sutura
「伽羅ちゃん、駄目じゃないか。怪我をしたならちゃんと手入れ部屋にいかないと。いつも言っているだろう? ほら、手入れ部屋に行こう」
傷が痛むなら僕が抱えていってあげるから――光忠が大倶利伽羅の腕を掴もうとするとぴしゃりと撥ねつけられた。金の双眸が長身を睨みつける。一瞬、光忠は怯んだ。
「伽羅ちゃん、」
「これくらい何ともない。ただの擦り傷だ。手入れするまでもない。俺のことは放っておいてくれ」
「そんなこと言われて放っておけるわけないだろう。包帯に血が滲んでる。酷くならないうちに、」
「必要ない。俺に構うな」
鬱陶しい――投げつけられた大倶利伽羅の言葉に光忠の中で何かが罅割れて砕ける音がした。行き場を失った黒手袋の手を引いて拳を握る。
「――判った。今までごめんね」
光忠は精一杯笑顔を作って穏やかに告げると踵を返して立ち去った。
独り取り残された大倶利伽羅は暫くの間、その場に立ち尽くしていた。戦で負傷した脇腹が今更のように酷く痛んだ。
◆◆◆
翌日。
「……ん……光忠……今何時……、」
醒めきらない目で視線を彷徨わせる。伽羅ちゃん朝だよもうそろそろ起きなよ――いつも聞こえてくるはずの声がない。
「みつただ……?」
のそりと布団の上に身を起こしながら
不意に脇腹に痛みが走った。着流しの前を開いて確認すると巻いた包帯に滲んだ血は乾いて黒ずんでいた。
光忠が怪我を労わって起こさずにいてくれたのかと都合良く解釈しそうになったが、昨晩のことを思い出して
そんなはずはないと打ち消した。
鬱陶しい――そう言った時に一瞬見せた光忠の色を失った表情。言ってはいけないことを言ってしまったのだと思ったが、もう遅い。
光忠は怒っている。それどころか自分のことを嫌いになったのかもしれない。「おはよう」を言うことすら厭うくらいに。そのうち部屋割りの変更を言い出されて、別れを切り出されるかもしれない。
「……何をやってるんだ、俺は」
大倶利伽羅は項垂れて大きく溜息を吐いた。
――光忠を傷つけるつもりなんてなかったのに。
「おーい、伽羅坊。起きてるかい?」
突然、閉じた襖の向こうから良く知った声がした。手早く身なりを整えて何だと応じると音もなく襖が開いておはようさん――眩しいまでの白い立ち姿を現れる。すっかり身支度を整えた鶴丸に「今から出陣か」短く朝の挨拶を返しつつ珍しいこともあるものだと大倶利伽羅が問うと「ちっとばかし遠征にな」そんな答えが返ってくる。今回は少し期間が長いらしい。一週間かそれ以上はかかるかもしれないと言う。
「用件は」
「用ってほどでもないが、出陣前に君の顔を拝んでおこうと思ってな」
「俺の顔を見たって仕方ないだろう」
起きたばかりで顔すらも洗っていないのだ。俺よりご利益がありそうな道場の神棚でも拝んだらどうだ――どこか呆れた様子の大倶利伽羅に鶴丸は朗らかに笑いかける。
「そんなことはないさ。伽羅坊だって出陣前は大事な仲間の顔は見てから行くだろう? 無事に戻って来られるようにってな」
――伽羅ちゃん、気を付けて行ってらっしゃい。ご武運を。
ふと過去の記憶を想起して脇腹の傷ではないところが鋭く傷んだ。
「……そうだな。鶴丸、気を付けて行ってこい」
「ああ。留守は頼んだぞ。――それから。伽羅坊、怪我をしたなら、ちゃんと手入れ部屋に行かなくちゃ駄目じゃないか。昨日、そのままにしただろう」
話の矛先が思わぬところに向かったので傷口が開いてどこかに血が着いているのかと慌てて自身の衣服に目を向けたが、それらしき痕跡は見当たらなかった。
「光忠から聞いたのか」
「いや。今剣から聞いた。君、彼を庇って怪我をしたそうじゃないか。随分伽羅坊のことを心配してたぞ」
大倶利伽羅の脇腹の傷は昨日の夕刻時の戦で負ったものだった。遡行軍を殲滅したと安堵したのも束の間、過去の時代に干渉しすぎたのか検非違使と会敵してしまったのである。検非違使は思った以上の強敵で倒すのに全員無傷では済まなかった。幸いにも重症の刀はいなかったものの、手入れ部屋全てが埋まる程度の中傷と軽傷の刀はいた。大倶利伽羅が庇ったとされる今剣も軽傷ではあったが、出迎えた岩融が随分と心配そうにしていた。そんな中で大倶利伽羅は軽傷の方であり、本人もそう判断をしたので手入れ部屋には行かなかったのだ。
「そんなに手入れ部屋に行くのが厭なもんかねぇ」
まるで歯医者を怖がる幼子みたいだなと鶴丸が妙なことを呟くので大倶利伽羅はつい否定の文句を零してしまう。
「……別に手入れ部屋に行くのが厭なわけではない」
「ほう。じゃあどうして?」
鶴丸は興味津々とばかりに大倶利伽羅の顔を覗き込む。自分より遥かに長く豊かな刃生を送っている彼のきらきらと輝く童のような瞳はどうにも苦手だ。あんまり綺麗すぎて隠したいもの全てを見透かされているような気持ちになる。平安刀も伊達ではない。
「――俺が怪我をして戻ってきたらあんた達騒ぐだろう」
大丈夫か、早く手入れ部屋に行け、他に怪我はないか――手入れ部屋を出てからもそれは続く。もう大丈夫か、他に痛むところはないか、怪我が治ったばかりなのだから無理はするな。そんなことばかり立て続けに周りから言われるのが正直、鬱陶しいのだ。同時に申し訳なくも思う。余計な心配をかけてしまったことに。
戦に出れば毎回無傷で戻れるとも限らない。そんなことは皆承知のはずだ。最悪、折れずに戻れればそれで良い。折れさえしなければ、どうにでもなる。だから過剰に心配することもなかろうに――と大倶利伽羅は思うのだが、周りにいる刀達は違うらしい。
「そりゃあ心配するなと言う方が無理な話さ」
黙って大倶利伽羅の言い分を聞いていた鶴丸はからからと笑った。
「君だって俺や光坊、貞坊が負傷して戻ってきたら心配するだろう。それこそ早く手入れ部屋へ行けと言うだろう」
「……言うな」
「俺達は刀だ。戦の道具だ。だが今は傷つけば痛みを感じ、血が流れる。どんな小さな傷でもな。軽傷だからいいとか我慢できるから大丈夫とか、そういう問題じゃあない。相手が痛みを感じていること自体が心配で悲しいんだよ。今の俺達には心があるからな。相手を心配するということは、労わること共に相手が感じている痛みを同じように感じ取ろうとすることでもある。もっと言えば相手を理解しようとすることだ。心配をかけて申し訳なく思う気持ちだって、心配してくれる相手の心の痛みを感じているからこそだろう。君の手入れ部屋に行きたくない――周りに心配をかけたくないという気持ちは判るが、心配すらさせて貰えないは流石に寂しいものがあるよ」
まるで俺達を信頼していないみたいで――鶴丸は僅かに眉を曇らせる。少しだけ寂しそうな顔色に普段飄々とした態度を崩さない彼でもこんな表情をするのかと大倶利伽羅は場違いな感想を持った。――それも、心があるからか。
「あんたが言っていることは拡大解釈というか、やや詭弁にも感じるが」
「まあまあ、そう言ってくれるな。聡い君のことだ、俺が言わなくたってとっくに判ってることだろう。俺は伽羅坊が怪我をして帰ってきたら心配するし、騒ぐぞ。早く手入れ部屋へ行けってな。それが厭なら怪我を隠すのではなく、大人しく手入れ部屋に行くことだな」
鶴丸は朗笑すると「おっと、そろそろ時間だな」遠くから鶴丸殿と呼ぶ声に急かされるようにして「そういうわけだから、俺が帰って来るまでに光坊と仲直りしとけよ」それだけ言い残して軽やかな足音と共に立ち去っていった。
大倶利伽羅は白い戦装束の背中を見送ってから深く息を吐いた。
「……仲直りか」
鶴丸が遠征前に顔を出した本当の理由は恐らく光忠との件を一言言うためだったのだろう。光忠が何か言ったのか――否、違う。きっと鶴丸には初めから全部判っていたのだ。昨晩の光忠とのやり取りをどこかで見聞きしていたのかもしれないし、同部屋である彼と揃って母屋に顔を出さなかったことで察したのかもしれない。あるいは今剣から聞いて事態を推察したのとも考えられる。鶴丸は普段から剽軽な振る舞いをしては皆の笑いを誘っているが、本来は機知に長けた聡い刀だ。一を見て十を知る、仲間のことなら尚のこと。
光忠いい、鶴丸といい、ここの本丸の皆。
「……本当に俺の周りにいる連中は優しくてお節介な刀ばかりだな」
ふと大倶利伽羅は眦を和らげた。
◆◆◆
鬱陶しい――はあと歌仙はこれみよがしに大きく溜息を吐きながら俎の上で人参を半分に切った。と、隣で玉葱を刻んでいた光忠が「やっぱり僕って鬱陶しいんだね……」力無く呟いて包丁を握る手を止めてしまう。
あのなあ燭台切――歌仙は苛立ったように眉間に皺を立てた。
「僕が言っているのは貴殿のその態度のことだ。いつもの溌剌とした元気はどうしたんだい? 今朝からずっとぼんやりしてるし、やる気があるんだかないんだか、憂鬱そうな
頭でも痛いのかい――容赦なく言いながらも気遣わしげな目を向ける。すると光忠は「ねえ歌仙くん、僕って鬱陶しいかな?」涙で潤んだ瞳で見返した。一瞬、彼が泣いているのかと思って狼狽えた歌仙であったが、何のことはない、涙目なのは玉葱のせいである。そのことを知って密かに胸を撫で下ろすと「燭台切の質問の意味が僕には判らないんだが」人参を乱切りにしていく。
今日の昼餉はカレーである。大所帯故、朝餉の片付けが終わったらすぐに昼餉の準備に取りかからなくては間に合わないので先刻から厨番の二振りはカレー作りに勤しんでいた。
「僕が良かれと思って相手に言ったりやったりしていることって実は余計なお世話なのかなって……」
言いながら昨晩の大倶利伽羅の言葉を思い出して気分が重くなる。これまで何度も俺に構うな、馴れ合うつもりはないと言われてきたが、鬱陶しいと言われたのは初めてで、その言葉は鋭い重さを以て光忠の柔らかい部分を容易く叩き壊した。
「誰かに直接言われたのかい?」
「うん、まあ……そうだね」
「その相手はどうせ大倶利伽羅だろう」
何でもないように言う歌仙に対して「えぇ、どうして判るのっ?」と光忠は目を見開いて大袈裟に驚いてみせる。
「判るも何も、燭台切が目に見えておかしくなる原因は大抵大倶利伽羅が絡んでる時だ。いつもはあれだけ格好良さがどうのと拘っているくせに、彼のことになるとまるで取り繕えなくなるのだからね。少しは学習し給えよ」
「歌仙くんは容赦がないなあ」
光忠が眉尻を下げて弱々しく笑うと僕は君ほど甘くはないのだと言いながらも「厨番の
「昨日の夜、ちょっと伽羅ちゃんと言い合いになってしまったというか……戦で怪我をして帰ってきたら手入れ部屋に行くように言ったんだけど、擦り傷だからって言うことを聞いてくれなくて。俺に構うなって」
「それで鬱陶しいって?」
「うん。僕は単純に彼が心配だっただけなんだけど、怒らせてしまったみたいでね。伽羅ちゃんのこともそうだけど、普段から僕は他の刀のことが気になる性分というか、ついお節介を焼いてしまうから、そういうこと自体が本当は余計なことだったのかなって思って……」
そうと意識しなくても甲斐甲斐しく相手の世話を焼き、困っている刀がいたら手助けをしてきた。そうすることが正しいと思ってきたし、目の前に困っている刀がいるなら放ってはおけない。自分のすることで相手が喜んでくれたら嬉しいし「ありがとう」と言われることも心地良かった。勿論、感謝されたくてしているわけではないし、自分がそうしたいからするだけで、必要以上に手出しすることも自戒してきたつもりだ。
だから大倶利伽羅に――恋刀に鬱陶しいと言われるとは予想だにもしていなかったのだ。己の性分を理解してくれていると思っていた相手に拒絶とも取れる言葉を投げつけられたのは酷く堪えた。人前で取り繕えなくなるくらいに落ち込んでしまったのだ。
「僕、もう色々自信がなくなっちゃったよ」
また拒絶の態度を取られるのが怖くて今朝から大倶利伽羅とは言葉を交わすどころか、顔すらろくに合わせていない。朝食の席に彼がいたのかどうかすら光忠は見ていなかった。今日の内番作業が一緒でなくて良かったと安堵しつつ、しかしその一方で寂さを感じているのも事実だった。
それにいつまでもこんなふうに彼を避け続けるわけにもいない。下手をしたら内番の仕事や戦にも支障が出るだろうし、何より本丸の雰囲気が悪くなる。あれだけ仲が良かった二振りに一体何があったのかと皆訝しみ、好奇の目を向けることは必至だろう。そんな事態は御免蒙る。
「大倶利伽羅に鬱陶しいって言われただけで今にも折れそうになっているなんて、軟弱だな君は」
青銅の燭台を切った刀が聞いて呆れる――歌仙は鼻白んだようにふんと鼻を鳴らすと四本目の人参の皮を剥き始める。
「だって伽羅ちゃんのこと大好きだから、嫌われたと思ったら折れそうにもなるよ。次また鬱陶しいなんて言われたら僕本当に折れちゃうかも。耐えられない」
「燭台切、ぼんやりしてないで玉葱をさっさと切ってくれ。昼餉の時間に遅れてしまう。――大体失恋ごときで刀が折れるものか。いや、折れてたまるか、の間違いかな」
「歌仙くんは恋刀がいないからそんなこと言えるだよ」
光忠は口角を下げながら玉葱を櫛切りにしていく。
「失敬だな、君は。確かに恋仲の相手こそいないが、僕は文系の刀だよ。恋物語や恋歌は数多嗜んできた。恋の切なさ苦しさ、幸福感はそれなりに知っているさ。それに燭台切と大倶利伽羅は別れ話をしたわけでもないんだろう?」
「そうだけど……でも伽羅ちゃんはもう僕に愛想を尽かしてるかも」
今夜辺り話があると深刻な顔で別れ話を切り出されるかもしれない――光忠が片頬を攣らせると自称文系の刀は苦い顔をして二度目の大きな溜息を吐いた。
「だから、それは貴殿の想像だろうに。言わば思い込みだ。ちゃんと話してみるでは判らないだろう。元々あの刀は言葉が足りないんだ。燭台切だって良く知っているだろう」
大倶利伽羅は光忠のようにお喋りではないし、日頃から馴れ合うつもりはないと言って憚らず、表情だって乏しい。物静かで寡黙、落ち着いていると言えば聞こえは良いが、付き合いが浅い刀である歌仙からすれば判りづらいの一言に尽きる。何を考えているのかも良く判らない。どうしてそんな刀をまるで正反対の気質、性格の光忠が好いているのかも理解に及ばない。まあそれはこれ、
「鬱陶しいと言ったことだってつい勢いで言ってしまっただけなのかもしれないし、戦の帰りだったんだから、単純に気が立っていたのかもしれない。もしくは虫の居所が悪かったか。考えられる可能性は幾らでもある。旧知の仲とはいえ、常々馴れ合わないと公言している彼が唯一恋刀として選んだのが貴殿だ。そのことにもっと自信を持ち給え」
歌仙は言いながら、どうして関係もない自分が光忠を励ましているのかと思って些か腹立だしいような気分になる。
「厨番の好誼で話を聞いたが、本来ならこういうのは伊達刀の役割だろう。君達は仲が良いからな」
兄弟刀より元の主が同じという繋がりの方が強いのか、光忠は良く鶴丸や太鼓鐘等と一緒にいる。大倶利伽羅とは言わずもがな。言いながらそう言えば鶴丸は今朝から少し長めの遠征に出てるんだったなと歌仙は思い出して本丸が少しだけ静かに――寂しくなるなと思う。
「鶴丸国永が戻る前には大倶利伽羅と仲直りし給えよ」
それ以降僕はもう知らないからなと歌仙は敢えて冷淡に告げて切り終えた人参をボウルに移した。
「うん。歌仙くん、どうもありがとう」
光忠は笑って眦に滲んだ涙を指先で拭った。
◆◆◆
やっぱり伽羅ちゃんいないなあ――光忠は母屋で昼餉のカレーライスを頬張る刀達に飲み物を振る舞いながら目で探す。先程自室を覗いてみたがそこにもいなかったし、畑や
「本当にどこに行っちゃったんだろう」
「そんなに心配すんなよ、伽羅も腹が減る頃には戻って来るって。みっちゃんのカレー大好きだからな!」
ニカッと白い歯を見せて笑って気落ちしている光忠を励ますように太鼓鐘は言ったものの、昼餉の用意ができても大倶利伽羅は姿を見せなかった。
光忠が落ち着かない気持ちで広間を出、廊下を歩いて厨に向かっていると玄関の方で物音がした。大倶利伽羅かもしれないとすぐさまそちらへ向かうと果たして彼が立っていた。
「伽羅ちゃん」
大倶利伽羅は少し驚いたふうに光忠を見遣ると丁度良かったと言いながら靴を脱いで式台に上がる。あんたと少し話がしたい――そっと黒手袋の手を掴んだ。振り解こうとすれば簡単にできる大倶利伽羅の手に無理強いはしないことを読み取って、光忠は「僕も君と話したいことがあるんだ」部屋に行こうと連れ立って母屋を後にした。
自室に入るなり、大倶利伽羅は「昨晩はすまなかった」と手をついて頭を下げたので光忠は面を食らってしまった。
「わ、辞めてよ、伽羅ちゃん! そんな謝り方……!」
頭あげてよ――慌ててとりなすと「俺は光忠に酷いことを言ってしまったから」大倶利伽羅は痛みを堪えるように眉根を寄せて俯き、膝の上で固く拳を握る。
「あんたのことを鬱陶しいだなんて本当は思ってない。いつも何くれとなく世話を焼いてくれるのも嬉しく思うし、心配してくれてるからこそ色々言うのも判ってる。ただ、俺はあんたに心配かけたくなかったから……」
今朝鶴丸と話した後で思い出したことがある。
顕現したばかりの頃、あまりにも光忠が自分に構って世話を焼こうとするので鶴丸に相談というか零したことがあったのだ。――赤子でもあるまいし、あいつは俺に構いすぎる、一体どういうことなんだ、と。その時、年嵩の刀はこう言ったのだ。
「ありゃあ光坊の気質や性格もあるし、伽羅坊のことが大好きだから世話を焼きたくもなるんだろうが、別に君を赤子扱いしてるわけじゃないと思うぜ。他の刀にもあんな感じだからな。これは俺の推測にすぎないが、光坊はああやって皆の役に立とうとすることで自分を取り戻そうとしてるんじゃないか。取り戻すというか、刀としてちゃんと役に立つ、戦えるっていうのを証明したいのかもな」
光坊の最期は知っているだろうと水を向けられて大倶利伽羅は彼の言わんとしていることを察した。
震災時の火災で焼け身となってしまった彼は刀としては既に役に立たず、その価値も失われてしまった。ただその名前だけが残っているだけだ。政宗公から与えられたその名に相応しい刀として、敬愛する元主と今の主のためにも皆の役に立つように立ち振る舞う――しかし裏を返せばそれは皆に必要とされたいという願望でもあるわけで、本人がどこまで意識しているかは知れないものの、そんなところに光忠のいじらしさを感じて大倶利伽羅は何だか絆されたような気分になったのだ。思えば初めて彼を意識したのも、この鶴丸との会話の後だった。
大倶利伽羅は真っ直ぐに正面に座る恋刀を見詰める。
「光忠、本当にすまなかった。今すぐ赦せないというのなら赦してくれるまで俺はいつまででも待つし、あんたの気の済むようにしてくれて構わない」
「じゃあ一つ確認させてくれ。――さっき外出してたようだけど、怪我は大丈夫なのかい?」
「ああ、今朝手入れ部屋に行った」
大倶利伽羅は頷きながらシャツの裾を捲って脇腹を見せた。痛々しい血に汚れた包帯はなく、健やかな素肌が覗いた。
「他はもう大丈夫だよね?」
つい心配になってしまい、判りきったことを訊ねてしまうと「あんたの前で全部脱げば良いのか」大倶利伽羅が真顔で答えたので光忠は顔を赤らめて狼狽えた。
「何だ、いつも見てるだろう」
「だからだよ!」
もう伽羅ちゃんってば
深刻だった空気がふと緩んで光忠――両の腕が伸びてきてぎゅうと広い背中を抱く。
「……今朝あんたにおはようが言えなくて寂しかった」
「うん、僕も。――僕の方こそごめんね。伽羅ちゃんも子供じゃないものね。僕はつい色々気になって君のこと構いすぎてしまうから……、」
「そんなことはない。あんたみたいな刀がいるからこの本丸での生活が上手くいっているし、助かってる奴もたくさんいる。俺もその中のひとりだ」
それにあんたに構われるのは嫌いじゃないと素直に真情を吐露すれば「それなら良かった」逞しい腕が抱き返してくる。
伽羅ちゃん――光忠は褐色の端正な顔を見詰めてにこりと微笑みかけると仲直りの証として頬に口付けた。すると大倶利伽羅は「そこじゃない」と一言不満を洩らして自ら恋刀の唇へ口付けた。唇は一度ほどけてもう一度結び合わされる。と、どちらともなく腹の虫が鳴った。緊張が解けて忘れてた空腹感を思い出したのだ。躰は正直というか、現金なものだ。
場違いな腹の音にお互い顔を見合わせて笑いながら「一緒にカレー食べようか」光忠が言うと大倶利伽羅は嬉しそうに頷いた。
(了)
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