国太SS
愛スル事、愛サレル事、汝、懼ルル勿レ
国木田君お待たせ――風呂から上がった太宰が居間に踏み入れると室内は既に黝 い闇に満たされていた。窓掛 の隙間から淡い月光が細く差し込んでいるばかりであった。ふと見れば家主は敷いた蒲団の上に腕組をした格好で壁に凭れて目を閉じていた。どうやら太宰が風呂を使っている間に寝てしまったらしい。そんな恋人の姿を見て太宰は細く落胆の溜息を吐いた。そっと眠っている国木田に近付いて、傍らに膝をつく。
「国木田君、風邪ひいちゃうよ」
起きて――揺り起こしてみても、僅かに瞼が慄 えるばかりで目覚める気配はない。余程疲れていたのだろう。それも無理ないと、太宰は思った。
一月半前に受けた依頼が、調査するにつれて大きな事件に発展したのである。しかも別に受けていた依頼がその事案と繋がっていることが判明して、最終的には探偵社を上げての大捕物となった。事件が解決するまで略 無休と云って良い程の忙しさで、先日までてんやわんやしており、今日になって漸く全ての方が付いたのだった。明日は待ち侘びていた休日。国木田は当然のように太宰を食事に招いた。久し振りに二人きりで食卓を囲み、ゆっくりと晩酌をした。それは暗に閨の誘いも含んでいた。だから太宰も内心期待していたのだが。
「――国木田君」
精悍に引き締まった頬を撫でる。寝顔は何処までも穏やかだ。普段深く刻まれた眉間の皺も取れている所為か、少しあどけない。知らずのうちに太宰の頬も緩む。
もう一度、愛しい人の名を呼んで、膝の上に乗り上げた。月華に淡く輝く長い金糸の先を指で掬って口付ける。それから広い肩を細腕に抱いた。彼の匂い、体温が切なく太宰の胸を締め付ける。奥底から衝動的に感情が迸り、言葉となって零れ落ちた。
「国木田君。何時も、ごめんね。そしてありがとう。好きだよ。大好き。――愛してる」
「――云いたいことは、それだけか?」
突然耳元で声がして、太宰は慌てて彼の肩に伏せていた顔を上げた。急激に耳が燃えるように熱くなる。
「え、ちょ、君、何時から起きて……⁉」
「お前が俺の上に座ってからだ」
「略最初からじゃないか! な、何で寝たふりなんか……!」
「寝たふりと云うか、起きるタイミングを逃しただけだ。お蔭で良いことが聞けた」
顔を赤らめて周章狼狽する太宰とは反対に国木田は涼しい顔。寧ろ意地の悪い薄笑みさえ浮かべている。
――あ、こんな笑い方も格好良いな。じゃなくて!
太宰は雑念を振り払うように大声を出す。
「さ、さっきのは無し!」
「何故だ?」
「だって……!」
「俺はお前から言葉を貰えて嬉しかったぞ。それに、照れているも可愛い」
そう云って国木田は微笑する。先程とは打って変わって、優しい微笑みだった。太宰が一番、好ましく思っている彼の表情。何度でも、何時までも見ていたいと切望する程の。
「……国木田君ばかり、狡い」
小さく呟きながら、太宰はぽすんと国木田に凭れ掛かった。国木田は微苦笑して脱力した瘦躯を緩く抱き締める。
「俺は太宰からなら何だって欲しい。――愛されたい」
愛されたい――静かに落ちる言葉が太宰のと胸を衝いた。こんなふうに彼が愛を乞うことなど嘗てなかった。それだけにより一層、胸が軋んだ。泣きたくなってしまう。
太宰――名を呼ばれて預けていた身を起こす。と、真摯な眼差しと出会う。己よりも一回りも大きい筋張った手が頬に触れる。とても温かな、手。慈しむことを知っている、手。
国木田は目を細めて告げた。
「俺もお前が好きだ。心底、惚れてるし、愛している。困った点は多々あるが、それすらも可愛いと思う。これは惚れた弱みだな。俺はこれからも太宰と一緒にいたい。この先、何があろうとも」
切った張ったが日常の職にあっては常に死と隣合わせだ。彼等の間に死別は何時、訪れるかも分からない。死が二人を別つまで――今共に在る瞬間を愛おしみ、抱き締めて、決して離しはしないと見詰める勁 い眸が誓う。
揺るがない想い、翻らない決意――愛すること、愛されること。
太宰は頬に触れる国木田の右手に自身の手を重ね、柔らかく笑んだ。
「私も、君とずっと一緒にいたい。――国木田君、愛してる」
(了)
国木田君お待たせ――風呂から上がった太宰が居間に踏み入れると室内は既に
「国木田君、風邪ひいちゃうよ」
起きて――揺り起こしてみても、僅かに瞼が
一月半前に受けた依頼が、調査するにつれて大きな事件に発展したのである。しかも別に受けていた依頼がその事案と繋がっていることが判明して、最終的には探偵社を上げての大捕物となった。事件が解決するまで
「――国木田君」
精悍に引き締まった頬を撫でる。寝顔は何処までも穏やかだ。普段深く刻まれた眉間の皺も取れている所為か、少しあどけない。知らずのうちに太宰の頬も緩む。
もう一度、愛しい人の名を呼んで、膝の上に乗り上げた。月華に淡く輝く長い金糸の先を指で掬って口付ける。それから広い肩を細腕に抱いた。彼の匂い、体温が切なく太宰の胸を締め付ける。奥底から衝動的に感情が迸り、言葉となって零れ落ちた。
「国木田君。何時も、ごめんね。そしてありがとう。好きだよ。大好き。――愛してる」
「――云いたいことは、それだけか?」
突然耳元で声がして、太宰は慌てて彼の肩に伏せていた顔を上げた。急激に耳が燃えるように熱くなる。
「え、ちょ、君、何時から起きて……⁉」
「お前が俺の上に座ってからだ」
「略最初からじゃないか! な、何で寝たふりなんか……!」
「寝たふりと云うか、起きるタイミングを逃しただけだ。お蔭で良いことが聞けた」
顔を赤らめて周章狼狽する太宰とは反対に国木田は涼しい顔。寧ろ意地の悪い薄笑みさえ浮かべている。
――あ、こんな笑い方も格好良いな。じゃなくて!
太宰は雑念を振り払うように大声を出す。
「さ、さっきのは無し!」
「何故だ?」
「だって……!」
「俺はお前から言葉を貰えて嬉しかったぞ。それに、照れているも可愛い」
そう云って国木田は微笑する。先程とは打って変わって、優しい微笑みだった。太宰が一番、好ましく思っている彼の表情。何度でも、何時までも見ていたいと切望する程の。
「……国木田君ばかり、狡い」
小さく呟きながら、太宰はぽすんと国木田に凭れ掛かった。国木田は微苦笑して脱力した瘦躯を緩く抱き締める。
「俺は太宰からなら何だって欲しい。――愛されたい」
愛されたい――静かに落ちる言葉が太宰のと胸を衝いた。こんなふうに彼が愛を乞うことなど嘗てなかった。それだけにより一層、胸が軋んだ。泣きたくなってしまう。
太宰――名を呼ばれて預けていた身を起こす。と、真摯な眼差しと出会う。己よりも一回りも大きい筋張った手が頬に触れる。とても温かな、手。慈しむことを知っている、手。
国木田は目を細めて告げた。
「俺もお前が好きだ。心底、惚れてるし、愛している。困った点は多々あるが、それすらも可愛いと思う。これは惚れた弱みだな。俺はこれからも太宰と一緒にいたい。この先、何があろうとも」
切った張ったが日常の職にあっては常に死と隣合わせだ。彼等の間に死別は何時、訪れるかも分からない。死が二人を別つまで――今共に在る瞬間を愛おしみ、抱き締めて、決して離しはしないと見詰める
揺るがない想い、翻らない決意――愛すること、愛されること。
太宰は頬に触れる国木田の右手に自身の手を重ね、柔らかく笑んだ。
「私も、君とずっと一緒にいたい。――国木田君、愛してる」
(了)