一年生春編 運命に翻弄される春

 アルコン魔法学院には食堂舎があります。
 七種のメニューから選べます。その七種も毎日変わるので、目移りしてしまいます。

 これまでの学校ではお弁当持参でしたから、最初見たとき驚きました。
 今日はミーナ様のオススメ、春野菜のサンドイッチをいただきます。

「ああ、おいしい……。セットについているポタージュも最高です」
「そこまで美味しそうに食べてくれるなら、アタシもすすめた甲斐があるわ」

 向かいに座るミーナ様は食後のお茶を飲み、口元を拭きながら言います。
 そういえば生徒会会計の話はどうなったでしょう。
 もう誰か決まったでしょうか。

 役員になればミーナ様といる時間が増えます。
 ですが、もれなく副会長セシリオ様と書記のイワン様がついてくる。
 つまりお二人と率先して関わることになります。
 ミーナ様は時計に目をやると、空になったトレーを給仕係のお姉さんに渡して立ち上がります。

「ごめんなさい、セリスさん。休憩時間のうちに生徒会の仕事をやらないといけないの。今日はこれで失礼するわね」
「はい。お仕事頑張ってくださいね」

 ミーナ様と入れ替わるように、イワン様が近づいてきました。

「アラセリスさんじゃないですか。混雑していますし、同席してもかまいませんね」

 お茶を手にしたイワン様が、返事を待たず私の隣に座りました。混み合っているので知人の隣。そう選択するのはわかります、わかるけれど警戒してしまいます。

 昨日私にあんなことをしておきながら、何もなかったような顔をしてやがります。

「あのときのこと、誰にも聞かれなかっただろ。それに会長も、他の人を会計にしたなんて言っていない」

 私にしか聞こえないよう、小声でイワン様が囁きます。
 ええ。不思議でなりませんでした。
 今日学院にきてから一度も、何も聞かれていないのです。イワン様と喧嘩したのか、とか何かされたのか、とか。昨日、あの場にクラスメートが何人もいたのに。

「忘却術はオレが最も得意とする術なんだ。会長には今朝すぐに魔法をかけた。昨日何があったのか、覚えているのはオレとお前だけ。会計になるって言えば何もせず済んだのに」

 イワン様は人を苛立たせる天才なのでしょうか。言葉の毒々しさに似合わず、優雅な手つきで紅茶を口に運んでいます。

「なぜかお前にだけオレの術が効かないから、消せなかったんだよ。まいった」
「あなたなんかとキスしたこと、忘れさせてくれるなら綺麗に忘れたかったです」

 笑顔で答えると、イワン様のかぶっていた猫が落ちました。

「ほんとムカツクな。顔はいいのにひねくれ者だなんてもったいない」
「その言葉そっくりお返しします。イワン様は喋るとすべてが台無しになるので、黙っていたほうがいいと思います」

 見えない火花が散っているような気がします。ムカつくならわざわざ私の隣に来なくてもいいのに。

「お、アラセリスじゃん。お前もサンドイッチか」

 ローレンツ様がサンドイッチの皿を片手に持ち、私の前に座りました。
 ……サンドイッチの量が尋常じゃありません。何人前食べるつもりでしょう。目算で七人前くらいあります。

「た、たくさん食べるんですね」
「頭を使うと腹が減るんだよ」

 ローレンツ様は、飲み物かって勢いでサンドイッチを口に押し込んでいく。できたら、味わったほうがいいと思います。

「へぇ。ローレンツには使うほどの頭があったのか」
「うるへー、イワン!」

 素のままで毒を吐くイワン様、それに驚く素振りもないローレンツ様。

「お二人は知り合いですか」
「俺もイワンも、親がどっちも国王に仕えてるからな。セシリオとイワンは幼馴染みってやつなんだ」

 説明されて納得しました。道理で、セシリオ様がローレンツ様に対して親しい人ならではの応対をしているように思えたのは、気のせいじゃなかったようです。

「アラセリス。こいついい子ちゃん面して性格悪いから気をつけろ。泣かされたら俺が殴り飛ばしてやるから言えよな」
「じゃあ今すぐにイワン様を殴ってください。私はとっても怒っています」

 イワン様が舌打ちしました。

「くそ、お前本っ当に嫌な女だな」
「嫌な女でけっこうです。あなたもじゅうぶん嫌な人です」

 再び一触即発になる私たちを止めに入ったのは、ローレンツ様でした。

「あー、うん。何があったか知らんがお前ら落ち着け? 目の前で喧嘩されるとメシがまずくなるからやめてくれ」
「あ、はい。すみません」
「ローレンツに言われるようじゃお終いだな」

 自嘲気味に言って、イワン様は食堂から出ていきました。


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