みつくりSS
What prank is this?
大倶利伽羅が湯殿から居室に戻ると光忠が座卓の上に大量の菓子を広げて何やら作業をしていた。濡れた頭をタオルで拭きながら何をしているんだと声をかけるとおかえり――隻眼が大倶利伽羅を捉えて微笑する。
「伽羅ちゃん、ちゃんと髪の毛を乾かさないと風邪ひいちゃうよ」
「風呂から上がったばかりで暑いんだ」
少し涼ませてくれと言いながら光忠の傍らに腰を下ろし、黒手袋の手元を覗き込む。光忠は小さなラッピング袋に個包装された一口サイズのチョコレート、マシュマロ、カラフルな包みのキャンディー、キャラメルを入れていく。袋の口を閉じるのはデフォルメされたオレンジ色の南瓜――ジャック・オー・ランタンのシール。いずれも先日万屋で買い求めたものだ。
「これはね、ハロウィンのお菓子だよ」
「はろうぃん?」
まるで聞き慣れない単語に大倶利伽羅は首を傾げる。毎日顔を合わせているからうっかり失念してしまうが、彼の反応を目の当たりにしてそういえば去年の今頃はまだ顕現していなかったことを光忠は思い出す。
「十月三十一日がハロウィンなんだけどね、簡単に説明すると西洋のお盆みたいな行事だよ」
元々は古代民族の祭である。十月三十一日が一年の終わりとされ、日本の大晦日にあたる。この夜には先祖の霊が戻ってくると信じられており、またその時に悪霊も一緒にやってくると考えられていたため、悪霊を追い払うための儀式として火を焚いたり、恐ろしい姿の仮装をするのだ。
そんな光忠の説明を受けて、確か今朝短刀達が仮装がどうとか、一期一振と歌仙が型紙がどうのとか昼間縁側で言っていた。後者は仮装に使う衣装の相談でもしていたのだろう。どうやら季節の行事は全力で楽しむのが主の――この本丸のモットーらしい。
「それとこの菓子がどう関係するんだ?」
大倶利伽羅は不思議そうに目の前にあるマシュマロの包みを見詰める。チョコ入りと書かれたそれは真っ白で少し指先で触ってみると柔らかい。――何だか似てる。何が、とは言わないけれど。
「トリックオアトリート」
「は?」
「――って言われたら、このお菓子をあげるんだ。お菓子をくれないと悪戯するぞって意味だからね」
今では仮装した子供達が「トリックオアトリート」と言いながら家々を訪ねるのが通例となっているが、本来菓子は悪霊への供物の意味を持つ。また別の風習では貧しい人々が死者のために祈る代わりに家々を訪れて「ソウルケーキ」と呼ばれる食べ物を貰っていたとされている。それらが転じて子供たちに配る菓子になったのだ。
「また妙な風習もあったものだな」
大倶利伽羅は呟きながら眉根を寄せて釈然としない表情を浮かべる。と、光忠は「日本のお盆だってお供え物するし、そんなに奇妙でもないと僕は思うけれどね」楽しくて良いじゃないかと宥めるように小さく笑う。
「あんたは仮装しないのか」
「主くんにも言われたけど、流石に遠慮しておいたよ。鶴さんや貞ちゃんは何か用意しているみたいだけれど」
「ああ、あいつらはな」
鶴丸はあっと驚く仮装を、太鼓鐘はド派手な仮装をするのだろう――具体的にどんな仮装かは思いつかないが。
「菓子を渡せば悪戯を回避できるのは判ったが、そもそも悪戯って何されるんだ?」
思わぬ問いかけに光忠の手が止まる。考えたことなかった。悪戯ねえ――光忠は少し頭を傾けて腕組をする。
「うーん、全身擽られるとか……?」
「それは地味に厭だな」
力では負けないが、機動力は短刀達に軍配があがる。彼らから逃げるには骨が折れそうだ。尤も、大倶利伽羅としてはハロウィンとやらに参加するつもりはないのだが。
「だろう? だからはい、これ」
光忠は大倶利伽羅の掌の上にラッピングした菓子の包みを数個乗せる。
「伽羅ちゃんが悪戯されるのは僕としても看過できないしね。だからあげる」
大倶利伽羅は光忠の言葉の裏に潜むある種の慾を読み取って薄く笑いながら「恩に着る」と礼を告げると早速包みを開けてマシュマロを口の中に放り込んだ。続いて飴を歯で噛み砕く。と、光忠はぎょっとして目を丸くした。
「ちょっとちょっと伽羅ちゃん、どうして今食べちゃうの。もしかしてお腹減ってるのかい?」
「トリックオアトリート」
「え?」
「あんたにやる分の菓子はなくなったぞ」
さあどうする――挑むような眼差しを受けて隻眼を瞬かせるとふっと笑み崩れた。もう、伽羅ちゃんってば。
黒手袋の手が褐色の手首を掴み、恋刀を引き寄せると耳元に唇を近付けてうっとりと囁いた。
「それで、君はどんな悪戯を僕にされたいのかな?」
形の佳い耳がさっと染まるのを光忠は見逃さなかった。
(了)
大倶利伽羅が湯殿から居室に戻ると光忠が座卓の上に大量の菓子を広げて何やら作業をしていた。濡れた頭をタオルで拭きながら何をしているんだと声をかけるとおかえり――隻眼が大倶利伽羅を捉えて微笑する。
「伽羅ちゃん、ちゃんと髪の毛を乾かさないと風邪ひいちゃうよ」
「風呂から上がったばかりで暑いんだ」
少し涼ませてくれと言いながら光忠の傍らに腰を下ろし、黒手袋の手元を覗き込む。光忠は小さなラッピング袋に個包装された一口サイズのチョコレート、マシュマロ、カラフルな包みのキャンディー、キャラメルを入れていく。袋の口を閉じるのはデフォルメされたオレンジ色の南瓜――ジャック・オー・ランタンのシール。いずれも先日万屋で買い求めたものだ。
「これはね、ハロウィンのお菓子だよ」
「はろうぃん?」
まるで聞き慣れない単語に大倶利伽羅は首を傾げる。毎日顔を合わせているからうっかり失念してしまうが、彼の反応を目の当たりにしてそういえば去年の今頃はまだ顕現していなかったことを光忠は思い出す。
「十月三十一日がハロウィンなんだけどね、簡単に説明すると西洋のお盆みたいな行事だよ」
元々は古代民族の祭である。十月三十一日が一年の終わりとされ、日本の大晦日にあたる。この夜には先祖の霊が戻ってくると信じられており、またその時に悪霊も一緒にやってくると考えられていたため、悪霊を追い払うための儀式として火を焚いたり、恐ろしい姿の仮装をするのだ。
そんな光忠の説明を受けて、確か今朝短刀達が仮装がどうとか、一期一振と歌仙が型紙がどうのとか昼間縁側で言っていた。後者は仮装に使う衣装の相談でもしていたのだろう。どうやら季節の行事は全力で楽しむのが主の――この本丸のモットーらしい。
「それとこの菓子がどう関係するんだ?」
大倶利伽羅は不思議そうに目の前にあるマシュマロの包みを見詰める。チョコ入りと書かれたそれは真っ白で少し指先で触ってみると柔らかい。――何だか似てる。何が、とは言わないけれど。
「トリックオアトリート」
「は?」
「――って言われたら、このお菓子をあげるんだ。お菓子をくれないと悪戯するぞって意味だからね」
今では仮装した子供達が「トリックオアトリート」と言いながら家々を訪ねるのが通例となっているが、本来菓子は悪霊への供物の意味を持つ。また別の風習では貧しい人々が死者のために祈る代わりに家々を訪れて「ソウルケーキ」と呼ばれる食べ物を貰っていたとされている。それらが転じて子供たちに配る菓子になったのだ。
「また妙な風習もあったものだな」
大倶利伽羅は呟きながら眉根を寄せて釈然としない表情を浮かべる。と、光忠は「日本のお盆だってお供え物するし、そんなに奇妙でもないと僕は思うけれどね」楽しくて良いじゃないかと宥めるように小さく笑う。
「あんたは仮装しないのか」
「主くんにも言われたけど、流石に遠慮しておいたよ。鶴さんや貞ちゃんは何か用意しているみたいだけれど」
「ああ、あいつらはな」
鶴丸はあっと驚く仮装を、太鼓鐘はド派手な仮装をするのだろう――具体的にどんな仮装かは思いつかないが。
「菓子を渡せば悪戯を回避できるのは判ったが、そもそも悪戯って何されるんだ?」
思わぬ問いかけに光忠の手が止まる。考えたことなかった。悪戯ねえ――光忠は少し頭を傾けて腕組をする。
「うーん、全身擽られるとか……?」
「それは地味に厭だな」
力では負けないが、機動力は短刀達に軍配があがる。彼らから逃げるには骨が折れそうだ。尤も、大倶利伽羅としてはハロウィンとやらに参加するつもりはないのだが。
「だろう? だからはい、これ」
光忠は大倶利伽羅の掌の上にラッピングした菓子の包みを数個乗せる。
「伽羅ちゃんが悪戯されるのは僕としても看過できないしね。だからあげる」
大倶利伽羅は光忠の言葉の裏に潜むある種の慾を読み取って薄く笑いながら「恩に着る」と礼を告げると早速包みを開けてマシュマロを口の中に放り込んだ。続いて飴を歯で噛み砕く。と、光忠はぎょっとして目を丸くした。
「ちょっとちょっと伽羅ちゃん、どうして今食べちゃうの。もしかしてお腹減ってるのかい?」
「トリックオアトリート」
「え?」
「あんたにやる分の菓子はなくなったぞ」
さあどうする――挑むような眼差しを受けて隻眼を瞬かせるとふっと笑み崩れた。もう、伽羅ちゃんってば。
黒手袋の手が褐色の手首を掴み、恋刀を引き寄せると耳元に唇を近付けてうっとりと囁いた。
「それで、君はどんな悪戯を僕にされたいのかな?」
形の佳い耳がさっと染まるのを光忠は見逃さなかった。
(了)