一年生秋編 交換留学生が来る秋、イワンのいない秋。

 交換留学が終わり、まずセシリオに報告する。
 あちらの国での待遇や生活の様子、学校で学べることなど。
 この二ヶ月でまとめた報告書の束はかなり分厚い。

 セシリオは城の執務室で報告書を一枚ずつめくっていく。

「そうか。ルシールに悪印象を持っている者は半々といったところか」
「こちらも同じようなものだろう。魔族と聞いただけで警戒する人間は少なくない。でも同時に、知りたいと思っている者もそれなりの数いる」

 留学中、ルシールでの生活の様子もよく聞かれた。
 終戦後から今日《こんにち》まで国交は手探り状態でごく僅かなものだったから、互いの国を知りたくても知るすべは少なかった。

「人間ばかりの国ってどんな感じ? 空を飛べる人がいないって本当? って質問攻め。この分なら今後の交換留学もうまく行くんじゃないか。人選は慎重にするべきだとは思うが」
「報告ご苦労さま。君が行ってくれて、本当に助かったよイワン。これだけのことがわかったのはかなりの収穫だった」
「別に、かまわない」

 他の誰も行きたがらなかったから、オレが行くしかなかった。
 留学打診を断った生徒たちを責める気にはならない。
 アウグストを恐れる気持ちがあるというのは、まだ二国間に禍根が残っているという証拠でもある。

 国交が正常化するのは何年先になるだろう。
 報告書から顔を上げて、セシリオはフッと笑う。

「そうそう。イワンが国を離れている間、アラセリスくんがかなり寂しがっていたよ。生徒会の仕事をしているときだって、空席になっているイワンの席を気にしていたり、心ここにあらずでぼんやりしてたり。愛されてるねぇイワン」
「……それを聞かされてオレはどう反応すればいいんだ」
「その反応を見たかったんだ。イワンも照れることがあるんだね」

 警護としてセシリオの隣に立っていたウィルフレドが吹き出した。
 慌ててなんでもない顔を取り繕う。
 
「笑うなウィルフレド」
「失敬。イワンはあんなにひねくれていたのに、変われば変わるものなのだなと」

 昔からセシリオの護衛だったこともあり、ウィルフレドはオレたちの兄貴分のような立ち位置にある。
 コメントが保護者目線なのがなんとも腹立たしい。

「そうやって笑うけれど、ウィルも婚約者ができれば変わるんじゃないかな。恋は人を変えると言うし」
「まさか。私は職務の事以外……」
「例えば会長……ギジェルミーナ嬢から婚約打診されても? 君はとりわけ彼女に優しいように見えるから」
「は? え、いや、あの、そんなことは……、ギジェルミーナ様は確かに可愛らしい方ですが、公爵家の令嬢ですし、下位の私が釣り合うわけが」

 少しでも気持ちがあるのか、あからさまにうろたえている。

「本人の気持ち次第じゃないのか。オレとアラセリスなんて家格が違うどころか貴族と庶民だ」
「そ、それは……と、とにかく。私と婚約云々の話を出すなんて、ギジェルミーナ様に失礼でしょう。彼女にも想う人がいるかもしれませんし」

 海で合宿したとき、会長はかなりわかりやすくアプローチしていたのにな。気づいてないのはとうのウィルフレドだけとは哀れな。

 セシリオもとっくに気づいているみたいな顔をしている。
 オレはセシリオと視線を合わせ、鈍すぎる兄貴分の様子に肩をすくめた。


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