国太SS

月光の淵に揺蕩う

窓掛カーテンの隙間から蒼い月影が差していた。真夜中に月は高く、冴え冴えとして静寂な夜を深めていた。
太宰はぼんやりと敷かれた布団の上に胡座をかいて、目の前に横たわる国木田を眺めた。彼は健やかに目蓋を閉じて清らかな月の光の中で眠っていた。枕の上に広がる解かれた金糸が月光に淡く輝き、静かなかんばせは白かった。彼の寝顔――月華に横臥する寝姿は酷く美しかった。
太宰は眠れぬ眸に愛しい人を映しながら、そっと頬に触れた。指先に伝わる熱は低い。不意にもう二度と彼は目醒めないのではないかと、恐ろしいような不安がと胸を衝いた。と、僅かに金色の睫毛がふるえた。ゆっくりと月色の眸が現れる。窓掛から洩れる蒼白い光線を受けて月長石のように輝く両の眼が逆光に暗い太宰の姿を捕らえた。
「……太宰?」
醒めきらない声が太宰の名を呼ぶ。太宰は触れていた手を咄嗟に引いて「ごめん。起こしちゃったね」眉尻を下げて弱々しく笑んだ。
「……眠れないのか?」
「うん、ちょっとね」
眠れないのは月が明る過ぎるせいだと思いたかった。しかし一度抱いた寂寥はその存在を知らしめるように太宰の胸底を叩く。
「ほら、こっちに来い」
国木田は僅かに頭を起こして太宰を一瞥してから彼の手を掴んで己の方に引き寄せた。太宰はこてんと硬く引き締まった胸へと頭をのせ、布団の中に潜り込む。ふわりと柔い温もりに包まれる。きゅっと国木田の寝間着を握り込むと耳を押し当てその鼓動を聞いた。
――生きてる。
トクン、トクン、と規則正しく、緩やかに命を刻む音がする。とても優しく響く心音に無性に泣きたくなった。滲む視界に目を閉ざすと大きな手が髪を撫でていく。幼子をあやす手つきで。この手は何時も変わらずに慈しもうとする。
「太宰、おやすみ」
穏やかな声、静かな心音、抱かれる腕から伝わる体温に、やっと太宰は強ばっていた心を寛げた。朝になれば今夜のことは夢のように曖昧になって忘れるだろう。
「おやすみ、国木田君」
ふたりで月光の淵を揺蕩たゆたいながら、眠りに落ちてゆく。

(了)
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