1話
夢小説設定
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ドーナツ屋の前。店先には、ビラにあった記念品が山のように積まれている。どうやら、風呂敷に湯呑みとマスコットが包まれているようだ。
そこで受付を終えた葵は、集合した人の塊の後ろあたりに誘導された。来た順でスタート位置が決まるらしい。そして気がついた。集まっている人々の空気が戦場のそれと似ていると。参加者のほとんど女性だが、年齢の幅は広い。彼女たちのピンッと張り詰めた緊張感と、敵将の首を狩らんとする静かな殺気。葵もつられて緊張していく。
ここ本当にドーナツ屋だよね。何度か信女と来たことがある美味しいドーナツが置いてあるお店だよね、と葵の心の中は半ばパニックだ。場違いなところに来てしまったのではないか。きょろきょろ見回していると、メガホンを持った店の従業員が記念品の山の前にやってきた。
「えー、皆さま。本日はお集まりいただきありがとうございます。これより秋のドーナツ収穫祭!欲しいものは自らの手で掴み取れ!周年記念争奪戦!を始めます。いいですか、実力が全てです!怪我した場合、当店は一切責任はとりません!」
人々が沸き立つ。そういうのもありなんだ。ようやくこの空気感に慣れてきた葵は気を引きしめる。
「私がせーの、始め!と言ったら開始ですからね。始め!の前にせーの、がありますからね」
「焦らしなげーよ!」
「いいからさっさと始めてよ!!」
従業員のしつこい念押しに、痺れを切らした人々が言い放つと、そうだそうだとブーイングの合唱が後を追った。従業員は咳払いをひとつ。
「失礼いたしました。それでは、せーの」
空気が明確に変わった。
「始め!」
一斉に飛び出した人々に圧倒され一歩遅れた葵だが、負けじと記念品に向かって走る。おしくらまんじゅうのようにぎゅうぎゅうと周りの人に押し潰されながら、徐々に前に前に向かう。
押しのけ、押しのけられ。ようやく辿り着いた最前線で見えたのは最後の一個。手を伸ばして掴むと、反対側を別の手が殆ど同時に掴んだ。
「あ」
思わず顔を見合わせる。可愛らしいチャイナ服の少女はまんまるな目を瞬かせた。
「先に掴んだは私ネ。諦めてさっさと手を離せヨ」
可愛い顔と声から聞き捨てならない言葉が吐き出される。ぐっと少女が力を込めて引っ張るのが分かり、対抗して葵も力を込める。
「いいえ、先に持ったのは私。あなたこそ離したら?」
ピリッと二人の空気がひりつき、冷えていく。風呂敷の端がピリッといった気がしたが気のせいだろう。
「譲る気はないようアルな」
「そっちこそ。……こうなったら」
「実力行使ネ!」
振り上げられた足を咄嗟に片腕を上げて防ぐ。じんじんと骨に走った衝撃で痺れる痛みを無視して、チャイナ服少女の片足を狙って足払いを仕掛ける。だが、上に跳んだ少女に攻撃は避けられてしまう。ニッと笑った少女から繰り出される空中からの蹴りを避け、葵と少女は再び向かい合う。
「なかなかやるわね」
「オネーサンもやるアルね。でも焼肉のために負けられないネ」
「……焼肉?ドーナツじゃないの?」
思っても無かった単語が出てきて驚く葵に少女は頷く。
「私たちは依頼されてこれに参加してるネ。ドーナツの券はいらないケド、記念品が欲しいって。報酬は焼肉食べ放題アル」
へぇ、と独りごちる。依頼ならそれを達成させないといけないのは目の前の少女も葵も同じ。ただ、求めているものが違う。それなら、無意味な争いをする必要はないのではないか。なおも力が緩まらない少女に、葵はひとつ提案をすることにした。
「私はドーナツの券だけが欲しいの。だから、良かったら分けない?」
「ウーン。……でも私ドーナツも食べたいヨ」
「……新作じゃ無くても良いなら、私が奢るわ」
「ヨッシャ!その案乗ったネ!」
飛び上がって喜ぶ少女に、ほっと息を吐く。彼女と戦いを続け、勝てる自信は無かった。それに信女から頼まれたことを達成できそうで安心する。
「終了ォオオ!自らの手で掴み取った皆さまおめでとうございます!新作の引き換えは店内で行っております!いつものドーナツもぜひお願いいたします!」
メガホンを通した店員の声を聞きながら、少女から記念品を受け取る。新作の引き換えと通常のドーナツを買いに行こうとして、葵は足を止める。私たちは依頼されて参加したと少女は言っていた。他にも数人いるなら、その人たちの分もあった方が良いかと思ったのだ。大人数いるなら、さすがに少女一人分だが。
「そういえば私たちって言ってたけど、他にもいるの?」
「あそこの役立たず二人ネ」
親指で指された先には、二人の男性が立っていた。争奪戦でもみくちゃになったのか、服や髪などがぼろぼろになっていた。三人分なら二個ずつ食べられるくらい買っても良いか。疲れきった顔を見て葵は買う個数を指折り数える。
「開始そーそー吹き飛ばされてあのザマヨ」
「スタートダッシュ凄かったもんね」
気を抜いていれば葵も同じような目に遭っていた可能性がある。南無、と思わず心の中で手を合わせた。
「それじゃあ、引き換えてくるから、少し待っててもらってもいい?」
笑顔で頷いた少女に見送られて店内に入る。同じく記念品を持った人々の列に並びながら、遠目でドーナツのショーウィンドウを眺める。信女にも新作だけではなく、いつものも買って帰ろう。お疲れ様も込めてだ。
そういえば、先程の少女たちに苦手なものがあるかどうか聞くのを忘れていた。三人いるし、苦手なものがあっても誰か食べられるか。ランキング上位とアピールする掲示物から適当に選び、無事に信女の依頼を達成したのだった。
そこで受付を終えた葵は、集合した人の塊の後ろあたりに誘導された。来た順でスタート位置が決まるらしい。そして気がついた。集まっている人々の空気が戦場のそれと似ていると。参加者のほとんど女性だが、年齢の幅は広い。彼女たちのピンッと張り詰めた緊張感と、敵将の首を狩らんとする静かな殺気。葵もつられて緊張していく。
ここ本当にドーナツ屋だよね。何度か信女と来たことがある美味しいドーナツが置いてあるお店だよね、と葵の心の中は半ばパニックだ。場違いなところに来てしまったのではないか。きょろきょろ見回していると、メガホンを持った店の従業員が記念品の山の前にやってきた。
「えー、皆さま。本日はお集まりいただきありがとうございます。これより秋のドーナツ収穫祭!欲しいものは自らの手で掴み取れ!周年記念争奪戦!を始めます。いいですか、実力が全てです!怪我した場合、当店は一切責任はとりません!」
人々が沸き立つ。そういうのもありなんだ。ようやくこの空気感に慣れてきた葵は気を引きしめる。
「私がせーの、始め!と言ったら開始ですからね。始め!の前にせーの、がありますからね」
「焦らしなげーよ!」
「いいからさっさと始めてよ!!」
従業員のしつこい念押しに、痺れを切らした人々が言い放つと、そうだそうだとブーイングの合唱が後を追った。従業員は咳払いをひとつ。
「失礼いたしました。それでは、せーの」
空気が明確に変わった。
「始め!」
一斉に飛び出した人々に圧倒され一歩遅れた葵だが、負けじと記念品に向かって走る。おしくらまんじゅうのようにぎゅうぎゅうと周りの人に押し潰されながら、徐々に前に前に向かう。
押しのけ、押しのけられ。ようやく辿り着いた最前線で見えたのは最後の一個。手を伸ばして掴むと、反対側を別の手が殆ど同時に掴んだ。
「あ」
思わず顔を見合わせる。可愛らしいチャイナ服の少女はまんまるな目を瞬かせた。
「先に掴んだは私ネ。諦めてさっさと手を離せヨ」
可愛い顔と声から聞き捨てならない言葉が吐き出される。ぐっと少女が力を込めて引っ張るのが分かり、対抗して葵も力を込める。
「いいえ、先に持ったのは私。あなたこそ離したら?」
ピリッと二人の空気がひりつき、冷えていく。風呂敷の端がピリッといった気がしたが気のせいだろう。
「譲る気はないようアルな」
「そっちこそ。……こうなったら」
「実力行使ネ!」
振り上げられた足を咄嗟に片腕を上げて防ぐ。じんじんと骨に走った衝撃で痺れる痛みを無視して、チャイナ服少女の片足を狙って足払いを仕掛ける。だが、上に跳んだ少女に攻撃は避けられてしまう。ニッと笑った少女から繰り出される空中からの蹴りを避け、葵と少女は再び向かい合う。
「なかなかやるわね」
「オネーサンもやるアルね。でも焼肉のために負けられないネ」
「……焼肉?ドーナツじゃないの?」
思っても無かった単語が出てきて驚く葵に少女は頷く。
「私たちは依頼されてこれに参加してるネ。ドーナツの券はいらないケド、記念品が欲しいって。報酬は焼肉食べ放題アル」
へぇ、と独りごちる。依頼ならそれを達成させないといけないのは目の前の少女も葵も同じ。ただ、求めているものが違う。それなら、無意味な争いをする必要はないのではないか。なおも力が緩まらない少女に、葵はひとつ提案をすることにした。
「私はドーナツの券だけが欲しいの。だから、良かったら分けない?」
「ウーン。……でも私ドーナツも食べたいヨ」
「……新作じゃ無くても良いなら、私が奢るわ」
「ヨッシャ!その案乗ったネ!」
飛び上がって喜ぶ少女に、ほっと息を吐く。彼女と戦いを続け、勝てる自信は無かった。それに信女から頼まれたことを達成できそうで安心する。
「終了ォオオ!自らの手で掴み取った皆さまおめでとうございます!新作の引き換えは店内で行っております!いつものドーナツもぜひお願いいたします!」
メガホンを通した店員の声を聞きながら、少女から記念品を受け取る。新作の引き換えと通常のドーナツを買いに行こうとして、葵は足を止める。私たちは依頼されて参加したと少女は言っていた。他にも数人いるなら、その人たちの分もあった方が良いかと思ったのだ。大人数いるなら、さすがに少女一人分だが。
「そういえば私たちって言ってたけど、他にもいるの?」
「あそこの役立たず二人ネ」
親指で指された先には、二人の男性が立っていた。争奪戦でもみくちゃになったのか、服や髪などがぼろぼろになっていた。三人分なら二個ずつ食べられるくらい買っても良いか。疲れきった顔を見て葵は買う個数を指折り数える。
「開始そーそー吹き飛ばされてあのザマヨ」
「スタートダッシュ凄かったもんね」
気を抜いていれば葵も同じような目に遭っていた可能性がある。南無、と思わず心の中で手を合わせた。
「それじゃあ、引き換えてくるから、少し待っててもらってもいい?」
笑顔で頷いた少女に見送られて店内に入る。同じく記念品を持った人々の列に並びながら、遠目でドーナツのショーウィンドウを眺める。信女にも新作だけではなく、いつものも買って帰ろう。お疲れ様も込めてだ。
そういえば、先程の少女たちに苦手なものがあるかどうか聞くのを忘れていた。三人いるし、苦手なものがあっても誰か食べられるか。ランキング上位とアピールする掲示物から適当に選び、無事に信女の依頼を達成したのだった。