戀―REN―
Dolci labbra
――接吻 すると甘い香りがする。
強請るように太宰は国木田の歯列を舌尖で訪 うと柔いそれを受け入れるために開かれた。挿し入れた舌は絡んで纏わり、縺れる。黒い襯衣 を握り込む指先は白く色を失くして目許が薔薇色に仄めく。大きな手は黒褐色の蓬髪を 梳 り、唇の熱を味わった。息が続くまで、その限界まで深い接吻をして、やがて細い糸を引きながら口付けがほどけた。どちらもほう、と息を深く吐く。籠った熱をのせた吐息が閨の予感を連れてくる。
「国木田君、唇が乾燥してるね」
「む。そうか?」
国木田はまだ熱が宿った自身の唇に触れる。指先でなぞると確かに少しかさついていた。
「そう云えばお前は何時もしっとりしてるな」
云いながら向かいに座る太宰へ手を伸ばして色付いた口唇をふにふにと人差し指で押す。柔らかく弾力のある唇は潤って瑞々しく、微かに蜜のようなとろりとした香りを放つ。形の佳いそれは宙を跳ねる蝶を誘い入れる美しい花のようだ。ちらりと見える白歯と口腔の赤さが国木田の睛眸 に慾を滾らせ、熱く潤む。
ちょっと――やや不快そうな色を滲ませて何時までも唇を弄ぶ指を太宰は斥けた。すまんと云いながら国木田は指先に残る唇の感触を自身のそれに移すように乾いた下唇を軽く押す。
初めて太宰と接吻をした時、その唇の柔らかさに驚いた。そんなことを云うと「国木田君だって柔らかいよ」太宰はそう云うが自分では良く解らない。やはり彼の方がずっと柔らかくて気持ちが良いように思うのだ。
「リップクリーム持ってないの?」
問われて国木田は「否、確かこの辺にある筈だが」背後にある棚を漁る。きちんと片付けられた棚を上から順に検めたが目的のものは出てこない。もしかしたらこの間掃除した時に古くなったからと捨てたのかもしれなかった。
国木田がごそごそと抽斗の中を引っ搔き回しているのを見て太宰は立ち上がり、衣紋掛 に掛けた外套の衣嚢 からリップクリームを取り出した。 蓋 を外す。
「国木田君、こっち向いて」
振り返る色素の薄い瞳を笑顔で捉えて細い顎に左手をかける。一体何だと薄く口を開きかけたところで甘い香りを漂わせた蠟の質感が国木田の唇の上を滑った。何でもないその動作に刹那、鼓動が大きく跳ねた。耳に朱が灯ってじんわりと熱を持つ。一方、太宰はそんな彼の様子に気が付いていないのか「このリップクリーム結構良いよ」手にしたリップクリームを口元に持っていく。と、徐に国木田が華奢な手首を掴んだ。鳶色の瞳が訝しげに瞬かれる。
「何?」
「貸せ」
ひょいと体温の低い手からリップクリームを取り上げると接吻 の前触れの如く、頤を捉えて花弁 のような桜唇に丁寧な所作で薄く塗り付けた。太宰はその間、目を瞑っていた。たった数秒間の出来事であったが、目を開けていることが出来なかったのだ。
思いの他――否、想像以上に恥ずかしい。
先の口付けで差した血色が一層濃くなる。
薄く目を開くとじっと見詰める勁 い双眸と出会った。唇から香る淡い匂いに惹かれるように精悍な貌 が近付いてきて、息が触れ合う距離に再び長い睫毛を垂れた。お互いの唇を享受する。只、唇を合わせているだけなのに、こんなにも気持ちが良い。
「……せっかく塗ったのにリップクリーム、取れちゃうね」
「また塗れば良いさ」
「塗り合いっこする?」
目で笑いながら軽口を叩くと国木田は「後でな」もう一度唇を寄せて来る。太宰は目蓋を閉じて口付けを受けた。
重ねた唇は甘く、その間 から漂う香りは尚甘く。
――
強請るように太宰は国木田の歯列を舌尖で
「国木田君、唇が乾燥してるね」
「む。そうか?」
国木田はまだ熱が宿った自身の唇に触れる。指先でなぞると確かに少しかさついていた。
「そう云えばお前は何時もしっとりしてるな」
云いながら向かいに座る太宰へ手を伸ばして色付いた口唇をふにふにと人差し指で押す。柔らかく弾力のある唇は潤って瑞々しく、微かに蜜のようなとろりとした香りを放つ。形の佳いそれは宙を跳ねる蝶を誘い入れる美しい花のようだ。ちらりと見える白歯と口腔の赤さが国木田の
ちょっと――やや不快そうな色を滲ませて何時までも唇を弄ぶ指を太宰は斥けた。すまんと云いながら国木田は指先に残る唇の感触を自身のそれに移すように乾いた下唇を軽く押す。
初めて太宰と接吻をした時、その唇の柔らかさに驚いた。そんなことを云うと「国木田君だって柔らかいよ」太宰はそう云うが自分では良く解らない。やはり彼の方がずっと柔らかくて気持ちが良いように思うのだ。
「リップクリーム持ってないの?」
問われて国木田は「否、確かこの辺にある筈だが」背後にある棚を漁る。きちんと片付けられた棚を上から順に検めたが目的のものは出てこない。もしかしたらこの間掃除した時に古くなったからと捨てたのかもしれなかった。
国木田がごそごそと抽斗の中を引っ搔き回しているのを見て太宰は立ち上がり、
「国木田君、こっち向いて」
振り返る色素の薄い瞳を笑顔で捉えて細い顎に左手をかける。一体何だと薄く口を開きかけたところで甘い香りを漂わせた蠟の質感が国木田の唇の上を滑った。何でもないその動作に刹那、鼓動が大きく跳ねた。耳に朱が灯ってじんわりと熱を持つ。一方、太宰はそんな彼の様子に気が付いていないのか「このリップクリーム結構良いよ」手にしたリップクリームを口元に持っていく。と、徐に国木田が華奢な手首を掴んだ。鳶色の瞳が訝しげに瞬かれる。
「何?」
「貸せ」
ひょいと体温の低い手からリップクリームを取り上げると
思いの他――否、想像以上に恥ずかしい。
先の口付けで差した血色が一層濃くなる。
薄く目を開くとじっと見詰める
「……せっかく塗ったのにリップクリーム、取れちゃうね」
「また塗れば良いさ」
「塗り合いっこする?」
目で笑いながら軽口を叩くと国木田は「後でな」もう一度唇を寄せて来る。太宰は目蓋を閉じて口付けを受けた。
重ねた唇は甘く、その