戀―REN―

Melt Switch

 国木田君の家で夕食をご馳走になった後、彼が後片付けをしている隙に冷蔵庫を勝手に開けると、カップアイスが一つ。
「ああ、あったあった」
 結構前に買って、そのままになっていたのを思い出したのだ。
 私はアイスを片手に棚から スプーン を取り出していそいそと居間に戻り、暖かい炬燵にあたりながら、カップを開封する。真っ白な表面が電灯の下で細かな氷の粒を煌めかせた。雪みたいだ。
今年は雪が降るだろうか、とぼんやり思う。ヨコハマに雪が舞うことは滅多にないから、テレビ等で雪景色を見ると良いなあと思ってしまう。雪深い温泉地へ旅行に行きたいな。北の方なら蟹も美味しいし。国木田君と一緒に休みを取って――そんなことを考えているとカチコチに凍っていたバニラアイスの縁が僅かに溶けて始めていた。炬燵の熱のせいだろう。丁度食べ頃だ。
 いただきまーす、と匙で掬って一口。キンと冷たい甘さが美味しい。
 テレビを見ながら食べていると国木田君が温かい珈琲を淹れて戻って来た。目の前にカップが置かれて、香ばしい香りが湯気と立つ。
「こんな時期にアイスか」
 彼の言葉には寒がりなのにと云うニュアンスが含まれていた。
「炬燵に入りながら食べるアイスはまた格別なのだよ」
「そう云うものか? 炬燵と云えば俺は蜜柑だな」
「蜜柑も良いけどねえ。――一口、食べるかい?」
 匙に掬って隣にいる彼の口元に差し出す。と、国木田君は仄かに目許を染めて戸惑ったように目を泳がせる。恥ずかしがって照れている彼が可愛い。
「溶けちゃうよ。はい、あーん」
 尚もアイスを突き出すと「あ、あーん……?」開かれた口に匙を差し入れた。
「美味しい?」
「あ、ああ。美味いな」
「もっと要る?」
 アイスを掬い取って口元に運ぶと国木田君は今度は躊躇わずにぱくついた。何だか楽しくなってきて三度みたび、アイスを差し出すと国木田君は私の右手を捉えて匙を口にしてから、ひょいと銀色のそれを取り上げた。カラン、と卓の上に置かれて「え? 何?」突飛な彼の行動に目を丸くしていると、
「太宰」
 名を呼ばれて、口付けられた。
 冷たくて甘い舌が歯列を割って入ってくる。
「……ふ……っ……ん……、」
 深く探るような接吻キスに息が続かなくなって、合わさっていた唇が離れた。すると床に押し倒される。
「あ、ちょ、……」
 逆光に暗い国木田君の顔は酷く真剣で、突き刺さるような熱視線を放つ瞳の底では情火が妖しく揺らめいていた。何か、私は彼のスイッチを押してしまったらしい。
「アイス、溶けちゃうよ」
 覆い被さってくる国木田君に抵抗を示すも、
「また買ってやる」
 そう云って、私のループタイを抜き取って襯衣シャツの釦を外していく。どうしよう、このままでは――国木田君の唇が耳に触れて、熱い吐息が耳朶を掠めていく。
「珈琲も、冷めてしまうから、」
「気にするな」
 彼の長い指は器用に包帯を乱す。指先が素肌に触れて躰に甘い痺れが走った。
 ――ああ、もう。
 私も、スイッチが入ってしまった。
「国木田君」
 広い背に腕を回して囁く。

 ――愛して。
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