戀―REN―

嫉妬の燃やし方

 煙たい匂いが部屋の中まで漂ってきたので、窓の外を見ると庭で太宰が火をおこして何かを燃やしていた。秋晴れの空にもうもうと白煙が昇っていく。
「何をしている」
 国木田が硝子戸を開けて声をかけると彼は屈み込んでいた背を伸ばして振り返った。
「昔貰った手紙を燃やしてるのさ」
 大方、女から貰った手紙だろうと見当をつけた。
 太宰は容姿のせいなのか、はたまた人格破綻した――自殺が趣味と高らかに宣言する男である。悪趣味にも程があると常々国木田は苦く思っているのだが――部分が母性本能をくすぐるのか、色恋沙汰には事欠かない。向こうから近付いてくることもあるが、本人も好みの女を見つけては心中してくれと戯けた文句で口説いている始末である。歯が浮くような気障ったらしい台詞も平気で吐く。
それが妙に様になるから手に負えない。おまけに太宰が見初める相手は国木田から見ても、はっと目を惹くような美女ばかり。面食いなのだ。口説かれる女の方も満更ではない様子だから尚更、国木田は面白くない。
 ――こんな男と付き合ったら苦労するぞ。
 内心で呟きながら、心中を持ちかける太宰を諫めるのが常だった。そうしながら時偶、どうして彼と自分は恋仲であるのか、国木田は不思議に思うのだった。
「女の手紙を燃やして沸かしたミルクを呑んだ男がいるそうだけど。私達はこれ」
 云いながら太宰は火箸で焚き火を掻き回し、焦げたアルミに包まれた物を取り出す。
「薩摩芋か」
「当たり。そろそろ焼けているだろうから、一緒に食べようよ」
 朗らかに笑って太宰は濡れ縁に歩み寄る。火箸に挟んだ薩摩芋の置き処に迷っている彼に国木田は先程まで読んでいた新聞紙を手にして濡れ縁に広げた。その上にころりと紡錐形が転がる。更に太宰は火の中から幾つか芋を取り出して新聞紙の上に乗せた。不揃いな紡錐形達から湯気が立ち上る。
「そんなに芋を焼いたのか。俺達だけでは一度に食い切れんぞ」
 やや呆れたように国木田が云うとへらりと太宰が笑う。
「まとめて焼いた方が面倒がなくて良いかなと思って」
「数日、芋を使ったおかずが並んでも文句を云うなよ」
「解ってるって。君が作ったものは何でも美味しいから食べるよ」
 何でもないように吐かれた言葉に国木田は一瞬、胸を乱して不自然に太宰から視線を逸らし、半ば誤魔化すように云った。
「少し冷ました方が良いな。――茶を淹れてこよう」
「あ、そうだ。国木田君、ついで牛酪バターを持ってきてよ。芋につけて食べると美味しいんだ」
 火の始末はしておくからと請け合って、下火になりつつある焚き火を火箸で掻き回した。

 ふたりは小春日和の陽光が降り注ぐ濡れ縁に並んで腰掛けた。
「あちちッ」
「ほら、貸せ」
 太宰の手から焼きたての薩摩芋を奪うように取って長い指で焦げ臭いアルミを剥いていく。
「君、良く平気だねえ。そんな熱いものを持って」
「これくらい何ともない」
「へえ。よっぽど面の皮が厚いんだねえ、国木田君は」
 可笑しそうに笑う太宰に対して国木田は苦虫を嚙み潰したような酷い仏頂面で吐き捨てる。
「抜かせ。面の皮が厚いのは貴様の方だろうが。大体、貴様は何時も――」
 俺がいながら――言葉が出そうになって慌てて口を噤んだ。
「何時も? なあに?」
 隣を見れば彼は鳶色の眸を猫のように細めてにやけていた。国木田が云いかけた言葉を正しく解している顔だった。
「――別に、何でもない」
 気拙くなって素っ気ない態度で応じるのが精一杯だった。
 国木田はアルミを剥いた芋を半分に割って一方を太宰に差し出す。
「ありがとう」
 受け取ってほくほくと甘い湯気を立てる濃い蜜色をした芋に牛酪を掬って塗り付けると、いただきます――一口齧って満足そうに喜色を浮かべる。
「美味いか?」
「うん。甘くて美味しいよ。牛酪、国木田君も試したら?」
「そうか」
 国木田は出し抜けに太宰の右手首を掴んで引き寄せると薄く開かれた唇に喰らい付いた。舌で柔らかな粘膜を味わう。太宰は予期せぬ彼の行為に驚いて只大きく瞳を見開いてされるがままだった。
「――確かに、美味いな」
 唇が離れて国木田は片頬に不敵な笑みを潜ませながら、これ見よがしに赤い舌で濡れた自身の唇を舐める。目を逸らしたのは太宰の方で。
「……本当、君ってそう云うところがさあ」
 後に続く言葉はなく尻窄みになる。俯く彼の白い頬は羞恥に染まるばかりであった。反対に一矢報いたとばかりに国木田は涼しい顔色。
「これくらいしても、罰は当たるまい」
 そう云って手にした焼き芋を齧る。美味いなと独りごちる国木田の端正な横顔をそっと盗み見て太宰は思う。失敗した、と。
 何時だって自分を見て欲しくて、その視線を釘付けにしたくて、戯れに女性を口説いたり、恋文を受け取って彼の嫉妬心をわざと煽っていたけれど。今日だって期待して庭で焚き火までしたのに――。
 焚き付けられてしまったのは、心底彼に惚れていると自覚させられたのは、結局、自分の方だったのだ。
 太宰は牛酪が溶けた蜜色の断面を見詰めて、静かに溜め息を吐いたのだった。

 ――庭には、冷えた灰が暖かな陽射しを受けて白んでいた。
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