戀―REN―

炬燵戦争

「ああ、やっぱり炬燵こたつは良いねえ」
 ふんわりと柔らかい炬燵布団を最大限に引っ張って躰に掛け、天板にぺたりと右頬を付けてほう、と深く息を吐く。
 炬燵の中は程良い温度。
 お腹も満たされているし、お風呂も使ってさっぱりした気分の上にじんわりと手足が温まっていく感じがとても気持ちが良い。私は炬燵でぬくぬくとしながら、ぼんやりとつけっ放しにされているテレビを眺めた。
 ……風呂場の方からは湯を使う音が聞こえてくる。頭を起こして、ちらりと風呂場の方を一瞥する。部屋の主――国木田君が浴室に消えてまだ五分程。私は騒ぎだそうとする胸を落ち着けるために炬燵に潜り込んで床に寝っ転がった。温められた空気が動いて一瞬、頬を撫でた。温気うんきに誘われるように目蓋が重くなる。
 炬燵で寝たら国木田君に小言を云われてしまう――そう思いながら、下がる目蓋に抗え切れなかった。

「……ざい、太宰。おい、起きろ」
「……ん……、あれ……?」
 薄目を開けると逆光に暗い国木田君の顔があった。
「炬燵で寝るなとあれ程云っておいたのに、全く。風邪をひくだろう」
 国木田君は渋い顔で云う。
「炬燵が気持ち良くて、ついね」
 躰を起こしてへらりと笑ってみせれば「お前なあ。毎回そんなふうだと、いい加減炬燵仕舞うぞ」大真面目な答えが返って来る。「ええッ⁉  それは困るよ。炬燵なかったらどうやって暖を取ったら良いのさ⁉」
「知るか。と云うか、この炬燵は俺のだ。――ほら、布団を敷くから炬燵から出ろ」
「やだ」
 私は炬燵布団を被ってまた潜り込む。ああ、炬燵は温かい。気持ちが良い。此処は常春のような我が安住の地。今此処から離れてしまったら炬燵を取り上げられてしまう。何としてでも死守せねば。
そんなことを考えていると、頭の上から大きな溜め息が落ちてきて不意にパチンと音が鳴った。
「あ、ちょっと。何で勝手に電源切るのさ」
「ふん。いい加減、諦めろ」
 文句を云うと国木田君は電源コードまで抜いてしまう。何と無体な。
「国木田君の意地悪。ケチ」
「お前は子供か。布団敷くぞ」
 国木田君は呆れた口調で云ってから私に構わず炬燵を部屋の隅に押し遣った。こうなっては私も炬燵から出ざるを得ない。電源を失った炬燵も冷めつつある。でも此処で折れてしまうのは何だか口惜しい。と云うよりは、引っ込みがつかない。さてどうしよう―
―押し入れから布団を引っ張り出して、てきぱきと寝支度をしている彼を見ていると、
「――そんなに炬燵が良いのか」
「え?」
 ぽつりと呟かれた言葉に目を瞬く。すると国木田君は横になっている私の傍に身を屈めてじっと顔を覗き込む。
「な、何?」
 あまりにも真剣な顔で見るので引いてしまう。と、何を思ったのか、私の腕を掴んで半身を立たせると、そのまま抱き締められた。「え、いきなり何……」
 驚いて目を丸くする私に、
「寝る時はこれで我慢するんだな」
 酷く素っ気なく云い放つ。
「……う、うん」
 ああ、どうしよう。顔が物凄い、熱い。きっと国木田君も真っ赤になっているに違いない。国木田君って変なところで大胆だ。
 気を取り直すように「ほら寝るぞ」と布団に連れて行かれて、明かりが消される。ふっと室内が薄青い闇に沈み込む。
 一つの布団に収まって身を寄せ合う。私も彼も躰が大きい方だからふたりで寝るには少しだけ窮屈だけれど、それも何時の間にか慣れてしまった。国木田君の腕の中にすっぽりと包まれて、馴染んだ匂いと温度に安らいだ気分になる。
「やっぱり、こっちの方が良いね」
「そ、そうか。じゃあもう炬燵で寝たりするなよ」
「国木田君が毎日一緒に寝てくれるならね」
「お前はまたそう云うことを……」
  国木田君はまた顔を赤らめて眉間に皺を刻む。狼狽えている姿がおかしくて思わず笑ってしまう。こう云う国木田君も好きだ。あんまり揶揄い過ぎると怒らせちゃうけど。
「国木田君、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。太宰」
 温かな体温と穏やかな心音に私は目を閉じた。
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