みつくりSS
秋は夏の燃え殻
伽羅ちゃんお待たせ――そう言いながらバケツを持った光忠が現れた。待ち合わせ場所の裏庭で所在なく立ち尽くしていた大倶利伽羅は胸の前で組んでいた腕を解いて「遅い」一言文句を口にした。
「遅れてごめんね。洗い物を片付けるのに時間かかっちゃった」
光忠は眉尻を下げて申し訳なさそうな表情 をする。普段時間には正確な彼が約束の時間に遅れてくるなど珍しい。彼曰く、魚を焼いた網の焦げ付きを綺麗にするのに格闘していたのだとか。何とも光忠らしい弁明に大倶利伽羅は眉間に立てた皺を寛げて静かに溜息を吐いた。
「怒ってる?」
「別に。怒ってたらあんたを待たずに部屋に戻ってた」
十分以上待ちぼうけを食らってもその場に留まり続けたのは大倶利伽羅も今夜の逢瀬――やや大げさな表現だが彼はそう認識していた――を楽しみにしていたからに他ならない。
「――それで。持ってきたのか」
「うん。皆に見つからないように持ってきたよ」
光忠は手に提げたバケツの中身を大倶利伽羅に見せる。中には燐寸 、蝋燭、線香花火が一束入っていた。線香花火は七夕の時に皆でやった花火の残りである。他の手持ち花火に比べて人気がなかったのか、これだけ手つかずで残っていたのだ。捨てるのも惜しいが、しかし皆に配るほど数もない。だから見つけた光忠が今年最後の花火をしようと大倶利伽羅を誘ったのである。彼も光忠も七夕の時は一緒に西瓜を食べただけで花火を楽しむ皆の輪に加わらずにいたから、これが今年最初で最後の花火だった。
大倶利伽羅は水を汲んでくると黒手袋からバケツを受け取り、畑の方に回って外にある水道を使った。と、何か面白いことが起こっているのか母屋の方からどっと沸き立つ笑い声が聞こえてくる。大方、次郎太刀や日本号らが酒盛りをしているのだろう。以前、彼らに捕まって飲まされたことがあるが、あの時はやばかった――自分じゃなくて、光忠が。
光忠は終始上機嫌で、にこにこ笑いながら隣に座っていた大倶利伽羅に人目を憚らず抱き着いたり「伽羅ちゃん本当に可愛いねえ」「大好きだよ」「愛してる」などととんでもないことを口走ったものだから、大変なことになったのだ。次郎太刀と日本号からは根掘り葉掘りあれこれ聞かれるし、それに素直に答える光忠を黙らせるのは随分と骨が折れた。思い出したくもない醜態である。それ以来、酒の席は避けるようにしている。光忠も己の失態をそれとなく憶えているらしく、飲んでも嗜む程度に留めているようだった。
裏庭に戻ると光忠が蝋燭に火をつけているところだった。小さな灯にぼんやりと周囲が明るくなる。風がないのが幸いだった。
はい伽羅ちゃん、と黒手袋が線香花火を一本取って差し出す。大倶利伽羅は花火を受け取ると光忠の向かいにしゃがみこんで先端を火に翳した。シュッという音と共に火薬に火がつき、ぱちぱちと弾けた。光忠も彼に倣って花火に火をつけて繊細に散り咲く火花に見入った。
「綺麗だな」
「そうだね。線香花火って派手さはないけれど、趣きがあって良いよね」
「――蕾、牡丹、松葉、柳、散り菊」
大倶利伽羅の呟きに「なあに、それ?」光忠は首を傾げる。
「線香花火の燃え方だ。最初は蕾でその次が牡丹。激しく燃えているのは松葉で勢いが衰えると柳。消える直前が散り菊だ。読んだ本からの受け売りだがな」
「へえ、そんなふうに見立ててるなんて風流だね」
「人間は線香花火の燃え方を人生にもなぞらえているそうだ」
「それも面白いね。僕達はどの辺りかな。松葉かな」
「柳か散り菊あたりじゃないのか」
「ええ、そうかなあ」
光忠が不服そうな声をあげると火球がぽとりと地面に落ちて潰える。続いて大倶利伽羅の火球も小さくなって地面へ落ちた。しんと静まった夜陰に鈴虫の集 く声が響く。頬を撫でる夜気はひんやりとして心地よい。
「ねえ、次はどっちが長く保っていられるか競争しようよ」
そう言って光忠は二本目の線香花火を大倶利伽羅に手渡す。恋刀は望むところだと受けて、彼らは同時に花火に火をつける。火球が落ちないようにと二振りは息を潜めて火色の花を見詰めた。夜に散る火明かりは瞳に映じて眼が輝く。まるで眼が燃えているみたいだと光忠は相手の双眸を一瞥して思う。夜目が利く双眸は今夜はどれだけ明るく見えているのだろう。どんなふうに夜が見えているのか。どんなに濃い暗闇も彼を冒すことはできまい。それが少し羨ましい。視界が半分、闇に塗り潰されている身としては。
「――火」
「え?」
大倶利伽羅が不意に洩らした独白に光忠は目線をあげる。竜王は燃える火球を見たまま言葉を継ぐ。
「怖くないのか」
その一言で彼が言わんとしていることを察した。光忠はふと目元を和らげて小さく頷いた。
「うん。掌で包めるくらいの火は怖くないよ。料理をする時だって火を使うしね。僕は平気だよ」
大倶利伽羅は知っている。時折、光忠が焼失時の夢を見て魘 されているのを。難儀なものだと思う。燭台切光忠という刀の歴史は彼が燭台切光忠である限り捨て去ることはできない。焼失という瑕疵 を含めて彼であるから。でもだからこそ燭台切光忠という刀は美しいのだろうと思う。傷があることで完成されるように。不完全な美しさというものがあるのだとしたら、それは光忠なのだ。
激しく散っていた火花が勢いをなくしていく。松葉から柳へ。そして更に火の勢いは衰えていく。
「もしかして心配してくれたの?」
「少し気になっただけだ」
素っ気なく答えると「今は逃げ出せる足があるからね」だから大丈夫だと光忠は笑みを深めた。
「伽羅ちゃんは優しいね」
「あ」
ぽとりと大倶利伽羅の線香花火の火球が落ちた。音もなく火が消える。
「この勝負僕の勝ちだね」
「今の、わざとだろう」
むうと口角を下げて正面にある顔を睨むと「それは言いがかりだよ!」喚いた反動で光忠の火球も地面に落下してしまった。
次で最後だ――大倶利伽羅は燃え残りをバケツの中に入れると二本ある線香花火の一本を光忠に手渡す。
「じゃあ伽羅ちゃんが次勝ったらなんでもお願いことをきくよ。僕が勝ったら伽羅ちゃんが僕の言うことをきく――どうだい?」
「ああ、判った」
二振り同時に火をつける。シュッという音と共に花火が燃え、繊細な火花が咲き始める。彼らは唇を引き結んだままじっと燃える徒花を瞳に映した。
「――何かに似てるなって思ったけど、あれだ、線香花火は彼岸花に似てる」
「そう言われれば、そうかもな」
今の時期、畦道に咲いているのを良く見かける。真っ赤で繊細な花弁は確かに線香花火に似てなくもない。赤い花は嫌いじゃない。光忠が「君に良く似合う」と言ってくれるから。
「秋だな」
「そうだね。たまに焦げ臭いような匂いがするのは夏が燃え崩れたせいかもね――あ、」
光忠が持っていた花火からふっと火球が落ちた。
「俺の勝ちだな」
薄く笑うと恋刀は口惜しそうな吐息を洩らした。
程なくして大倶利伽羅の線香花火も燃え尽きて震えていた火球が音もなく潰えた。
「あーあ、負けちゃった。それで? 伽羅ちゃんのお願いは何かな?」
「次の非番の時、甘味処に付き合え」
「それって逢瀬 のお誘いかい?」
光忠は瞳を輝かせて嬉しそうに訊ねる。大倶利伽羅としてはあんみつでも奢って貰うつもりで言ったのだが、喜んでいる恋刀の姿を目の当たりにしては本当のことを言い出せず、結局「好きに受け取れ」とだけ答えた。
「やった。次の非番を楽しみにしているよ」
休みが重なるのは来週だったはずだと光忠は頭の中で予定を確認する。
「僕これ片付けてくるから、伽羅ちゃんは先に戻ってて良いよ」
蠟燭の火を消すと辺りは闇に包まれる。光忠は内番着のポケットに燐寸箱をしまうとバケツを手に持った。と、横から褐色の手が伸びてくる。
「あんた夜目が利かないだろう。俺がやる」
本当に伽羅ちゃんは優しいね――光忠は微笑して「ありがとう。じゃあ一緒に片付けよう」大倶利伽羅を伴って歩き出す。
大倶利伽羅は黒手袋の手を掴むと先を歩んだ。月がないせいで暗い。ふと天を仰ぐと銀色に煌めく星々が良く見えた。秋の星座はペガサス座が最も見つけやすいらしいが、一体どれがそれなのか見当もつかない。連綿と続く時の流れが金砂銀砂となって犇 めいている――この星空を元主である彼も眺めたのだろうと思うと不思議な気持ちになった。
光忠は見慣れた背中を見詰めながら口を開く。
「また来年も一緒に花火をしようね」
「ああ、来年あんたに何をお願いするか今からじっくり考えておく」
「もう、伽羅ちゃんってば。来年は僕が勝つからね!」
高らかに宣言すると「楽しみにしている」大倶利伽羅は珍しく声を立てて笑った。
(了)
伽羅ちゃんお待たせ――そう言いながらバケツを持った光忠が現れた。待ち合わせ場所の裏庭で所在なく立ち尽くしていた大倶利伽羅は胸の前で組んでいた腕を解いて「遅い」一言文句を口にした。
「遅れてごめんね。洗い物を片付けるのに時間かかっちゃった」
光忠は眉尻を下げて申し訳なさそうな
「怒ってる?」
「別に。怒ってたらあんたを待たずに部屋に戻ってた」
十分以上待ちぼうけを食らってもその場に留まり続けたのは大倶利伽羅も今夜の逢瀬――やや大げさな表現だが彼はそう認識していた――を楽しみにしていたからに他ならない。
「――それで。持ってきたのか」
「うん。皆に見つからないように持ってきたよ」
光忠は手に提げたバケツの中身を大倶利伽羅に見せる。中には
大倶利伽羅は水を汲んでくると黒手袋からバケツを受け取り、畑の方に回って外にある水道を使った。と、何か面白いことが起こっているのか母屋の方からどっと沸き立つ笑い声が聞こえてくる。大方、次郎太刀や日本号らが酒盛りをしているのだろう。以前、彼らに捕まって飲まされたことがあるが、あの時はやばかった――自分じゃなくて、光忠が。
光忠は終始上機嫌で、にこにこ笑いながら隣に座っていた大倶利伽羅に人目を憚らず抱き着いたり「伽羅ちゃん本当に可愛いねえ」「大好きだよ」「愛してる」などととんでもないことを口走ったものだから、大変なことになったのだ。次郎太刀と日本号からは根掘り葉掘りあれこれ聞かれるし、それに素直に答える光忠を黙らせるのは随分と骨が折れた。思い出したくもない醜態である。それ以来、酒の席は避けるようにしている。光忠も己の失態をそれとなく憶えているらしく、飲んでも嗜む程度に留めているようだった。
裏庭に戻ると光忠が蝋燭に火をつけているところだった。小さな灯にぼんやりと周囲が明るくなる。風がないのが幸いだった。
はい伽羅ちゃん、と黒手袋が線香花火を一本取って差し出す。大倶利伽羅は花火を受け取ると光忠の向かいにしゃがみこんで先端を火に翳した。シュッという音と共に火薬に火がつき、ぱちぱちと弾けた。光忠も彼に倣って花火に火をつけて繊細に散り咲く火花に見入った。
「綺麗だな」
「そうだね。線香花火って派手さはないけれど、趣きがあって良いよね」
「――蕾、牡丹、松葉、柳、散り菊」
大倶利伽羅の呟きに「なあに、それ?」光忠は首を傾げる。
「線香花火の燃え方だ。最初は蕾でその次が牡丹。激しく燃えているのは松葉で勢いが衰えると柳。消える直前が散り菊だ。読んだ本からの受け売りだがな」
「へえ、そんなふうに見立ててるなんて風流だね」
「人間は線香花火の燃え方を人生にもなぞらえているそうだ」
「それも面白いね。僕達はどの辺りかな。松葉かな」
「柳か散り菊あたりじゃないのか」
「ええ、そうかなあ」
光忠が不服そうな声をあげると火球がぽとりと地面に落ちて潰える。続いて大倶利伽羅の火球も小さくなって地面へ落ちた。しんと静まった夜陰に鈴虫の
「ねえ、次はどっちが長く保っていられるか競争しようよ」
そう言って光忠は二本目の線香花火を大倶利伽羅に手渡す。恋刀は望むところだと受けて、彼らは同時に花火に火をつける。火球が落ちないようにと二振りは息を潜めて火色の花を見詰めた。夜に散る火明かりは瞳に映じて眼が輝く。まるで眼が燃えているみたいだと光忠は相手の双眸を一瞥して思う。夜目が利く双眸は今夜はどれだけ明るく見えているのだろう。どんなふうに夜が見えているのか。どんなに濃い暗闇も彼を冒すことはできまい。それが少し羨ましい。視界が半分、闇に塗り潰されている身としては。
「――火」
「え?」
大倶利伽羅が不意に洩らした独白に光忠は目線をあげる。竜王は燃える火球を見たまま言葉を継ぐ。
「怖くないのか」
その一言で彼が言わんとしていることを察した。光忠はふと目元を和らげて小さく頷いた。
「うん。掌で包めるくらいの火は怖くないよ。料理をする時だって火を使うしね。僕は平気だよ」
大倶利伽羅は知っている。時折、光忠が焼失時の夢を見て
激しく散っていた火花が勢いをなくしていく。松葉から柳へ。そして更に火の勢いは衰えていく。
「もしかして心配してくれたの?」
「少し気になっただけだ」
素っ気なく答えると「今は逃げ出せる足があるからね」だから大丈夫だと光忠は笑みを深めた。
「伽羅ちゃんは優しいね」
「あ」
ぽとりと大倶利伽羅の線香花火の火球が落ちた。音もなく火が消える。
「この勝負僕の勝ちだね」
「今の、わざとだろう」
むうと口角を下げて正面にある顔を睨むと「それは言いがかりだよ!」喚いた反動で光忠の火球も地面に落下してしまった。
次で最後だ――大倶利伽羅は燃え残りをバケツの中に入れると二本ある線香花火の一本を光忠に手渡す。
「じゃあ伽羅ちゃんが次勝ったらなんでもお願いことをきくよ。僕が勝ったら伽羅ちゃんが僕の言うことをきく――どうだい?」
「ああ、判った」
二振り同時に火をつける。シュッという音と共に花火が燃え、繊細な火花が咲き始める。彼らは唇を引き結んだままじっと燃える徒花を瞳に映した。
「――何かに似てるなって思ったけど、あれだ、線香花火は彼岸花に似てる」
「そう言われれば、そうかもな」
今の時期、畦道に咲いているのを良く見かける。真っ赤で繊細な花弁は確かに線香花火に似てなくもない。赤い花は嫌いじゃない。光忠が「君に良く似合う」と言ってくれるから。
「秋だな」
「そうだね。たまに焦げ臭いような匂いがするのは夏が燃え崩れたせいかもね――あ、」
光忠が持っていた花火からふっと火球が落ちた。
「俺の勝ちだな」
薄く笑うと恋刀は口惜しそうな吐息を洩らした。
程なくして大倶利伽羅の線香花火も燃え尽きて震えていた火球が音もなく潰えた。
「あーあ、負けちゃった。それで? 伽羅ちゃんのお願いは何かな?」
「次の非番の時、甘味処に付き合え」
「それって
光忠は瞳を輝かせて嬉しそうに訊ねる。大倶利伽羅としてはあんみつでも奢って貰うつもりで言ったのだが、喜んでいる恋刀の姿を目の当たりにしては本当のことを言い出せず、結局「好きに受け取れ」とだけ答えた。
「やった。次の非番を楽しみにしているよ」
休みが重なるのは来週だったはずだと光忠は頭の中で予定を確認する。
「僕これ片付けてくるから、伽羅ちゃんは先に戻ってて良いよ」
蠟燭の火を消すと辺りは闇に包まれる。光忠は内番着のポケットに燐寸箱をしまうとバケツを手に持った。と、横から褐色の手が伸びてくる。
「あんた夜目が利かないだろう。俺がやる」
本当に伽羅ちゃんは優しいね――光忠は微笑して「ありがとう。じゃあ一緒に片付けよう」大倶利伽羅を伴って歩き出す。
大倶利伽羅は黒手袋の手を掴むと先を歩んだ。月がないせいで暗い。ふと天を仰ぐと銀色に煌めく星々が良く見えた。秋の星座はペガサス座が最も見つけやすいらしいが、一体どれがそれなのか見当もつかない。連綿と続く時の流れが金砂銀砂となって
光忠は見慣れた背中を見詰めながら口を開く。
「また来年も一緒に花火をしようね」
「ああ、来年あんたに何をお願いするか今からじっくり考えておく」
「もう、伽羅ちゃんってば。来年は僕が勝つからね!」
高らかに宣言すると「楽しみにしている」大倶利伽羅は珍しく声を立てて笑った。
(了)