一年生秋編 交換留学生が来る秋、イワンのいない秋。

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 翌日は学院がおやすみだったので、イワンとルシール湖畔に来ています。

 春先に二人で来たときには、湖沿いに植えられた木々に青い葉が茂っていましたが、今では赤や黄色に色づいて降り注いでいます。

 広場を走れば、靴の裏に枯れ葉の感触。
 足元に積もった木の葉は緑から黄色、黄色から赤にグラデーションしていて、一枚づつ微妙に色味が違います。
 吐いた息が白くなってかすんでいく。

「きれいですね〜。ずっと眺めていられます」

 降ってくる木の葉を追いかけていると、後ろを歩くイワンにマフラーを掴まれました。

「今日ここに来た目的を忘れたのか?」
「忘れてませんよ。レストランのオーナーさんが、再建できたから消火活動のお礼にって、招待してくれたんです」

 あのとき火事で焼けてしまったレストランは修繕が終わり、このたびリニューアルオープンすることになったのです。

 その最初のお客様になってほしい、と招待状がきたのです。

「イワンは大丈夫ですか」
「アラセリスの反応を参考にするしかない」

 イワンの食事情を知る人は少ないですし、善意で招待してくれたので無碍むげにできません。

「むむむ。責任重大ですね。美味しそうに食べる練習をしたほうがよかったですか」
「特に演じなくてもお前は普段から美味そうに食べるから、深く考えなくていい」

 ……褒められているのでしょうか。
 判断つきかねます。


 木造のお店は落ち着いた雰囲気で、入り口に下げてある古風なデザインのベルがいい感じです。

「いらっしゃい! イワンさん、アラセリスさん。待っていましたよ」

 オーナーさん自らお出迎えしてくれて、心尽くしのお料理をごちそうになりました。

 秋魚《あきさかな》のロヒケイット、グラタン、焼きたてのバケット。デザートにはもも栗ケーキです。
 ロヒケイットっていうのは、簡単に言うとお魚とお芋たっぷりのミルクスープのことです。
 お芋に香草と秋魚の味がしみていて、とても美味しいです。パンにもよく合います。

 美味しいって幸せですね。

 イワンは向かいの席で口元に手を当て、笑っています。
 
「何がおかしいんです」  
「お前は食べてるとき、ほんとうに幸せそうだな」
「だって美味しいんですもの。とくに海ヒツジのチーズやミルクを使った料理って好きなんです」

 ふふふ。グラタンも最高ですね。玉ねぎの甘みと生クリームのまろやかさが活きてます。ほっぺたが落ちます。

 空いた食器を下げながら、オーナーさんがはにかみます。

「そこまで喜んでもらえるなら、招待した甲斐があるよ」
「こちらこそ、ありがとうございます。すごく美味しかったです。今度来るときはお母さんや弟も連れてきますね」
「嬉しいこと言ってれるねえ」
「オレも父に紹介するよ。魚料理がすごく良いって」

 イワンも全部きれいに食べて、笑顔でオーナーさんにお礼を伝えました。

 帰り際にはお土産にクッキーまで持たせてくれました。至れり尽くせりですね。

「アラセリスが一緒で助かった。オレひとりだと味がわからないから、本来の味とずれた感想を言うことになってしまう」
「私は思った感想をそのまま言っていただけですよ」
「そういう素直なところは美点だな」
「えへへ。褒められました」

 
 あと数日で、イワンはまた留学先に行ってしまう。
 一緒にいられる時間、一分一秒だって無駄にしたくないです。
 日が傾きはじめた空を見て思います。
 まだ帰りたくないな。帰ったら一日が終わってしまいます。
 立ち止まった私の顔を覗き込むようにして、イワンが言います。

「……せっかくここまで来たから、もう少し歩くか」

 帰りたくないと思ったこと、気づいてくれたんですね。さり気ない優しさが嬉しいです。

「はい!」

 差し出された手を取って、並んで歩きます。

 早く留学期間が終わらないかな。
 そうしたら毎日一緒にいられるのに。


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