国太SS

俺が語り始めた彼は。

は? 俺の恋愛の話を聞きたい? 何故わざわざ云わねばならんのだ。お前には関係なかろう。……酒を奢るからって? ……まあ、それなら、良いだろう。だが、少しだけだぞ。む。この酒は美味いな。この酒、おかわりをくれ。……何処から話せば良いのか……付き合い出したのは、去年だな。六月十九日、土曜日。何で憶えているかって? 丁度彼奴の誕生日だったからな。手帳にも書いてある。……どんな奴か。どんな……、そうだな、外見は……その、麗しいと思う。綺麗だな。……喧しい、黙れ。か、顔が赤いのは、酒の所為だッ! 酒のッ! 五月蠅いと話してやらんぞ。――それで。まあ、彼奴は普段からへらへらしているな。俺と同じ職場なのだが、仕事はサボるわ、遅刻は日常茶飯事、おまけに面倒事を起こしては俺まで巻き込みおって。あの包帯無駄遣い装置め。ああ、何故か知らんが、全身に包帯を巻いているのだ。真夏でもな。暑苦しいったらない。本人も真夏はだらけているな。いや、それは何時もか。……包帯の下は別に……って、何を云わせるんだ、莫迦者。――で、彼奴は自殺が趣味とかで、全く頭がどうかしている。妙な本を愛読しているしな。完全自殺何とかって云う……怪しからん。毎度毎度、入水して川に流れている彼奴を回収する俺の身にもなってみろ。どんな思いでいるのか、彼奴は全く分かっとらんのだ。川から引き上げて彼奴が目を開けるまでの間、どんなに俺が……それなのに、彼奴は毎回「失敗した」などとへらへら笑いながら云うのだから堪ったものではない。ふん、成功させて堪るか。おっと、すまん。……まあ、万事につけてそんな具合の奴なんだが、本当は、違う。俺が思うに、彼奴がへらへらとしているのは擬態だな。周囲に馴染むと云うよりは――まあ、それもあるだろうが――欺く為だろう。何故そうしているのかは分からんが。普段、全くやる気がないが、一度大きな事件があれば打って変わって異様な程、頭がきれる。まるで未来が見えているみたいだ。一番善いように納めてしまう。あまり云いたくないが、正直、そんなふうな彼奴を見ていると自分が酷く不甲斐なく感じてしまうくらいだ。はっきり云って、俺は彼奴の事が良く分からない。……まあ、そうだな。分からないから、もっと暴きたくなる。貼り付けたような笑みを引き剥がしたくなる。ああ、でも。俺と二人でいる時は割合、素直かもしれんな。手を繋ぎたいとか抱き締めて欲しいとか、あれが食べたいとか、一緒に此処に行きたいだとか。彼奴が望むことは出来る限り叶えてやりたいし、今後もそうする心算だ。莫迦みたいかもしれんが、俺は彼奴が可愛くて仕方がない。全く、予想外だが。彼奴と恋仲になる事も、彼奴がこんなにも……その、愛しいと思う気持ちも。――今の、誰にも云うなよ。最初はそれこそ迷惑な奴だくらいにしか思っていなかったんだが、彼奴の世話……と云うか、尻拭いをしているうちに、何だが目が離せなくなって……気が付いたら、後戻り出来なくなっていた、と云うのが本当のところだ。彼奴に気持ちを打ち明ける心算は無かったんだが、どうにも抑えようがなくてな。彼奴の誕生日を祝う序に。……ああ、あの時の彼奴の顔は見物だったな。目を大きく見開いてぽかんとしていた。彼奴でもあんな間抜けな表情をするのかと可笑しかったな。どんな表情も好きだが、矢張り笑った顔が一番、好きだ。とても可愛いぞ。見せてやらんが。うん? 酔ってる? 俺が? いや、まだだいじょうぶだ。この酒は美味いな。それで、何処まで話したか……。ああ、彼奴は蟒蛇うわばみだ。酒に酔っているところなんざ見た事がない。彼奴の肝臓はどうなっているんだか。……俺が飯を食わせないと、彼奴は酒と蟹缶で済ましてしまうからな。好物なんだそうだ、蟹と酒が。今度美味い蟹を食わせてやりたいんだが、お前、何処か良い店を知らんか? あと美味い酒も。……ふむ。そうか。どうもありがとう。……それで、彼奴の嫌いなものは犬と……何だったか。はて。俺は予定を乱されるのが一番嫌いなのだ。なのに、俺の予定を滅茶苦茶にするのが、彼奴で。彼奴は本当、好き勝手するからな。まるで予測がつかん。これは、此処だけの話だが――良いか、絶対に誰にも云うなよ――彼奴に振り回される日常も、案外悪くないと、少しだけ、ほんの少しだけだが、そう思い始めている自分もいるのだ。――どうだ、驚いただろう? 俺もだ。こんな自分に心底驚いている。何? 恋愛とはそう云うものだって? ……成る程。そう云うものかもしれんな。俺は彼奴に出逢えて良かったと思うし、愛する事が出来て幸せに思う。……実は結婚も考えている。まだ先の話だが。……彼奴、遅いな。何をしているんだか。真逆また好みの美女を戯けた文句で口説いているのではあるまいな。彼奴は本当に可笑しな奴で、俺と云うものがありながら、女を口説くのだ。私と心中してください、と。見かけたら殴り飛ばしてるがな。……し、仕方なかろう。俺は、これでも彼奴が好きなんだ。嫉妬くらい、する。――む。やっと来たか。……遅かったな。待ちくたびれたぞ。――え? ああ、紹介しよう。此奴が俺の恋人だ。太宰治って云う。
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