戀―REN―

片戀視線

《D‐SIDE》

 職務を放擲してふらりと入った喫茶店カフェで珈琲を飲みながら、ぼんやりと窓硝子越しに往来を眺めていると行き交う人の群れの中に見知った顔を見つけた。群衆から頭一つ二つ分高い長身の彼――国木田君とその隣を歩いている敦君の姿。
 社の備品の買い出しの帰りなのだろう、二人は荷物を抱えていた。
 そう云えば私が事務所を出る時に国木田君が大声で何か喚いていたっけ。
「……良いなあ」
 思わず本音が零れてしまう。
 敦君は国木田君と何を話しているのか、心なしか楽しそうな表情で。国木田君も何時もより少し表情が柔らかだ。その穏やかな顔付きに何か満たされるものを感じながら、次の瞬間には漠然とした寂寥感が胸を占めた。
 仕事、サボらなければ良かった。備品の買い出しなら逢引デート気分を味わえたのに。
 国木田君は何も知らない。私の気持ちに気が付いていない。
 私は、彼が好きだ。
 只の同僚として、相棒として彼の隣に立ちながら、別の感情をも抱えてきた。この想いはどうせ成就することはないのだ。だから、間近で彼を見ているだけで良いと思っていたのに。

「見ているだけで良いだなんて、嘘っぱちだ」


《K-SIDE》

 敦と共に社の備品の買い出しを終えた帰路の途中、何気なく向けた視線の先に良く知った顔を捉えた。窓硝子の向こうで優雅に茶を飲んでいる相棒の横顔。
 太宰の奴め、こんなところで油を売っていたのか。今直ぐ店から引き摺り出して社に連れて帰らねば――歯ぎしりをしたのも束の間。
 太宰は近寄って来た女給の手を取り、にこやかに微笑みかける。相手も満更でもなさそうな表情で。
 またか。また、彼奴は戯けた文句で女を口説いているのか。
 そう思ったら、口惜しいような、腹立たしいような――。
「あの、国木田さん? どうしました?」
 何時の間にかその場に立ち止まっていた俺を怪訝そうに敦が見る。何でもないと告げて「次の業務に差し障りが出るな。急ごう」後輩を促して歩き出す。
 歩きながら、先程見た光景を想起する。何時ものことだと云えばそれまでだが、軽佻浮薄に太宰が女を口説くのを目の当たりにする度に胸底がざわついて苛立ちが募った。何故だか自分でも良く解らない。これも、彼の嫌がらせの一つなのだろうか。そんなことを思ってしまう。
 太宰は毎日毎日これでもかと云うくらいに俺の予定を滅茶苦茶に乱して、くだらん厄介ごとを引き起こしては俺を巻き込んで楽しんでいる。遅刻常習犯、仕事サボり魔、史上最悪の迷惑噴霧器、包帯無駄遣い装置。おまけに自殺愛好家ときた。一体彼奴の頭の中はどうなっているのか。幾つか線が切れているのか、頭の螺子が緩んでいるのかもしれない。
 だが時々思うのだ。
 何故、そうまでして死を望むのか。
 常日頃ふざけ倒しているのは、飄々とした態度は、人を欺くための擬態なのではないかと。
 歩調を緩めて再び立ち止まる。こうなったらやむを得ない。頭の中で予定を組み替える。
「敦」
「は、はい」
「すまんが、先に戻っててくれ」
「え? どうしたんですか?」
「あの莫迦を連れ戻して来る」
 俺は後輩に持っていた荷物を半ば強引に押し付けて来た道を引き返した。
 背後で敦が戸惑ったような声を上げていたが、構わずに振り切って駆け出す。
「全く、あの莫迦は――」
 目が離せない。
 何時も何時も。
 うんざりする程に。
 でも。
 こんなにも目が離せないのは、どうしても放っておけないのは――。

 喫茶店のドアを開ける。カランとベルが鳴るのと同時に女給がいらっしゃいませ、と愛想良く微笑む。俺は彼女を無視して太宰が座る卓子テーブルまで大股で歩み寄った。背後から一喝する。

「こんなところにおったか、この唐変木ッ!」
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