戀―REN―

背中

 同じ布団に収まって、後ろからぎゅっと国木田君に抱き着く。広い背中に耳を押し当てると、
「太宰?」
 躰を通して響く彼の声に胸の奥が仄かに温かくなる。大好きな人の体温と匂いに顔をうずめると「どうした?」彼が緩くかぶりを巡らせる。解いたままの長い後ろ髪がさらりと背に揺れ零れて視界の端で薄青い闇に煌めいた。
 この世にある全ての光を集めたような、祝福された金色は私のアリアドネの糸。
「国木田君の背中、好きだなあと思って」
 しなやかな筋肉に覆われた広い背中は真っ直ぐで彼の性質をそのまま表しているようで。私を何時も優しく受け止めてくれる背中。そして命を丸ごと預けられる信頼の背中でもある。彼は決して、裏切らない。他者も己自身も。
 だけれども、私は知っている。
 揺るぎない信念を背負うこの背が幾度、傷付いてきたかを。その傷はやがて彼の強さに、掲げた理想を輝かすきずとなってあでやかに咲いている。
 顔が見たい――国木田君の手が私の縛めをそっと解いて身を反転させる。そうしてからコツリと額を合わせて互いに瞳の奥を覗き込んだ。色素の薄い双眸に私の虚像が映り込む。私の眸の中にも、きっと彼がいる。彼は温かな灯火となって私の裡に在る。潰えることのない、光。
 国木田君が小さな声で囁く。内緒話をするみたいに。
「……太宰」
「うん?」
「太宰」
「なあに」
「……只、呼んでみただけだ」
 国木田君は少し恥ずかしそうに僅かに目を伏せる。
「ふふ、変なの」
 くすりと笑うと彼も微かに笑む気配を漂わせて、もう一度名を呼ばれた。湿度のある、艶めいた声音で。情の籠ったそれはいとも容易く私の鼓動を乱す。躰が甘い熱を帯びて、もっと国木田君に触れて欲しくなる。私もまた、彼の躰の輪郭をなぞって愛したい意思を伝える。背中に腕を回して寝間着の上から隆起する筋肉、肩甲骨の辺りを愛撫すると彼は一瞬、息を詰めた。私だけが知っている愛しい人の官能の在り処。一緒に覚えた官能の言語が此処に眠っている。
「……太宰。愛させてくれ」
 良いか――耳元で問われて返事の代わりに彼を抱き締める腕に力を込めた。

 夜の闇は只管ひたすら暗く、冷たいものばかりだと思っていたけれど。
 彼を知ってからずっと優しいものになった。
 夜陰に紛れて、一緒に溺れていく。
 その広い背中に、与えられる愛に。
 躰と心とを、繋いだまま。
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