みつくりSS
おかえりのごはん
遠征先から戻った光忠は手短に主に報告を済ませた後、足音を忍ばせて自室へ向かった。
時刻は既に子の刻を過ぎ、本丸内は寝静まって森閑としていた。共に帰城した他の刀達もそれぞれ自室に戻り、戦装束を解いて躰を休める準備をしている頃だろう。光忠も一旦着替えてから湯殿を使うつもりでいた。この本丸ではいつでも風呂を使えるように温泉が引いてあるのだ。
お風呂でゆっくり温まってから眠りに就こう明日は非番だから朝も普段よりのんびりできるなああでも朝餉の支度は手伝った方が良いかな――そんなことをつらつらと考えて自室の前までくると音を立てずに襖を開けた。と、自分の分の布団がきちんと用意されているのが目に入った。同室の大倶利伽羅が敷いてくれたのだろう。視軸を部屋の奥へ転じる。布団からひょこりと覗いている鳶色の頭を瞳に映して光忠はふと眦を和らげると後ろ手で襖を閉め、畳の上に正座した。
「伽羅ちゃん、ただいま」
静かに告げるともぞりと鳶色の頭が動いて「帰ったのか」良く知った声が答えた。光忠が目を見開いて瞳を瞬かせると大倶利伽羅は身を起こして「光忠、おかえり。お疲れ様だったな」労いの言葉をかけた。
「うん、ただいま。起こしちゃってごめんね。布団も敷いてくれてありがとう」
「いや、あんたが帰って来るのを待っていた」
主から遠征部隊が戻ってくる時間を聞いて待っているうちに眠くなってしまったので、少しの間だけ布団に入って仮眠していたのだと言う。眠っていたのは半刻も経っていないらしい。
「本当は玄関先で出迎えるつもりでいたんだがな」
大倶利伽羅は片頬を攣らせながら部屋の明かりをつけた。ぱっと明るくなる視界に光忠は眩しそうに瞳を眇めて「そっか。でも僕を待っていてくれて嬉しいよ」喜悦を白い容貌に咲かせた。
「怪我は」
大倶利伽羅は布団の上に座って戦装束を解く光忠を探るように見詰める。
「大丈夫だよ。遡行軍と遭遇することもなかったしね。資材もかなりの量を調達できたから、首尾は上々さ。主も喜んでいたよ」
「それは何よりだ」
「ねえ伽羅ちゃん。こっち来て」
ジャケットを脱いで身軽になった光忠が手招くと大倶利伽羅は怪訝そうに首を捻りながら傍に寄った。と、ぎゅうと逞しい腕が痩躯を抱き締めた。
「おい」
出し抜けに馴染んだ匂いに包まれて両の目を見開く。
「ごめん、僕お風呂もまだなのに」
どうしても我慢できなくて――光忠は恋刀を腕に抱いて衣服越しに感じる体温を愛おしむように身を擦り寄せる。素直に甘えてくる恋刀を珍しく思いながら大倶利伽羅は広い背をあやすようにぽんと慰撫すると腹は減っているかと訊ねた。
「夜食がある。食うか?」
「本当? せっかくだから頂くよ」
隻眼が上機嫌に笑うと持ってくるから待ってろと大倶利伽羅は部屋を出て行く。光忠が言われた通り大人しく待っていると盆に二人分の湯呑みと皿をのせた大倶利伽羅が戻って来た。どうやら夜食を食べてる間、彼もお茶を飲んで付き合ってくれるらしい。そんな気遣いが嬉しくて頬を緩めると大倶利伽羅は「あまり期待するなよ」と前置きしてから光忠の前に盆を置いた。
皿の上には大きさも形も違う握り飯が三つ並んでいた。少し小さめの丸形のおにぎりと普段自分が作るような大きさの三角のおぎり、そしてやたらとでかい――通常のそれの二、三倍はある――ボールのようなおにぎり。皿の端に添えられた数切れの沢庵が色鮮やかだ。
「これは伽羅ちゃんが作ってくれたのかい?」
光忠は皿に並んだ大中小の握り飯を物珍しそうに眺め遣る。
「俺が握ったのは三角のおにぎりだ。丸形は貞、でかいのは鶴丸だ」
大倶利伽羅の説明を聞いて納得した。厨に三人並んで握り飯を作る姿が浮かぶ。きっと貞宗と鶴丸は賑やかに喋りながら、その様子を大倶利伽羅は少し呆れたように眺めながら光忠の夜食を拵えたのだろう。想像をして自然と頬が緩んだ。
「皆で作ってくれたんだね。どうもありがとう。朝になったら貞ちゃんと鶴さんにもお礼を言わなくちゃね。――いただきます」
手を合わせてから具材は何だろうとまずは大倶利伽羅が握ってくれたおにぎりを食した。海苔の風味が広がる。それから鰹節の風味と醤油の味。
「あ、おかかだ」
「美味いか」
大倶利伽羅は自分の分の湯呑みに口をつけながらすかさず問う。
「うん、とっても美味しいよ。おにぎりって材料も作る工程もシンプルで簡単なのに、自分でおんなじようにやってもどうしてだかその人が作ってくれたのと同じ味にならないよね」
不思議だよねえ――光忠が眉尻を下げて笑うと「握り飯に限らず、料理全般がそうだろう。同じものでもあんたが作る飯が一番美味い」真向かいに座る大倶利伽羅は至極当然とばかりの語調で告げた。
光忠と共によく厨に立っている歌仙も料理上手で皆の舌を喜ばせているし、大倶利伽羅も彼の料理の腕を疑ってはいないものの、やはり光忠が振る舞う食事の方が美味いと思うし、好んでいた。甘味も同じだ。スイーツ職人を自称する刀もいるが、やはりそこでも彼が作るそれよりも光忠の方が良い。単純に味付けの好みや慣れなのかもしれないが、だがそれでは説明がつかない部分もある。同じ材料、味付けでも何かが微妙に違う。
「隠し味は愛情ってやつかな」
おどけて笑う光忠に大倶利伽羅は何だそれはとやや胡乱な眼差しを向けつつも「愛情どうこうは良く判らないが、あんたがいつも皆のために一生懸命食事を作っているのは判る」生真面目に言った。
「どうせなら皆に美味しく食べて欲しいからね。美味しく楽しく皆でご飯を食べる、とっても良いことだと思うよ」
「……まあ確かに悪くはないな」
誰とも馴れ合うつもりはなかったのに、いつの間にか皆で食卓を囲むのが当たり前となってしまっている。現状、自身の在り方について思うところはあるが、しかし光忠の傍にいることの居心地の良さを知ってしまった今、知らなかった時に戻ることはできない。
「伽羅ちゃんもおにぎり食べるかい?」
鶴さんの大きすぎて僕ひとりじゃ食べきらないかも――光忠はごろんと皿の上に鎮座するボール形の握り飯を手に取って半分に割り、大倶利伽羅に差し出す。大倶利伽羅は特に腹は減っていなかったが何となく断るのは気が引けたので「貰う」光忠の手から握り飯の半分を受け取った。
「鶴さんの、一体何が入ってるのかなって思ったけど、これは彼らしいね」
「一応、俺は止めとけと言ったんだがな」
食べごたえがあって良いよそれに美味しいし――光忠が苦笑を零しながら頬張る鶴丸作の握り飯の具材は唐揚げと肉団子で、それぞれ二つずつ入っていた。これではサイズが大きくなるのも頷ける。疲れて帰ってきたのだから精がつくものをと考えたのだろう。おにぎりとしての是非はともかくとして、そんな彼の心遣いや優しさが嬉しかった。
大倶利伽羅はぽつぽつと光忠が留守にしていた間に起こった本丸での生活を語り、光忠は楽しそうに頷きながら恋刀の話に聞き入って、やがて鶴丸の握り飯を平らげると今度は貞宗が作った丸いおにぎりに手をつけた。具材は梅干しだった。梅干しの酸味がさっぱりして美味い。
ご馳走様でした――三十分もかからず夜食を食べ終えると光忠はゆっくりと茶を啜ってから伽羅ちゃん、と改まった口調で切り出した。大倶利伽羅は何だと不思議そうに応じる。
「この後もう寝るよね?」
「寝るが。どうした? 真逆まだ食い足りないのか」
「そうだね。僕はまだ一番美味しいものを食べてないからね」
にこりと優しく微笑まれて怪訝そうに首を傾げていた大倶利伽羅は目を見開いた。俄に顔が熱くなる。――美味しいものって。
「あ、あんた……っ」
どう切り返して良いのか判らなくて柄にもなく狼狽えると「僕これからお風呂に入ってくるから。伽羅ちゃんが寝ちゃってたら諦めるけど、起きてたら君のこと抱くから」ついでにこれ片付けてくるねと何でもないように告げると、着替えと空になった皿をのせた盆を手にして光忠は部屋を出て行った。
「……寝れるか、莫迦っ」
ひとり部屋に取り残された大倶利伽羅は吐き捨てて、乱暴に布団を頭から被ってきつく目を瞑った。乱れた心臓は一向に鎮まらなかった。
(了)
遠征先から戻った光忠は手短に主に報告を済ませた後、足音を忍ばせて自室へ向かった。
時刻は既に子の刻を過ぎ、本丸内は寝静まって森閑としていた。共に帰城した他の刀達もそれぞれ自室に戻り、戦装束を解いて躰を休める準備をしている頃だろう。光忠も一旦着替えてから湯殿を使うつもりでいた。この本丸ではいつでも風呂を使えるように温泉が引いてあるのだ。
お風呂でゆっくり温まってから眠りに就こう明日は非番だから朝も普段よりのんびりできるなああでも朝餉の支度は手伝った方が良いかな――そんなことをつらつらと考えて自室の前までくると音を立てずに襖を開けた。と、自分の分の布団がきちんと用意されているのが目に入った。同室の大倶利伽羅が敷いてくれたのだろう。視軸を部屋の奥へ転じる。布団からひょこりと覗いている鳶色の頭を瞳に映して光忠はふと眦を和らげると後ろ手で襖を閉め、畳の上に正座した。
「伽羅ちゃん、ただいま」
静かに告げるともぞりと鳶色の頭が動いて「帰ったのか」良く知った声が答えた。光忠が目を見開いて瞳を瞬かせると大倶利伽羅は身を起こして「光忠、おかえり。お疲れ様だったな」労いの言葉をかけた。
「うん、ただいま。起こしちゃってごめんね。布団も敷いてくれてありがとう」
「いや、あんたが帰って来るのを待っていた」
主から遠征部隊が戻ってくる時間を聞いて待っているうちに眠くなってしまったので、少しの間だけ布団に入って仮眠していたのだと言う。眠っていたのは半刻も経っていないらしい。
「本当は玄関先で出迎えるつもりでいたんだがな」
大倶利伽羅は片頬を攣らせながら部屋の明かりをつけた。ぱっと明るくなる視界に光忠は眩しそうに瞳を眇めて「そっか。でも僕を待っていてくれて嬉しいよ」喜悦を白い容貌に咲かせた。
「怪我は」
大倶利伽羅は布団の上に座って戦装束を解く光忠を探るように見詰める。
「大丈夫だよ。遡行軍と遭遇することもなかったしね。資材もかなりの量を調達できたから、首尾は上々さ。主も喜んでいたよ」
「それは何よりだ」
「ねえ伽羅ちゃん。こっち来て」
ジャケットを脱いで身軽になった光忠が手招くと大倶利伽羅は怪訝そうに首を捻りながら傍に寄った。と、ぎゅうと逞しい腕が痩躯を抱き締めた。
「おい」
出し抜けに馴染んだ匂いに包まれて両の目を見開く。
「ごめん、僕お風呂もまだなのに」
どうしても我慢できなくて――光忠は恋刀を腕に抱いて衣服越しに感じる体温を愛おしむように身を擦り寄せる。素直に甘えてくる恋刀を珍しく思いながら大倶利伽羅は広い背をあやすようにぽんと慰撫すると腹は減っているかと訊ねた。
「夜食がある。食うか?」
「本当? せっかくだから頂くよ」
隻眼が上機嫌に笑うと持ってくるから待ってろと大倶利伽羅は部屋を出て行く。光忠が言われた通り大人しく待っていると盆に二人分の湯呑みと皿をのせた大倶利伽羅が戻って来た。どうやら夜食を食べてる間、彼もお茶を飲んで付き合ってくれるらしい。そんな気遣いが嬉しくて頬を緩めると大倶利伽羅は「あまり期待するなよ」と前置きしてから光忠の前に盆を置いた。
皿の上には大きさも形も違う握り飯が三つ並んでいた。少し小さめの丸形のおにぎりと普段自分が作るような大きさの三角のおぎり、そしてやたらとでかい――通常のそれの二、三倍はある――ボールのようなおにぎり。皿の端に添えられた数切れの沢庵が色鮮やかだ。
「これは伽羅ちゃんが作ってくれたのかい?」
光忠は皿に並んだ大中小の握り飯を物珍しそうに眺め遣る。
「俺が握ったのは三角のおにぎりだ。丸形は貞、でかいのは鶴丸だ」
大倶利伽羅の説明を聞いて納得した。厨に三人並んで握り飯を作る姿が浮かぶ。きっと貞宗と鶴丸は賑やかに喋りながら、その様子を大倶利伽羅は少し呆れたように眺めながら光忠の夜食を拵えたのだろう。想像をして自然と頬が緩んだ。
「皆で作ってくれたんだね。どうもありがとう。朝になったら貞ちゃんと鶴さんにもお礼を言わなくちゃね。――いただきます」
手を合わせてから具材は何だろうとまずは大倶利伽羅が握ってくれたおにぎりを食した。海苔の風味が広がる。それから鰹節の風味と醤油の味。
「あ、おかかだ」
「美味いか」
大倶利伽羅は自分の分の湯呑みに口をつけながらすかさず問う。
「うん、とっても美味しいよ。おにぎりって材料も作る工程もシンプルで簡単なのに、自分でおんなじようにやってもどうしてだかその人が作ってくれたのと同じ味にならないよね」
不思議だよねえ――光忠が眉尻を下げて笑うと「握り飯に限らず、料理全般がそうだろう。同じものでもあんたが作る飯が一番美味い」真向かいに座る大倶利伽羅は至極当然とばかりの語調で告げた。
光忠と共によく厨に立っている歌仙も料理上手で皆の舌を喜ばせているし、大倶利伽羅も彼の料理の腕を疑ってはいないものの、やはり光忠が振る舞う食事の方が美味いと思うし、好んでいた。甘味も同じだ。スイーツ職人を自称する刀もいるが、やはりそこでも彼が作るそれよりも光忠の方が良い。単純に味付けの好みや慣れなのかもしれないが、だがそれでは説明がつかない部分もある。同じ材料、味付けでも何かが微妙に違う。
「隠し味は愛情ってやつかな」
おどけて笑う光忠に大倶利伽羅は何だそれはとやや胡乱な眼差しを向けつつも「愛情どうこうは良く判らないが、あんたがいつも皆のために一生懸命食事を作っているのは判る」生真面目に言った。
「どうせなら皆に美味しく食べて欲しいからね。美味しく楽しく皆でご飯を食べる、とっても良いことだと思うよ」
「……まあ確かに悪くはないな」
誰とも馴れ合うつもりはなかったのに、いつの間にか皆で食卓を囲むのが当たり前となってしまっている。現状、自身の在り方について思うところはあるが、しかし光忠の傍にいることの居心地の良さを知ってしまった今、知らなかった時に戻ることはできない。
「伽羅ちゃんもおにぎり食べるかい?」
鶴さんの大きすぎて僕ひとりじゃ食べきらないかも――光忠はごろんと皿の上に鎮座するボール形の握り飯を手に取って半分に割り、大倶利伽羅に差し出す。大倶利伽羅は特に腹は減っていなかったが何となく断るのは気が引けたので「貰う」光忠の手から握り飯の半分を受け取った。
「鶴さんの、一体何が入ってるのかなって思ったけど、これは彼らしいね」
「一応、俺は止めとけと言ったんだがな」
食べごたえがあって良いよそれに美味しいし――光忠が苦笑を零しながら頬張る鶴丸作の握り飯の具材は唐揚げと肉団子で、それぞれ二つずつ入っていた。これではサイズが大きくなるのも頷ける。疲れて帰ってきたのだから精がつくものをと考えたのだろう。おにぎりとしての是非はともかくとして、そんな彼の心遣いや優しさが嬉しかった。
大倶利伽羅はぽつぽつと光忠が留守にしていた間に起こった本丸での生活を語り、光忠は楽しそうに頷きながら恋刀の話に聞き入って、やがて鶴丸の握り飯を平らげると今度は貞宗が作った丸いおにぎりに手をつけた。具材は梅干しだった。梅干しの酸味がさっぱりして美味い。
ご馳走様でした――三十分もかからず夜食を食べ終えると光忠はゆっくりと茶を啜ってから伽羅ちゃん、と改まった口調で切り出した。大倶利伽羅は何だと不思議そうに応じる。
「この後もう寝るよね?」
「寝るが。どうした? 真逆まだ食い足りないのか」
「そうだね。僕はまだ一番美味しいものを食べてないからね」
にこりと優しく微笑まれて怪訝そうに首を傾げていた大倶利伽羅は目を見開いた。俄に顔が熱くなる。――美味しいものって。
「あ、あんた……っ」
どう切り返して良いのか判らなくて柄にもなく狼狽えると「僕これからお風呂に入ってくるから。伽羅ちゃんが寝ちゃってたら諦めるけど、起きてたら君のこと抱くから」ついでにこれ片付けてくるねと何でもないように告げると、着替えと空になった皿をのせた盆を手にして光忠は部屋を出て行った。
「……寝れるか、莫迦っ」
ひとり部屋に取り残された大倶利伽羅は吐き捨てて、乱暴に布団を頭から被ってきつく目を瞑った。乱れた心臓は一向に鎮まらなかった。
(了)