400字小説

ルージュ(コラロ)

 キャップを外して中身を繰り出す。現れたのは真紅。棒状の真っ赤なそれをローは鏡を覗き込みながら自身の唇に軽く押し当てて滑らせた。薄い唇が赤く染まり、口紅の香料が鼻先を搏つ。唇の輪郭が崩れないように紅を引くのは意外に難しいことを初めて知った。
 ――あの人はいつもこんなことをしていたのか。
 病院巡りの旅の最中、彼の素顔を見たことは殆どない。当然のように彼はアルルカンのメイクを施していた。まるでそれが己の素顔だというように。
 右眼は涙を、唇には笑みを。
 どうしてメイクをしているのか一度だけ訊ねたことがある。彼は一瞬虚を突かれたような顔をして「俺がコラソンだから」まるで答えになっていないような言葉を口にして笑った。
 ルージュは口角をはみ出し、笑みを刷く。
「コラさん」
 鏡の中に愛しい人の俤を幻視すれば鼓膜の奥で聴こえる別れの言葉。――ロー、愛してるぜ。
 コラさん、おれも――。
「似合わねェな」
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