一年生冬編 花嫁修業と、優しい国を作るための一歩(終章)

 ラウレール邸生活二日目。
 私に専属のメイドさんがつきました。名前はルビーさん。
 私より七つ年上。赤毛で、三つ編みが良く似合うお姉さんです。
 ルビーさんが目をキラキラさせながら言います。

「アラセリス様の服を作りましょう!」
「服ですか」

 通学用にとイワンが用意してくれたものがクローゼットに何着かありますが、それだけでは不足ということでしょう。

「アラセリス様。魔法学院のご学友が週に二日以上同じ服を着てきたことがありましたか?」
「いいえ、ないです」

 思い起こしてみれば、ミーナ様もクララさんも毎日違う服を着ていました。庶民なら着回しするから、組み合わせは違えど三日に一回はスカートがかぶります。

「そうでしょう。服装でその家の財力を見る者もいるのです。おわかりいただけますね。それとお茶会に招かれたときに着ていく、社交会用の服も一式」
「ひえぇ」

 マナーの講習以外にも、やらなきゃならないことは山積みですね……。


 その日のうちにマダムコンチータが来てくれました。

「これからもお世話になります、コンチータさん」
「こちらこそ、よろしくお願いします、アラセリス様。坊っちゃんと当工房にいらしてくださったときから、こんな日が来ると思っておりましたわ」

 マダムったら目に涙を滲ませています。

「魔法の訓練で走り回ることも多いので、飾り気より、動きやすさ重視にしてほしいです」
「かしこまりました」

 マダムが用意してくれたデザイン画は素敵なものばかりで、目移りしちゃいます。
 マダムに任せれば大丈夫という絶対的信頼感があるので、届くのを待ちましょう。


 マダムが帰ってから、ルビーさんが切り出しました。

「お夕食までまだ時間がありますし、お茶はいかがですか」
「お願いします」
「すぐに用意いたします」

 ルビーさんは丁寧にお辞儀をして、部屋を出ていきました。


 一人になったとたん、緊張の糸が切れました。
 お茶の用意、自分でしますって言ったら怒られるでしょうか。
 実家にいる頃は自分でしていたので、何から何までお世話されるのってなんだか落ち着かないです。

「と、とりあえず教本を読みましょう」

 イワンは領地の仕事をしないと行けないということで日中いないので、勉強して気を紛らせます。

 ティーセットをワゴンに載せて、ルビーさんが戻ってきました。

「お待たせいたしましたアラセリス様。本日のお茶はラウレール領で採れた茶葉ですよ」
「わぁ、そうなんですね。ありがとうございます」

 教本を片付けてテーブルにつきます。

「いただきます」

 温かなカップに口をつけると、紅茶は火傷しないような程よい温度になっています。でもぬるいというわけではない。プロの技ですね。
 そして鼻に抜けるまろやかな香り。

「美味しい!」
「気に入っていただけて何よりです。イワン様から、アラセリス様の食事の好みを聞いておりましたので」
「そうだったんですか」

 イワン、私が知らない間に色々してくれていたんですね。年配の執事さんからは恐れられているように見えましたが、ルビーさんはそうでもないのでしょうか。
 イワンと普通に話をしている?

「イワンは、みなさんと普通に会話するんです?」 
「いいえ。イワン様は屋敷で、ご当主様以外の誰とも話しませんでした。今回、わたしも初めてまともに会話したのです。『アラセリスのことをよろしく頼む』と、それはもう丁寧に頼まれました」

 イワンの方からも使用人のみなさんと距離を取っていたんですね。
 私も、中等学校時代に冷たくしてくる子とそのお友達には極力近づかないようにしていましたし、同じなのかもしれません。
 悪意があるわけでなく、傷つきたくないから避けていたんだと思います。

「これまで知る機会がありませんでしたが、イワン様も家族を大切にする優しいお方なのだとわかって、なんだか安心しました」
「そうです。イワンは不器用なだけで、本当は優しいんですよ。使い魔の小鳥ちゃんみたいなものです」

 イワンのこと理解しようとしてくれる人がこの屋敷にもいた。
 それがわかってなんだか嬉しかったです。


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