国太SS

花盗人

国木田が昼休憩から戻ると自席の机の上にコップに無造作に挿した一輪の花が置かれていた。ぱっと咲いた小さな向日葵である。檸檬色の夏の花は陽だまりのように明るく、陽気な華やかさを漂わせていた。事務所を出る前には無かったそれにはて? と国木田が訝しんでいると賢治が傍へ寄ってきて明るく云った。まだあどけなさが残る彼が笑うと向日葵が咲くようだ。
「その花、商店街にある花屋さんから分けて貰ったんです。適当な大きさの花瓶が見つからなかったので、小分けにして皆さんに」
賢治の視線につれられて事務所内を一瞥すると、成程、皆の机の上にそれぞれ一輪二輪と花が置かれている。黄色、橙色、白、薄紅色の花達によって室内は不思議な明るさを湛えてた。忙しない、殺伐とした空気さえも和らげるように。
「ふむ、そうか。賢治、ありがとう」
国木田は薄く笑んで、ぽん、と小さな頭を撫でた。賢治は擽ったそうに笑いながらも、満足そうに頷いた。と、ぐぅと大きく腹の虫が鳴って、国木田は眼鏡の奥で目を瞬かせる。
「何だ、昼飯はまだだったのか」
「はい。さっき戻ってきたばかりだったので……」
「じゃあ、ほら、昼飯食ってこい」
賢治は元気よく返事をすると「お昼行ってきます」と事務所を出ていく。国木田はそれを見送ってから自席に着いて少しの間、飾られた向日葵を眺めた。
――花があるのも、悪くない。
それから国木田は午後の業務に向けて、愛用の手帳を開いた。

「太宰さん、何だか機嫌が良いですね?」
敦は数歩先を行く上司の背中を見ながら告げた。のんびりとした歩行は何処か酔漢の足取りのようでもあった。社の備品の買い出しの帰り道である。
「そうかい? 私は何時も通りだけどね」
太宰は僅かに振り返ると小さく鼻歌を唄う。――やっぱり上機嫌じゃないか。敦は買い出しの荷物を抱えて、ひっそり溜息を吐いた。荷物、少し持って欲しいんですけど、とは云えずに。
実際、太宰は上機嫌だった。先程、とても素敵なものを見たので。国木田の――想い人の、優しい笑顔を。尤も己に向けられたものではなかったのだが。
机に向かっていた国木田は時折、飾られた向日葵を眺めては頬を緩めていた。普段、恐ろしく仏頂面の彼が、である。太宰は珍しいものを見たと思って目を瞠った。開かれた鳶色の瞳は、やがてひっそりと喜悦に細められた。
国木田が人知れず優しく微笑するのを、そっと摘み取るようにして、太宰は見詰めた。

――盗んだ黄金の花は枯れぬまま、今もこの先も、太宰の胸奥に咲いている。

(了)
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