ふっと薄く伏せられた。口許に淡い笑みが浮かぶ。
「広光くんは広光くんで良いんだよ。僕は君に出逢えただけで充分幸せだよ」
ところで――光忠は自分の分の麦茶を飲みながら話題を変える。
「学校の行き帰りで遡行軍は見かけなかったかい?」
「いや、見てないな。歩道橋のところで腕の取れた女は見たが」
すると光忠は酢を飲んだような顔をする。それから何か合点がいったようにひとり首肯しながら身を乗り出す。
「最初に逢った時もそういうのが見えると言ってたもんね。普段から人ならざるものが見えて慣れているのに、遡行軍は怖かった?」
言われてみればそうだ。あの時、動けなくなるほど怖かった。どうしてだろう。初めて見るものだったからだろうか。
「……自分でもどうしてだか判らない。本当に怖かったんだ」
怖気が立って冷や汗が出るくらいに。
「そっか。じゃあ遡行軍探しは僕だけで行くよ。君はおうちで良い子で留守番してて」
光忠は席を立ちながら俺の頭を撫でる。その大きな黒手袋の手を掴んだ。
「いや、俺も一緒にいく」
「え、大丈夫かい? 無理しなくて良いんだよ」
「無理じゃない。それに俺のことはあんたが守ってくれるんだろう?」
薄く笑いかけると伊達男は強く頷いた。
今日は昨日とは反対方向の場所を歩き回る。こちら側は普段あまり足を踏み入れないエリアで、団地や住宅街が広がっている。団地の合間に挟まれるようにして申し訳程度の小さな公園があるが、そこで遊んだことは一度もない。公園には誰もいなかった。団地へと続く遊歩道を見知らぬ中年女性が歩いていく。両手に提げた買い物袋が重たそうだ。
「うーん、この辺にもいなさそうだね。主の話ではまだこの時代にはいるみたいなんだけど。もう少し詳しい場所を訊いてみた方が良いかな」
「もっと人通りが多いところにいるのか……?」
そうなると駅周辺になるだろうか。しかしあんなところで本物の刀を振り回したりしたら大事になってしまうし、混乱は必至だ。最悪ドラマの撮影ですって嘘を吐いて切り抜けるしかない。そんなことを考えながら人通りの少ない道を歩いていると木立の影から出し抜けにぬっと黒い影が現れた。鋭い牙と赤い瞳が襲いかかる。遡行軍だ!
「広光くん!」
光忠が叫ぶのと同時に両足が宙に浮いた。バカでかい鬼のような化け物がぎりぎりと強い力で俺の首を締め付ける。片手にはこれまた随分とでかい刀が握られていて、刃先が残忍に光った。
「ぐ……っ」
苦しくてもがく。酸欠になって聴覚が遠くなって目の前が暗くなる。このまま俺は死ぬのか?
――……持て。
不意に頭の中で声が聞こえた。聞き憶えのある声だ。今朝、夢の中で聞いた低くて落ち着きのあるそれ。光忠が「伽羅ちゃん」と読んでいた男の。
――刀を持て、大倶利伽羅広光!
急に視野が眩しい光に包まれた。右手には龍が彫られた刀。左腕に巻き付くように黒龍が浮かび上がる。閃いた光に一瞬怯んだ遡行軍の隙をついて相手の首辺りから袈裟懸けに一気に右腕を振り下ろした。
耳をつんざくような咆哮と共に地面に尻もちをついて転がった。はっとして敵を見上げる。刀は胸に刺さったままだ。苦痛に喘ぐようにこちらに腕が伸びてくる。早く逃げなければと思うのに足腰が立たなかった。
「光忠!」
名前を叫ぶと黒い疾風が視界を駆け抜けて鬼の首が宙を飛んだ。泣き別れになった躰と頭部は黒い灰塵となって風に崩れて消えていく。突き刺さっていた刀はカランと乾いた音を立てて地面に落ち、蜃気楼のように消えてなくなった。全てはあっという間の出来事だった。
「広光くん! 大丈夫かい?」
駆け寄って目の前に膝をつく大きな躰に勢い良く抱きついた。ぎゅうと逞しい腕に強く抱き締められる。
「怖かったね。なのに良く頑張ったね。偉い偉い」
大きな手があやすように優しく背中を撫でる。前にもこんなことなかったか? 光忠の手が優しく俺の躰に触れて。――伽羅ちゃん。綺麗な瞳が細められて、それで。
「……大倶利伽羅の声が聞こえた」
「そうか。やっぱりね。あの刀は伽羅ちゃんのものだ。彼が君のことを助けてくれたんだね」
一瞬見えた刀に彫り込まれた龍でそれと知れたのだという。
「大倶利伽羅は俺のことを大倶利伽羅広光って読んでた。一体どういうことだ? 俺は大倶利伽羅なのか?」
「さあね。僕にも判らないし、広光くんは他の誰でもない、広光くんだよ」
「光忠、」
「うん? なんだい?」
小首を傾げて俺を覗き込む光忠の白い顔を両の手で触れると無垢な色の唇へ口付けた。
「ちょ……!? ちょ、ちょっと広光くん!? 何して……!?」
光忠は見たこともないくらいに取り乱して赤くなったり青くなったりを繰り返す。面白い。
「何ってキスだが」
「そんな冷静に言わないでよ! ええ、ちょっと待って!? 君小学生でしょ!?」
「小学生だからなんだ。好きな相手にキスの一つや二つくらいするだろう」
「そんなおませな小学生知らないよ、僕は!」
「うるさいな、あんた」
露骨に顔を顰めてみせると「君のそういうところ伽羅ちゃんにそっくりだよ!」光忠は複雑な表情を浮かべて喚いた。
光忠――大きな黒手袋の手を握る。
「短い間だったけれど、あんたと一緒にいられて楽しかった。いなくなってしまうのが本当は……凄く寂しい、」
いかないで。
置いていかないで。
一緒に連れて行って。
そんなことを言ったらきっと光忠は困ってしまうから。大好きな人を困らせたくない。
言葉は我慢できたのに、泣くのは我慢できなかった。大粒の涙が頬を伝う。泣き止まないといけないと思うのに涙は止まってくれない。寧ろ余計に涙が出てしまう。すると光忠が穏やかに問う。
「広光くん。本当に僕のこと好き?」
「うん。好き。大好きだ。あんたの、優しさを全部独り占めしたい、」
「じゃあ僕のこと待っててくれる?」
「待つ……?」
瞬きするとぽろりと涙が落ちて、滲んだ視界の中で光忠が酷く真剣な顔をしていた。
「そう。僕も君が大きくなるの待ってるから」
光忠が俺の手を握り返す。
「ちゃんと、待ってる、」
それじゃあ約束――隻眼は微笑んで手の甲に唇を軽く押し当てた。「もう泣かないで」優しく笑って長い指先で涙を拭ってくれた。
「僕も広光くんのことが大好きだよ」
◆◆◆
十年後。
大学が夏休みに入ってすぐ俺は光忠に会いに行った。
不思議なことに光忠と別れてから人ならざるものが見えなくなった。だからもしかしたら付喪神である光忠のことも見えなくなってしまったのではないのか――そんな一抹の不安があった。だが、彼は確かに
敢えて入館ギリギリの時間を選んだおかげで館内は人があまりいなかった。十年振りの逢瀬に邪魔者は少ない方が良い。
展示物――燭台切光忠の前に立った瞬間――。
「広光くん」
視界の端に舞い散る桜と共に懐かしい黒衣が翻った。
昨日別れたようなばかりの姿で俺の神様が目の前に立っていた。
(了)
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