みつくりSS

一瞬のゼロ距離

「お、貞坊やるな~」
「次は鶴さんの番だぜ!」
「ここを、こうして……」
 鶴丸は目の前の井桁状に積まれたチョコレートコーティングされた棒状のクッキー――所謂ポッキーを一本中段から慎重に抜き取ると一番上に乗せる。と、僅かに高く積まれたポッキーの塔が傾ぐ。鶴丸も太鼓鐘も一瞬息を吞んでポッキータワーを見詰めたが、崩れないのを認めるとそっと息を吐いた。
「うーん、惜しい! もうちょっとで俺の勝ちだったのに」
「さ、次は貞坊の番だ」
「これ崩さないでいけるかなあ?」
 太鼓鐘は大きな金色の瞳でまじまじとポッキータワーを眺める。そんな二振りのところへお茶が入ったよ――盆を手にした光忠とその後ろから大倶利伽羅が現れた。彼等はいつもの定位置に腰を下ろすと早速炬燵の中へ脚を入れる。程良く温まった炬燵に冷えた躰がほっと緩んだ。
「二振り共、それ何してるんだい?」
 光忠は温かな湯気が立ち上る湯呑を皆に配りながらやや歪な形に積まれたポッキータワーを不思議そうに見遣る。一方、大倶利伽羅は内心でまたくだらないことをしているなと冷ややかに呟く。
「良くぞ聞いてくれた。光坊、これはポッキーゲームだ」
「そうそう。今日は十一月十一日だろう? だからポッキーの日なんだって」
 鶴丸と太鼓鐘は得意げな笑みを浮かべて答えた。勿論、彼等にポッキーの日を教えたのは主である。「人間は面白いことを考えるなあ」話を聞いて鶴丸はいたく感心したものだ。語呂合わせや洒落という文化は歴史が古く、少なくとも江戸時代からは当たり前のようにあったらしい――主はそんなことを言いながらハロウィンの時に買い込んだ数箱分のポッキーを二振りに渡したのだった。
「せっかくだからポッキーゲームしようぜって鶴さんと遊んでたんだよ」
 な! 鶴さん!――ニッと太鼓鐘が笑いかけると「光坊と伽羅坊も一緒にやらないか?」鶴丸が言う。
「話は判ったけれど、食べ物で遊んだら駄目じゃないか。そもそも、このポッキーゲームって誰に聞いたんだい?」
「ん? ああ、ゲームは粟田口の連中がやってたんだよ。ちょっと覗いたが、大層な盛り上がりでなあ」
 少し前、粟田口の居室の前を鶴丸が通った時、短刀達が頭を寄せてゲームに興じていたのだ。彼等もまた主から今日はポッキーの日だと聞いて菓子を貰ったのだという。あんまり楽しそうだったから畑仕事を終えた太鼓鐘を捕まえてポッキーゲームをしようと持ち掛けたのだ。そして冒頭に戻る。
「成程ね」
 独り合点がいったように頷く光忠に「何が成程なんだよ、みっちゃん」太鼓鐘は怪訝そうな目を向ける。
「これ、食って良いか」
 言うが早いか、大倶利伽羅が横から手を伸ばして積み上げられたポッキーを一本摘まんで食べる。サクッとしたクッキーの触感と滑らかで甘いチョコレートが絶妙にマッチしていて美味しい。すると彼に倣うように太鼓鐘も一本手に取って食した。「ポッキー初めて食ったけど美味いなこれ」
「いや、鶴さん達がやってるポッキーゲーム、僕が知っているのと大分違うから」
「へえ? 光坊が知っているやつはどんなふうなんだ?」
「せっかくだから皆でやろうぜ!」
 ――しまった、余計なこと言っちゃった。
 内心で青ざめる光忠とは打って変わって太鼓鐘と鶴丸は乗り気だ。
「ええ、駄目だよ食べ物で遊んだら」
「ちょっとぐらい良いだろ、終わったらちゃんと全部食べるから」
 積まれたポッキーは三箱分ある。それから未開封のが一箱。座卓の脇に転がっている。
「ポッキーの日なんだからポッキーゲームを楽しまなくちゃ損だぞ、光坊」
 そうだそうだと囃し立てる太鼓鐘の勢いに押されたかのように光忠は隣に座ってお茶を飲んでいる大倶利伽羅を振り返った。
「なぜ俺を見る」
「あ~いや、僕が知ってるポッキーゲームは二人組にならないとできないから……あ、でも伽羅ちゃん別に興味ないよね、ね!?」
「勝負事なら負けないぞ」
 くだらないと思って三振りのやり取りを眺めていた大倶利伽羅だったが、柄になくどこか焦っている様子の光忠を見て気が変わった。それに戦闘狂の大倶利伽羅である。勝負事となればおめおめと引けない。男が廃る。
「おっ、良いぞ伽羅~!」
「光坊と伽羅坊の一騎打ちか。良いねえ。良い勝負が見られそうだ」
「ちょっと待って伽羅ちゃん、ポッキーゲームが何か知ってるの!?」
「知らん。だが、そんなに難しいものでもないだろう」
 なんせポッキーだし。真逆、ポッキーを刀のように振り回すわけではあるまい。
 大倶利伽羅が素っ気なく答えると光忠はがっくりと項垂れてこれ見よがしに大きく溜息を吐いた。それから顔を上げて真正面から大倶利伽羅の肩を掴むと「もう! どうなっても知らないからね!」珍しく大声を上げて喚いた。「貞ちゃんと鶴さんも!」キッと隻眼が二振りを見据える。おお気迫充分だな光坊~などと鶴丸はどこまでも呑気だ。
 光忠は座卓の上に層をなすポッキーを一本手に取るとチョコレートがかかっている方の端を大倶利伽羅に差し出した。と、きょとんと大倶利伽羅の双眸が見開かれる。はい咥えて、と促されて大倶利伽羅は言われるままに端を口に含む。
「ルールは簡単。先にポッキーを折った方が負けだ」
 よーい、スタート――光忠も手持ち部分の端を咥えて小さく齧った。
「!?」
 か、顔が近い!――迫りくる端正な顔に一気に大倶利伽羅の頭がのぼせる。耳も顔も燃えるように熱い。逃げようにもがっちりと光忠に両肩を掴まれているため、どうにも出来ない。更に瞳が迫ってくる。綺麗な金色の瞳。金をかしてこごめたような。心臓がおかしな音を立てて胸が苦しくなる。
「良いぞ~! 光坊~! 行け~!」
「伽羅も頑張れ~!」
 二振りの声援が耳に入って大倶利伽羅ははっと我に返った。――いや、この状況おかしいだろ。
 光忠が変に焦っていたのも今なら理解できる。このゲームは恐らく恋仲の相手と楽しむものなのだろう。粟田口の短刀等が正規の遊び方をしていなかったのも頷ける。じゃあ今俺とこうして勝負をしている光忠は――。何か吹っ切れた気持ちになった大倶利伽羅は光忠の内番着の胸元を掴んでぐっと引き寄せると勢い良くポッキーを齧って掠めるように相手の唇に触れた。接吻ともいえないような一瞬の口付けをしてぱっと光忠から離れると彼は大きく隻眼を見開いて硬直していた。
「茶のおかわりを淹れてくる」
 大倶利伽羅は空になった湯呑を手にして座を立って部屋を出ていく。
「今のって伽羅の負けだよな?」
「おーい、光坊、大丈夫か?」
 時が止まったように固まっている光忠の前で鶴丸は手をひらひらと振る。すると光忠の白いかんばせの血色が一気に濃くなった。湯気が出そうなくらいに。
「……参りました……」
 光忠は力なく呟いて真っ赤になった顔を隠すように座卓に突っ伏した。
 そんな彼を見て「やっぱり君等は熱愛だなあ」「みっちゃん、頑張れ! 早く告白してくっつけよな!」鶴丸と太鼓鐘は朗らかに笑った。

(了) 
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