みつくりSS
短夜に徒花
生暖かいものがぬるりと項を這う感覚に大倶利伽羅の肌が粟立つ。一瞬、息を詰めた後、悦に染まった吐息が無垢な色の唇から零れ落ちる。肌を刺す微細な痛みに痕を付けられたのだと知った。そして再び舌が辿る。
「……あんた、本当にそこ好きだな、」
ちらと背に伸し掛る恋刀を一瞥すると君は気が付いていないと思うけど――笑みを含んだ声音が耳許で囁く。
「項 に小さな黒子 があるんだよ。だからつい気になっちゃって」
そう言われて思わず大倶利伽羅は己の項を掌で撫でた。そんなことをしても本当に黒子があるかどうか確かめられない。
「鏡で見てみるかい?」
「別にいい。それより暑い」
離れろと言うと不服そうな声と共に背中から体温と重みが離れていく。大倶利伽羅が乱れた敷布 の上に仰向けになるとむっとするような性の匂い――汗と精液の匂いが鼻先を搏 って、先程までの行為を想起させた。気怠いような熱がまだ冷めずに躰の奥に燻っていて、大倶利伽羅は半ば無意識に自身の薄い腹を撫でた。ここに光忠がいたのが今では嘘のようだ。
暑いな――熱を吐き出すように溜息を吐くと光忠は襖を細く開けながら「お水持ってこようか」それともお風呂にいくかい? と訊ねてくる。脱ぎ散らかした衣服を拾い上げて袖を通そうとする白い腕を掴んで彼の申し出を断ると大倶利伽羅はじっと隻眼を見詰めた。光忠はその眼差しに込められた意味を正しく理解し、褐色の頬に顔を寄せて薄く開かれた唇へ口付けた。
赤い舌先が光忠の下唇を舐めるとそれに応えるかのように唇が開かれ、大倶利伽羅を受け入れる。差し入れた舌尖は歯列を割って光忠の舌を絡め取り、津液 で濡れた柔い表面を擦り合わせて舌先が縺れ合う。深い接吻はお互いの存在の輪郭をなぞるように交わされる。白い手は鳶色の髪を梳 り、褐色の手は広い背を彷徨う。すると大倶利伽羅の左腕に巻き付いていた倶利伽羅龍の躰が波打ったかと思うとするりと動いて右腕を辿って白皙へとその身を移した。黒龍は情交の痕が残る光忠の背中を泳いで鱗に覆われた長い胴を逞しい左腕に巻き付けて安らう。
「伽羅ちゃんの龍が、」
「あんたの肌は気持ち良いからこいつも好きらしい」
「そうなのかい?」
「そうだ。俺も、いつも気持ち良い」
驚いたように僅かに瞳を開く光忠の腕を取って敷布の上に転がすと俯せにした。裸体を見下ろしながら大倶利伽羅は感嘆の吐息を洩らした。真白き素肌と安らう黒龍との対比 が美しい。筋や筋肉の隆起によって皮膚の上で躍動する倶利伽羅龍は今にも天へと昇っていきそうだ。こうして眺めてみて、光忠が自分を抱く時、後ろからしたがる理由を初めて理解した。
「光忠に黒龍がいるのも悪くないな」
己が付けた爪痕や噛み痕を大倶利伽羅は掌で撫でる。と、白い躰が擽ったそうに慄 えた。
「じゃあお揃いにしようか。主に頼んで彫って貰うんだ」
「手入れ部屋に入ったらどうせ消えるだろう。それに倶利伽羅龍 だから良いんだ」
己の一部が愛しい相手の躰にあるということに喜悦が込み上げてくる。目に見える所有は大倶利伽羅の独占欲を甘く満たした。綺麗に筋肉がついた背に唇を寄せて口付ける。唇が触れたところに点々と赤い花が咲く。汗をかいたせいか微かに鹹 い。光忠の匂い、その味を五感に沁み渡らせるようにゆっくり味わう。
「あんまりそういうことされるとまた伽羅ちゃんのこと抱きたくなっちゃうんだけど、」
光忠はあえかな吐息を零しながら些か困ったように眉尻を下げる。
「光忠がしたいなら俺は構わない」
「またそういうことを言う。明日起きられなくなったら君が困るだろう?」
「そうなったらあんたが甲斐甲斐しく世話をしてくれんだろう」
「もう、伽羅ちゃんってば」
「光忠、」
「ん……」
滑らかな白皙を背骨に沿って唇を押し当てる。細く開けた襖から寝待月の光が薄青い闇へ差し込み、忍び込んだひんやりとした夜気が二振りの素肌を撫でて裡に籠った熱を冷ましていく。しかし躰の深いところでは愛欲の熾火は消えずに燃えていた。
「――月に梅」
大倶利伽羅は光忠の背中を見詰めて静かに呟く。素肌に咲いた徒花に見たこともない常州の紅梅を幻視する。――光忠がいたところの梅の花はどんなに美しかろう。
「月に梅はあんまりにもお誂え向きすぎて雅じゃないよ」
厨仲間の口振りを真似て光忠は小さく笑う。――いや、彼なら風流だと喜んで一句詠むかもしれない。
「じゃあ桃の花か」
「桃の花も綺麗だけれどね。僕なら倶利伽羅龍に紅桜かな」
俺が言ったのと大差ないだろう――大倶利伽羅がやや口角を下げると光忠は仰向けになり、褐色の肩に手を触れた。と、光忠の肌にいた倶利伽羅龍がするりと優雅に動いて持ち主の躰へと戻っていく。枕元に置かれた行灯の光の加減のせいか、黒い鱗が輝いて見えた。
「うん、やっぱりこの方が格好良い」
光忠は満足そうに微笑すると大倶利伽羅の腕を引いて深い色の裸身を敷布の上に横たえ、倶利伽羅龍の厳しい横顔を見下ろす。ああ綺麗だ――恍惚とした声音で囁きながら褐色の背に点々と咲いた婀娜っぽい紅桜を指先でなぞると僅かに濡れた金色の双瞳 が振り返った。
「夜は短いんだ。早くしろ」
「オーケー、君が望むままに」
隻眼を眇めながら淡い笑みを浮かべて光忠はまた一輪、愛しい恋刀の肌に徒花を咲かせた。
(了)
生暖かいものがぬるりと項を這う感覚に大倶利伽羅の肌が粟立つ。一瞬、息を詰めた後、悦に染まった吐息が無垢な色の唇から零れ落ちる。肌を刺す微細な痛みに痕を付けられたのだと知った。そして再び舌が辿る。
「……あんた、本当にそこ好きだな、」
ちらと背に伸し掛る恋刀を一瞥すると君は気が付いていないと思うけど――笑みを含んだ声音が耳許で囁く。
「
そう言われて思わず大倶利伽羅は己の項を掌で撫でた。そんなことをしても本当に黒子があるかどうか確かめられない。
「鏡で見てみるかい?」
「別にいい。それより暑い」
離れろと言うと不服そうな声と共に背中から体温と重みが離れていく。大倶利伽羅が乱れた
暑いな――熱を吐き出すように溜息を吐くと光忠は襖を細く開けながら「お水持ってこようか」それともお風呂にいくかい? と訊ねてくる。脱ぎ散らかした衣服を拾い上げて袖を通そうとする白い腕を掴んで彼の申し出を断ると大倶利伽羅はじっと隻眼を見詰めた。光忠はその眼差しに込められた意味を正しく理解し、褐色の頬に顔を寄せて薄く開かれた唇へ口付けた。
赤い舌先が光忠の下唇を舐めるとそれに応えるかのように唇が開かれ、大倶利伽羅を受け入れる。差し入れた舌尖は歯列を割って光忠の舌を絡め取り、
「伽羅ちゃんの龍が、」
「あんたの肌は気持ち良いからこいつも好きらしい」
「そうなのかい?」
「そうだ。俺も、いつも気持ち良い」
驚いたように僅かに瞳を開く光忠の腕を取って敷布の上に転がすと俯せにした。裸体を見下ろしながら大倶利伽羅は感嘆の吐息を洩らした。真白き素肌と安らう黒龍との
「光忠に黒龍がいるのも悪くないな」
己が付けた爪痕や噛み痕を大倶利伽羅は掌で撫でる。と、白い躰が擽ったそうに
「じゃあお揃いにしようか。主に頼んで彫って貰うんだ」
「手入れ部屋に入ったらどうせ消えるだろう。それに
己の一部が愛しい相手の躰にあるということに喜悦が込み上げてくる。目に見える所有は大倶利伽羅の独占欲を甘く満たした。綺麗に筋肉がついた背に唇を寄せて口付ける。唇が触れたところに点々と赤い花が咲く。汗をかいたせいか微かに
「あんまりそういうことされるとまた伽羅ちゃんのこと抱きたくなっちゃうんだけど、」
光忠はあえかな吐息を零しながら些か困ったように眉尻を下げる。
「光忠がしたいなら俺は構わない」
「またそういうことを言う。明日起きられなくなったら君が困るだろう?」
「そうなったらあんたが甲斐甲斐しく世話をしてくれんだろう」
「もう、伽羅ちゃんってば」
「光忠、」
「ん……」
滑らかな白皙を背骨に沿って唇を押し当てる。細く開けた襖から寝待月の光が薄青い闇へ差し込み、忍び込んだひんやりとした夜気が二振りの素肌を撫でて裡に籠った熱を冷ましていく。しかし躰の深いところでは愛欲の熾火は消えずに燃えていた。
「――月に梅」
大倶利伽羅は光忠の背中を見詰めて静かに呟く。素肌に咲いた徒花に見たこともない常州の紅梅を幻視する。――光忠がいたところの梅の花はどんなに美しかろう。
「月に梅はあんまりにもお誂え向きすぎて雅じゃないよ」
厨仲間の口振りを真似て光忠は小さく笑う。――いや、彼なら風流だと喜んで一句詠むかもしれない。
「じゃあ桃の花か」
「桃の花も綺麗だけれどね。僕なら倶利伽羅龍に紅桜かな」
俺が言ったのと大差ないだろう――大倶利伽羅がやや口角を下げると光忠は仰向けになり、褐色の肩に手を触れた。と、光忠の肌にいた倶利伽羅龍がするりと優雅に動いて持ち主の躰へと戻っていく。枕元に置かれた行灯の光の加減のせいか、黒い鱗が輝いて見えた。
「うん、やっぱりこの方が格好良い」
光忠は満足そうに微笑すると大倶利伽羅の腕を引いて深い色の裸身を敷布の上に横たえ、倶利伽羅龍の厳しい横顔を見下ろす。ああ綺麗だ――恍惚とした声音で囁きながら褐色の背に点々と咲いた婀娜っぽい紅桜を指先でなぞると僅かに濡れた金色の
「夜は短いんだ。早くしろ」
「オーケー、君が望むままに」
隻眼を眇めながら淡い笑みを浮かべて光忠はまた一輪、愛しい恋刀の肌に徒花を咲かせた。
(了)