みつくりSS
15光年のまたたき
笹の葉さらさら軒端にゆれる――賑やかな声が中庭から聞こえる。唄を歌っているのは主に粟田口の短刀達だろう。稚 い歌声に混じって悲鳴に似た歓声が響く。見ろ貞坊! 鶴丸ロケットだ! わあっ鶴さん危ねェって! 鶴丸殿! 振り回すと火傷しますぞ!――辺りに漂う火薬の匂いに皆が手持ち花火に興じているらしいことを知る。何やら鶴丸が危ないことをしているようだ。彼らしいと思いつつ、その場にいなくて良かったと大倶利伽羅は内心でほっと胸を撫で下ろした。と、伽羅ちゃんこんなとろにいたんだ――声がした方に目を向けると光忠が盆を手にして立っていた。
彼は大倶利伽羅に歩み寄ると傍らに朱塗りの盆を置いて「はい、これ」君も食べるだろう? と差し出されたのは涼し気な硝子の器に盛られた西瓜 。食べやすいように果肉の部分を一口大に切り分け、種も綺麗に取り除いてある。瑞々しく滴るようなそれを大倶利伽羅は礼を言いながら受け取った。光忠は薄く微笑して恋刀の隣――濡れ縁に腰を下ろした。
大倶利伽羅は西瓜をフォークに刺して口へ運ぶ。シャリっとした食感にさっぱりした甘さの果汁が口の中に広がる。良く冷えた西瓜は躰の裡側に籠った熱を鎮めていくようだ。
「美味いな」
「それは良かった。この西瓜、今朝貞ちゃんと小夜ちゃんが収穫したんだよ」
光忠はそんな説明をしながら自分の分の西瓜をいただきます、と一口齧る。溢れる果汁が喉を潤していく。不意にパンパンと乾いた音がしてそれを追いかけるようにわっと歓声が沸き起こる。光忠は中庭の方を覗き込むようにして見た。尤も建物に遮られているのでここからは向こうの様子は窺えない。
「伽羅ちゃんは花火はしないのかい? 皆楽しそうだよ」
さっき鶴さんが花火を振り回して一期さんに叱られてたけど――微苦笑しながら言う。丁度皆に西瓜を持って行った時に鶴丸が一期一振に窘められている場面に出くわしたのだ。鶴丸はまあまあ良いじゃないか今日は無礼講だとまるで気にする素振りを見せず無邪気に笑っていたが。光忠も危ないことはしないようにと注意をしたが、恐らく本人はまともに聞いてはいないだろう。
「俺は莫迦騒ぎは好まないんでね。あんたこそこんなところにいて良いのか」
「僕は伽羅ちゃんと一緒に過ごしたいからね」
光忠はにこりと白い貌 を綻ばせる。彼の笑顔は平素より見慣れてはいるものの、こんなふうに微笑みかけられるとどきりとしてしまう。はっきり言って心臓に悪い。身が持たない。恋仲相手の顔が良すぎるのも考えものだ。おまけに今日は主が皆のために仕立てた着物姿だ。夏場、季節の行事を楽しむ時は大抵この軽装になる。今日は七夕なのでせっかくだからと皆夕方に軽装に着替えたのだ。普段洋装である彼の着流し姿は目の毒といって良いほど妙に色気がある。大倶利伽羅は不自然にならないように光忠から目線を逸らして黙々と一口大に切られた西瓜を頬張った。と、これも食べるかい?――光忠がフォークに刺した西瓜を差し出してくる。
「伽羅ちゃんがそんなに西瓜が好きとは知らなかったよ」
別に好きなわけじゃない――喉元まで出かかった言葉を呑み込んで「食う」短く答えると「はい、あーん」口許に西瓜が近付いてくる。大倶利伽羅が躊躇っていると汁が垂れちゃうからと急かされておずおずと口を開けて赤く滴る果肉を食した。光忠は大倶利伽羅に手ずから食べさせるのが楽しいようで「野良猫ちゃんに懐かれたみたい」上機嫌で呟きながら二個三個と西瓜を与えた。
「伽羅ちゃんは短冊にどんなお願い事を書いたんだい?」
粗方西瓜を食べ終わると光忠は訊ねた。疾 うに笹に吊るした短冊を見たと思っていたので大倶利伽羅はやや意外な気持ちで瞳を瞬かせて隣を見遣った。
「なんだ見てなかったのか」
「うん。勝手に見るのは何だか気が引けてね」
「光忠は? どうせあんたのことだから無病息災、家内安全とでも書いたんだろう」
まあそれも僕の願いではあるけれどね――光忠は先回りして答える大倶利伽羅に苦笑する。
「また次の世も伽羅ちゃんと一緒にいられますようにってお願いしたよ」
「……それは星に願うことなのか?」
大倶利伽羅の言うことは尤もである。――一緒にいて欲しい相手が目の前にいるのだから、直接言うべきではないのか。すると光忠はそれもそうなんだけど――困ったようにへらりと眉尻を下げる。
「時々、夢を見るんだ。人間になって生活をしている夢を。パン屋さんやカフェの店員だったり、学校の先生だったり、やってることは色々だけれど、そんな僕の傍に必ず伽羅ちゃんがいるんだよ。一緒にお仕事したり、あるいは僕の生徒としてね。たまに鶴さんや貞ちゃんも出てきて皆で楽しく人間としての生を謳歌してる。――君は莫迦みたいだって笑うかもしれないけれど、そういう生き方も良いなって思って」
――来世は人間 となって愛しい相手と共に。どうか末永く在りますように。
いつからかそんなことを夢見、願うようになった。
「あんた子供みたいだな」
ふと大倶利伽羅が笑うと「やっぱりおかしかったかな?」光忠はどこかばつが悪そうに頬を掻く。
「おかしいとは思っていない。何かを願うことができるあんたを俺は好ましく思う」
素直に何かを願い、祈ることができる光忠の心根が大倶利伽羅は美しいと思う。神仏やそれに準ずるものに祈願するのはとても人間らしい行為だ。人間以外、それを行うことはないから。大倶利伽羅が戴く不動明王の化身である黒龍も、不動明王そのものも、遍 く災い成すもの滅却すべしと人々の願いによって形作られたものだ。そして刀剣男士であるこの姿もまた同じく。数多 の願いや祈り、想いが折り重なって今ここに、人の形として在る。
「あんたの願い、叶うと良いな」
この長きにわたる戦いが終わった暁には、きっと。
「どうもありがとう。――それで、君は?」
「俺は……何も書かなかった」
「え、どうして? 真逆何も思いつかなかったのかい?」
大倶利伽羅の予想外の言葉に光忠は目を丸くする。
「思いつかなかったというよりは、その必要がなかったんでね」
「それはもう伽羅ちゃんの願いは叶ってるってこと?」
「ああ、そうだ。俺の願いはもう叶ってる。――あんただ」
俺の願いはもうここにある――大倶利伽羅はそっと黒手袋を握った。
ずっと焦がれていたものが手の中にある。奥州での別れ際、光忠は伽羅ちゃんまたねと笑っていた。それが最期になるとも知らず。
「あんたを攫っていった頼房を憎く思ったこともあったが、所詮俺達は物だからな。持ち主は選べない。それに頼房に乞われたのをとても名誉なことだと喜んでいたあんたの気持ちに水を差すことはしたくなかった」
光忠が笑って別れを告げたのだから、大倶利伽羅も笑顔で送り出したかった。実際上手く笑えていたかは判らないけれど。
「光忠とはもう二度と会うことはないだろうと思った。だが俺はあんたの“またね”を忘れられなかった」
寧ろその言葉を莫迦みたいに信じて縁 としていたのだ。信じた言葉はいつしか光忠にまた会いたい、もう一度彼に会えますようにという切なる願いへと変わっていった。
「俺はあんたがいればそれで良い」
これ以上、望むものは何もない。一番欲しかった美しい月はもう自分のものだ。金輪際手放すつもりはない。
「伽羅ちゃんには敵わないなあ。そんな熱烈な告白を聞かされたら僕ちょっと倒れそう」
「思い知ったか」
だがあんたを部屋まで引き摺っていくのは御免こうむる――大倶利伽羅はふんと鼻を鳴らす。
「えぇ、そこはちゃんと部屋まで連れていってよ」
「それ はあんたの役目だろう」
大倶利伽羅は唇の端を僅かに吊り上げて好戦的な笑みを浮かべる。光忠を見据える金色の双眸が燃えるように輝いている。
「ちょっとちょっと伽羅ちゃん。あんまり僕を煽るようなこと言わないでくれるかな。僕どうにかなり、」
語尾は大倶利伽羅の唇によって捥 ぎ取られた。微かに西瓜の甘みが残る唇と舌が光忠をまさぐる。光忠は薄く唇を開いて大倶利伽羅に応えながら彼の好きにさせた。
「……たまに君のことが判らなくなるよ」
唇が離れると光忠ははあと深く息を吐く。
「あんただって急に盛る時があるだろうが。――強いて言えばその軽装が悪い」
「え?」
「なんでもない」
大倶利伽羅は素っ気なく言うと天を仰ぐ。光忠もつられるようにして目を頭上に放った。濃紺の夜空には犇 めく銀の星々。耳を澄ませば星の玲瓏 な瞬きが聞こえてきそうだ。七月に入ったとはいえ、まだ梅雨時期である。七夕である今日、運良く晴れたのは僥倖だった。
「綺麗だね」
「ああ、そうだな」
「あれが織姫で、あっちが彦星かな?」
光忠は憶えたばかりの知識を頭の中で反芻しながら一際明るく輝く星を指さす。
「年に一度しか会えないなんて、寂しくないのかな」
しかも十五年の距離だし――光忠が呟いた言葉を大倶利伽羅は鸚鵡 返しに問うた。
「十五年の距離?」
「そう。昼間主くんから聞いたんだけれど、織姫と彦星は十五光年離れているんだって。お互いの星の光が届くまで十五年かかるんだよ。僕達がいるところまでは織姫が二十六年、彦星が十七年。今僕達が見ている星の輝きは十年、二十年以上前の光だ。何だか嘘みたいだよね。そんなに昔の光が届くなんて」
「……成程。だが俺には尤もらしく思えるがな。それにたった十五年だ」
十五年。人の世では長い時間なのだろう。それは間違いない。しかし物である自分達にとっては瞬 きのような時間でしかない。大倶利伽羅が光忠と再会するまでの時間を振り返ってみれば尚更だ。十五年。たった、十五年。
「じゃあもし伽羅ちゃんが織姫だったら僕のこと十五年、待っていられる?」
「なぜ俺が織姫なんだ。――十五年くらいどうということはない。あんたを待っていた時に比べればな」
「本当に伽羅ちゃんは頼もしいなあ。僕は多分寂しくなっちゃって駄目かも」
「寂しがり屋のあんたらしいな。それなら川を渡って来たら良い」
「牛で? 馬で?」
「俺が迎えを寄越す」
大倶利伽羅はそう言って左腕を着流しの袂を捲って龍の鱗を見せる。
「良いね、伽羅ちゃんの黒龍で通い婚するの」
光忠は笑う。黒龍に乗って最愛の刀の元へ駆けつけるのは想像するとなかなか愉快だ。まあでも――光忠はショートグローブの手を取る。
「今夜は十五年も待たせないからね。だから少しだけ待っててね」
露出した手の甲に軽く口付けるとにこりと微笑みかけた。と、光忠は立ち上がる。
「ちょっと皆のところへ行ってくるよ。花火も終わったみたいだし」
中庭から聞こえていた喧騒はいつの間にか已んで静まっていた。
空 になった器を盆に乗せて立ち去ろうとする光忠の袂を大倶利伽羅が控えめに掴んで引き止める。
「伽羅ちゃん?」
「部屋まで連れていってくれないのか」
訝しむ光忠をじっと見上げると恋刀はふと眦を緩めて盆を手放し「オーケー、ほら、おいで」身を屈めて腕を広げた。白い首筋に大倶利伽羅の腕が絡む。光忠は軽々と痩躯を抱きかかえると自室までの短い距離を歩んだ。
(了)
笹の葉さらさら軒端にゆれる――賑やかな声が中庭から聞こえる。唄を歌っているのは主に粟田口の短刀達だろう。
彼は大倶利伽羅に歩み寄ると傍らに朱塗りの盆を置いて「はい、これ」君も食べるだろう? と差し出されたのは涼し気な硝子の器に盛られた
大倶利伽羅は西瓜をフォークに刺して口へ運ぶ。シャリっとした食感にさっぱりした甘さの果汁が口の中に広がる。良く冷えた西瓜は躰の裡側に籠った熱を鎮めていくようだ。
「美味いな」
「それは良かった。この西瓜、今朝貞ちゃんと小夜ちゃんが収穫したんだよ」
光忠はそんな説明をしながら自分の分の西瓜をいただきます、と一口齧る。溢れる果汁が喉を潤していく。不意にパンパンと乾いた音がしてそれを追いかけるようにわっと歓声が沸き起こる。光忠は中庭の方を覗き込むようにして見た。尤も建物に遮られているのでここからは向こうの様子は窺えない。
「伽羅ちゃんは花火はしないのかい? 皆楽しそうだよ」
さっき鶴さんが花火を振り回して一期さんに叱られてたけど――微苦笑しながら言う。丁度皆に西瓜を持って行った時に鶴丸が一期一振に窘められている場面に出くわしたのだ。鶴丸はまあまあ良いじゃないか今日は無礼講だとまるで気にする素振りを見せず無邪気に笑っていたが。光忠も危ないことはしないようにと注意をしたが、恐らく本人はまともに聞いてはいないだろう。
「俺は莫迦騒ぎは好まないんでね。あんたこそこんなところにいて良いのか」
「僕は伽羅ちゃんと一緒に過ごしたいからね」
光忠はにこりと白い
「伽羅ちゃんがそんなに西瓜が好きとは知らなかったよ」
別に好きなわけじゃない――喉元まで出かかった言葉を呑み込んで「食う」短く答えると「はい、あーん」口許に西瓜が近付いてくる。大倶利伽羅が躊躇っていると汁が垂れちゃうからと急かされておずおずと口を開けて赤く滴る果肉を食した。光忠は大倶利伽羅に手ずから食べさせるのが楽しいようで「野良猫ちゃんに懐かれたみたい」上機嫌で呟きながら二個三個と西瓜を与えた。
「伽羅ちゃんは短冊にどんなお願い事を書いたんだい?」
粗方西瓜を食べ終わると光忠は訊ねた。
「なんだ見てなかったのか」
「うん。勝手に見るのは何だか気が引けてね」
「光忠は? どうせあんたのことだから無病息災、家内安全とでも書いたんだろう」
まあそれも僕の願いではあるけれどね――光忠は先回りして答える大倶利伽羅に苦笑する。
「また次の世も伽羅ちゃんと一緒にいられますようにってお願いしたよ」
「……それは星に願うことなのか?」
大倶利伽羅の言うことは尤もである。――一緒にいて欲しい相手が目の前にいるのだから、直接言うべきではないのか。すると光忠はそれもそうなんだけど――困ったようにへらりと眉尻を下げる。
「時々、夢を見るんだ。人間になって生活をしている夢を。パン屋さんやカフェの店員だったり、学校の先生だったり、やってることは色々だけれど、そんな僕の傍に必ず伽羅ちゃんがいるんだよ。一緒にお仕事したり、あるいは僕の生徒としてね。たまに鶴さんや貞ちゃんも出てきて皆で楽しく人間としての生を謳歌してる。――君は莫迦みたいだって笑うかもしれないけれど、そういう生き方も良いなって思って」
――来世は
いつからかそんなことを夢見、願うようになった。
「あんた子供みたいだな」
ふと大倶利伽羅が笑うと「やっぱりおかしかったかな?」光忠はどこかばつが悪そうに頬を掻く。
「おかしいとは思っていない。何かを願うことができるあんたを俺は好ましく思う」
素直に何かを願い、祈ることができる光忠の心根が大倶利伽羅は美しいと思う。神仏やそれに準ずるものに祈願するのはとても人間らしい行為だ。人間以外、それを行うことはないから。大倶利伽羅が戴く不動明王の化身である黒龍も、不動明王そのものも、
「あんたの願い、叶うと良いな」
この長きにわたる戦いが終わった暁には、きっと。
「どうもありがとう。――それで、君は?」
「俺は……何も書かなかった」
「え、どうして? 真逆何も思いつかなかったのかい?」
大倶利伽羅の予想外の言葉に光忠は目を丸くする。
「思いつかなかったというよりは、その必要がなかったんでね」
「それはもう伽羅ちゃんの願いは叶ってるってこと?」
「ああ、そうだ。俺の願いはもう叶ってる。――あんただ」
俺の願いはもうここにある――大倶利伽羅はそっと黒手袋を握った。
ずっと焦がれていたものが手の中にある。奥州での別れ際、光忠は伽羅ちゃんまたねと笑っていた。それが最期になるとも知らず。
「あんたを攫っていった頼房を憎く思ったこともあったが、所詮俺達は物だからな。持ち主は選べない。それに頼房に乞われたのをとても名誉なことだと喜んでいたあんたの気持ちに水を差すことはしたくなかった」
光忠が笑って別れを告げたのだから、大倶利伽羅も笑顔で送り出したかった。実際上手く笑えていたかは判らないけれど。
「光忠とはもう二度と会うことはないだろうと思った。だが俺はあんたの“またね”を忘れられなかった」
寧ろその言葉を莫迦みたいに信じて
「俺はあんたがいればそれで良い」
これ以上、望むものは何もない。一番欲しかった美しい月はもう自分のものだ。金輪際手放すつもりはない。
「伽羅ちゃんには敵わないなあ。そんな熱烈な告白を聞かされたら僕ちょっと倒れそう」
「思い知ったか」
だがあんたを部屋まで引き摺っていくのは御免こうむる――大倶利伽羅はふんと鼻を鳴らす。
「えぇ、そこはちゃんと部屋まで連れていってよ」
「
大倶利伽羅は唇の端を僅かに吊り上げて好戦的な笑みを浮かべる。光忠を見据える金色の双眸が燃えるように輝いている。
「ちょっとちょっと伽羅ちゃん。あんまり僕を煽るようなこと言わないでくれるかな。僕どうにかなり、」
語尾は大倶利伽羅の唇によって
「……たまに君のことが判らなくなるよ」
唇が離れると光忠ははあと深く息を吐く。
「あんただって急に盛る時があるだろうが。――強いて言えばその軽装が悪い」
「え?」
「なんでもない」
大倶利伽羅は素っ気なく言うと天を仰ぐ。光忠もつられるようにして目を頭上に放った。濃紺の夜空には
「綺麗だね」
「ああ、そうだな」
「あれが織姫で、あっちが彦星かな?」
光忠は憶えたばかりの知識を頭の中で反芻しながら一際明るく輝く星を指さす。
「年に一度しか会えないなんて、寂しくないのかな」
しかも十五年の距離だし――光忠が呟いた言葉を大倶利伽羅は
「十五年の距離?」
「そう。昼間主くんから聞いたんだけれど、織姫と彦星は十五光年離れているんだって。お互いの星の光が届くまで十五年かかるんだよ。僕達がいるところまでは織姫が二十六年、彦星が十七年。今僕達が見ている星の輝きは十年、二十年以上前の光だ。何だか嘘みたいだよね。そんなに昔の光が届くなんて」
「……成程。だが俺には尤もらしく思えるがな。それにたった十五年だ」
十五年。人の世では長い時間なのだろう。それは間違いない。しかし物である自分達にとっては
「じゃあもし伽羅ちゃんが織姫だったら僕のこと十五年、待っていられる?」
「なぜ俺が織姫なんだ。――十五年くらいどうということはない。あんたを待っていた時に比べればな」
「本当に伽羅ちゃんは頼もしいなあ。僕は多分寂しくなっちゃって駄目かも」
「寂しがり屋のあんたらしいな。それなら川を渡って来たら良い」
「牛で? 馬で?」
「俺が迎えを寄越す」
大倶利伽羅はそう言って左腕を着流しの袂を捲って龍の鱗を見せる。
「良いね、伽羅ちゃんの黒龍で通い婚するの」
光忠は笑う。黒龍に乗って最愛の刀の元へ駆けつけるのは想像するとなかなか愉快だ。まあでも――光忠はショートグローブの手を取る。
「今夜は十五年も待たせないからね。だから少しだけ待っててね」
露出した手の甲に軽く口付けるとにこりと微笑みかけた。と、光忠は立ち上がる。
「ちょっと皆のところへ行ってくるよ。花火も終わったみたいだし」
中庭から聞こえていた喧騒はいつの間にか已んで静まっていた。
「伽羅ちゃん?」
「部屋まで連れていってくれないのか」
訝しむ光忠をじっと見上げると恋刀はふと眦を緩めて盆を手放し「オーケー、ほら、おいで」身を屈めて腕を広げた。白い首筋に大倶利伽羅の腕が絡む。光忠は軽々と痩躯を抱きかかえると自室までの短い距離を歩んだ。
(了)