その意味と価値を、


 すまん遅くなった――不意に鼓膜を揺らした声音に山姥切はたれたように顔をあげた。視線の先で内番着姿の長曽祢が困ったように眉尻を下げて立っていた。
「あんた――」
 どうしてここにいる――目の前に現れた予想外の相手に双瞳そうどうを見開くと「端的に言えば蜂須賀の代わりだ」長曽祢は居心地が悪そうに肩を竦めてみせた。
「畑仕事は真作の仕事じゃないと」
「体よく押し付けられたわけか」
 今日の畑当番は山姥切と蜂須賀であったが、虎徹の真作は最早口癖となっている「畑仕事は真作の俺がやることじゃない」を有言実行したらしい。畑仕事を嫌う刀は他にもいるし、蜂須賀のような態度はそう珍しいことではないが、しかし決められた仕事を別の刀に押し付けるのは些か問題ではないだろうか。本丸の規律を重んじる長谷部が聞いたら怒髪天を衝くんじゃないのか――山姥切がそんなことを言えば「そうだなあ、あまり褒められたことではないな」長曽祢は呟きながら髭が蓄えられた顎を掻く。
「まあ、こういうことは今回限りにするさ。主からも上手く蜂須賀に言って貰うつもりだ」
 おれ以外にはあいつも素直だからな――長曽祢は何でもないように告げながら山姥切に歩み寄った。と、山姥切は詰められた距離の分、一歩横に移動して頭から被った布の端を引き下げ、なるべく顔を見られまいとする。
 長曽祢とは同じ刀種だが、彼は打刀とは思えないほど躰が大きい。近くで見ると尚更大きく見える。太刀や大太刀と言っても通るくらいの偉丈夫だ。事実、彼の打撃力は太刀と匹敵する。山姥切は長曽祢と同じ部隊で出陣したことは殆どなかったが、戦での彼は豪胆かつ苛烈な太刀捌きで敵を薙ぎ払うのだろうと想像した。
「――それで、蜂須賀は」
「ああ、あいつは道場で浦島と手合わせしてる。少し覗いてみたが、浦島も楽しそうにしていた」
 長曽祢は金色の双眸に喜悦を浮かべながら抱えていた籠を傍らに置くと地面にしゃがみ込んで早くもたわわに実をつけている茄子を手に取って満足そうに独り首肯する。陽射しを受けて艶々と照る立派にった茄子を収穫鋏を使って一つずつ茎から切り離していく。山姥切は少しの間、長曽祢の丁寧な所作を意外に思いながら見ていたが、ぼんやり見ていても仕様がないと身を反転させてピーマンが植えられている畝と向き合った。こちらも茄子同様、健康そうな濃い緑色の実をつけて青臭い匂いを漂わせていた。山姥切も膝を折って食べ頃のピーマンを収穫していく。
 二振りの間に降りる沈黙を縫うように収穫鋏を使う微かな音が落ちる。どこにいるのか、姿が見えない鳥のさえずりが天高いところから聞こえてくる。長閑のどかなことこの上ない。あまりにも長閑で穏やかだから、戦で刀を振るうことが本分であるのに、うっかりそのことを忘れそうになってしまう。人間はこんなふうに日常を営んでいるのかと今更のように山姥切は思った。
 何となく間が持たなくて、あんたは――山姥切は口を開く。
「ん? なんだ?」
 長曽祢は鋏を扱う手を止めて僅かに振り返る。
「それで良いのか」
「なにがだ」
「……蜂須賀のことだ」
 どこまで踏み込んで良いものか迷ったが、ずっと彼に訊いてみたかったのだ。虎徹の贋作とされている長曽祢が真作である蜂須賀とどう折り合いをつけているのか。
 傍から見ると蜂須賀は長曽祢を嫌っているように思える。何かにつけて長曽祢を贋作だと言って厳しい態度を取るのだ。そんな彼に対して長曽祢は怒りを露わにするでもなく、特に言い返すこともない。今日だって彼に代わって畑当番をするくらいだ。畑当番は単純に上手く断れなかっただけなのかもしれないが、自分だったら長曽祢のようにはできないと山姥切は常々思う。実際、本歌である長義に「偽物君」と言われる度に反発してしまうのだ。
 俺は偽物なんかじゃない――たが、自分でそう口にする度に「写し」である事実が重たく伸し掛かってくる。どう足掻いても、どれだけ否定しても山姥切国広は山姥切長義の写しであることは変えられず、寧ろ偽物でないことの否定は「写し」であることの証明として山姥切自身に跳ね返ってくる。
 長曽祢は虎徹の真作である蜂須賀に贋作だと言われ続けることを本心ではどう思っているのだろう――新選組局長、近藤勇の愛刀としての「物語」を持つ彼がこの本丸に顕現してから蜂須賀とのやり取りを傍観していた山姥切は長曽祢の贋作という出自に密かにシンパシーを感じてきた。そういう意味では長曽祢の存在は山姥切にとって「写し」である自分が刀剣男士として在ることの寄る辺でもあった。
 長曽祢に訊ねたいことは多々あれど、「写し」である自分がおいそれと彼に声を掛けられるはずもなく――普段あまり接点がないのもあって――これまで黙っていたが、今日は滅多にない機会だとして意を決して抱えてきた疑問を本人にぶつけてみたのだ。
 蜂須賀なあ――長曽祢はどこかのんびりした口調で呟く。それから山姥切から問われた言葉の意味を考えるように少しの間、呑気そうな綿雲が浮かぶ蒼天を見詰めてから至極穏やかに告げる。
「おれは蜂須賀が言う通り、贋作だからな。だからあいつから色々言われるのは仕方がないと思っている」
「厭ではないのか」
「そんなふうに思ったことはないな。蜂須賀本人の耳に入ったら露骨に厭な顔をされそうだが、おれはあいつのことも大事な弟と思っているし、同じ刀剣男士としても尊敬している。それに、蜂須賀がおれに対して厳しい態度を取る気持ちも何となく理解しているつもりだ」
 目の前に偽物が現れたら――蜂須賀にとって長曽祢の存在は己のアイデンティティそのものを脅かす。また名刀である虎徹の真作としての自負があるのだろう。だから長曽祢を許容できないのだ。
「おれの元主はおれのことを本物の虎徹だと信じていた。だが、もし元主がおれが贋作だと知ったとしても――」
 長曽祢はぱちんと鋏で色の濃い茄子を茎から切り離す。
「きっと大事にしてくれたと思う」
 彼は一本気でどこまでも真っ直ぐな人だったから――長曽祢は過去を懐かしむように僅かに頬を緩める。
「……あんたにとって贋作という出自は些末なことだと、」
「そうだな。おれは贋作だろうが何だろうが、折れずに刀として在れたらそれで良い。おれ達は敵を斬るのが本分だ。どんなに大層な肩書きがつこうとも、それは変わらない。ただ眼前の敵を斬る。歴史を守るという課せられた任務を果たす――それだけだ」
 まあおれはこういう土弄りも嫌いではないが――眉尻を下げて薄く笑った。
「――山姥切国広は堀川国広の最高傑作である」
 何の脈絡もなく呟かれた長曽祢の言葉に、弾かれたように山姥切は振り返った。そうだろう? ――ニカッと笑う精悍な顔を出会う。と、出し抜けに伸びてきた大きな手に頭から被った布を捲られた。瞳を射抜く陽射しの眩しさに思わず顔を顰めて「おい、いきなり何をするッ」慌てて布を被り直す。
「いや、いつも頬被りしてるから少し気になってな。山姥切は流石、最高傑作と誉れ高いだけあって綺麗だな」
 見えたのは一瞬だったが、陽光を受けて輝く金髪と目が醒めるような碧眼は如何にも高貴そうで、顔立ちも貴公子然として美しい。無骨な自分とは大違いだと長曽祢は心中で独白する。
「綺麗とか言うな。俺は写しだからこのボロ布がお似合いだ」
 所詮は写し。本歌の長義とは違う――山姥切は深く頭から被った布の下で眉間に皺を立てる。
「それはすまん。だが、お前さんが気にしているほど皆写しであることを気にしてはいないと思うぞ。少なくともおれは気にしてない。来歴もそれぞれだが皆同じ刀、刀剣男士だ」
「だが俺は――」
「山姥切は偽物なんかじゃない」
 先回りして断言する長曽祢の容貌を山姥切は目を見開いて凝視する。
「写しは模作とも違う。ましてや贋作でもない。だから偽物ではない」
「どうしてそれを――」
 力のない山姥切の声音に長曽祢は慰めるように穏やかに笑いかける。近藤勇の佩刀はいとうは存外、表情が豊かな刀だなと山姥切はやや場違いなことを思う。
「なに、顕現したばかりの頃、お前さんのことが気になって主に訊いたんだ」
 あの刀はなぜいつも頭から薄汚れた布を被っているのかと。口癖のように言う「写しだから」という言葉の意味も。
「おれは山姥切長義とお前さんの刀をつぶさに見たことがないから判らんが、山姥切国広は確かに山姥切長義を手本にして造られてはいるが、そのままそっくり同じではない――らしいな。主が言うには私淑した先達へある種の敬意を込めて刀工が作刀したものだと」
 言わば「写し」とはオマージュである。だから手本の刀と作り全てが同じではない。勿論、オマージュであるから人を謀り、騙るために造られたものでもない。「写し」は「写し」として造られた意味と価値があるのだ。それを知った長曽祢は山姥切が度々口にする「偽物なんかじゃない」という言葉の真意を悟った。山姥切もまた本当は「写し」であること――堀川国広の最高傑作である己に強い矜恃を持っていることを。
「山姥切長義も蜂須賀と似たような心境なのだろうな。そうしなければ自己が揺らぐ」
 長曽祢は探るような眼差しで碧眼を覗き込む。
 山姥切国広が一等優れた刀であればあるほど、本歌との差が無くなる。元々長義は気位が男でもある。だから尚更山姥切国広の存在を認め難いのだろう。しかし、それは相手を暗に認めている証左でもある。蜂須賀の、長曽祢に対する態度も同じだ。反発しながらもその実、相手の実力や存在そのものを認知しているのだ。そうでなければいちいち突っかかったりしない。取るに足らないと黙殺すればことは済む。
「おれはお前さんのことを良い刀だと思っているし、それは歴史も証明している」
 長い時間の中で失われ、顧みられることがなくなる刀剣は数多あり、あげれば枚挙にいとまがない。そんな残酷とも言える歴史時間の中で山姥切国広は一度は失われたかに思われたが、その後、再び見出され堀川国広の第一の傑作として後世に広まった。そして現在、審神者によって励起され、人の躰を得た。歴史を守る者として。
「まあ何が言いたいかというと、山姥切国広は立派な刀ってことだ。写しだからってそう卑屈になる必要もない」
 贋作おれに言われても嬉しくないだろうが――長曽祢はおどけるように小さく笑う。きっと山姥切にとって「偽物」であることを一番否定して欲しい相手は長義だろうが、しかし贋作である自分だからこそ彼に伝えられるものがあると長曽祢は思ったのだ。そして何かしらの言葉を山姥切も欲している――蜂須賀のことを話題に出されて長曽祢はそう感じ取った。
「いや、そんなことはない」
 山姥切はゆるくかぶりを振る。話の矛先が予期しないところへ向いたのには些か驚いたが、長曽祢の心遣いは純粋に有難かった。写しは決して偽物ではない――それを知ってくれている刀がいる。ふつふつと込み上げてくる喜悦に口許が緩みそうになる。
「改めて礼を言う」
 ありがとう――やや俯き加減で呟くと、ぽんと大きな手が頭を撫でた。山姥切が目線をあげて口を開きかけた時「さて、おれはあっちの胡瓜も収穫してくる」長曽祢はそれだけ言うと茄子が入った籠を抱えて足早に立ち去っていく。
「おい――」
 離れていく赤ジャージの背中は面映ゆそうに丸まっていた。

(了) 
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