戀―REN―

優しい暗闇

 私は闇の中にいる。目を開けることは出来ない。目隠しをされているから。視覚をとざされているせいで、他の感覚が鋭敏になる。
 太宰、と甘く掠れた声が耳朶に触れる。
 彼の声音が何時もより官能的に響くのは暗闇の所為。
 頬に温かな体温を感じる。国木田君の大きな手を思い描いて優しく撫でる温度を辿る。筋張った長い指を持つ右手。形の佳いその手はどれだけ私に安息と愛情とを与えてくれることだろう。滾々と湧き出る清い泉のように彼は私の裡を充たす。余すことなく、隈なく、隅々まで、ずっと。
 私も手を伸ばして彼に触れる。手探りで肌の滑らかな質感を、彼の確かな輪郭を捉える。触れているのはどうやら鎖骨の辺り。国木田君のはっ、と熱い息が洩れるのを感じて躰の深い部分がきゅんと呼応する。愛しさが募ってやがて彼に向けて溢れ出す。
 このどうしようもない愛しさは何処からくるのだろう。誰に教えられた訳でもないのに、人を好きになるその不思議さ。生きることに根差した本能か。
 睦み合い、愛し合うことで織り上げられていくのは何であろう。
 それはきっと生きる理由。
 鎖骨に沿って指先を滑らせれば彼との距離が縮まる気配がして、そのまま唇が合わさった。
 耳元で名前を呼ばれる。情愛に染まった声色で。
 闇の中でうっとりと国木田君の声に、言葉に耳を傾ける。
 ――太宰、愛してる。
 こんなに優しい暗闇なら、もう怖くはない。
 私の中にある暗闇も何時かきっと。
 優しさに溶けてゆく。
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