一年生夏編 恋人と過ごす夏

  私とイワンは午後も順調に戦い、ついに決勝まで進みました。
 対戦相手はベルナデッタ様とそのお友達エバ様ペア。
 こうなってほしくないという展開こそ訪れるものなんですね。


 幅イチメートルほどの灯火台が七つ。目の前に並べられました。

「決勝の内容は、用意された灯火台に、相手より一つでも多く火をつけること」

 ステイシー先生が読み上げた対決内容を聞いていてベルナデッタ様がひっそり笑います。

「ふふ、さすがお爺様。またワタクシに有利な勝負を入れてくださったのね」

 自分たちの試合以外の戦いを見学してわかりましたが、ベルナデッタ様の使い魔は|火トカゲ《サラマンダー》。
 灯火台に火を灯すなんて簡単すぎるお題でしょう。
 今の言葉から察して、ベルナデッタ様のペアにだけベルナデッタ様に有利なお題がいくよう、教頭先生が裏で何かしたのは明白。

 孫が可愛いからってこんなことするのはどうかと思います。

「裏工作されようと、オレたちが勝てばいいだけだ。やるぞ、アラセリス」
「はい。そうですね」

 イワンがかなり魔力を使うことになるので、手を繋いでイワンに魔力を渡します。
 
「それでは、決勝戦はじめ!!」

 ステイシー先生の号令と同時にイワンが炎の矢を呼び灯火台にむけて放つ。
 ベルナデッタ様も手を振りかざし、詠唱する。

 そして、的ではなく私《・》に向けて炎を放ちました。

『火の神よ、罪人を焼く冥界の業火を我に貸し与えたまえ!』

 足がすくみ座り込んでしまった私を、イワンが後ろから抱きかかえる。

「闇の神に願う、其《そ》の力を持ってして我にふりかかる災いを退けよ!」

 私たちを包むように半透明の障壁が現れます。私に向かっていた炎は魔法の障壁に弾かれ、|もと来た方向《・・・・・・》へ。

 ベルナデッタ様の方に飛びました。

「ひっ、きゃああああああ!!」

 魔法の火は自然に鎮火することはありません。
 早く消さないと命に関わります。

「イワン、力を貸してください。私はまだ雨魔法をうまく扱えないんです」

 イワンの腕を掴んで訴えます。

「お前、今あいつに殺されかかったの、わかってるか?」
「わかっています。ノブリス・オブリージュ。魔法士の力は人を助けるために使うものだと言ったのはイワンでしょう」

 私と、勢いを増している黒い炎を交互に見て、イワンは長く溜息をつきました。

「お人好しがすぎる」

 イワンと両手を重ね合わせ、私たちはあの日の詠唱を口に乗せます。

「「我の力を分けしモノ、隔てる空間を超え我のもとに。天の神、水の神に願う、この地に降りそそぐ雨となれ、恵みとなれ、招致に応えよ」」

 ペンちゃんは今、海にいる。ペンちゃん力を貸して。海の水をここに喚びたいの。
 心の中で念じて手のひらをベルナデッタ様の方へ向けます。

 私とイワンのまわりに水が湧き上がり、渦となって空に登り降り注ぐ。

 ベルナデッタ様がずぶ濡れにはなりましたが、火はあとかたもなく消えました。

 ステイシー先生が走ってきて、大判のタオルをベルナデッタ様の肩にかけようとしました。けれどベルナデッタ様は先生の手を振り払い、私を罵倒します。

「よくもワタクシに恥をかかせたわね!」
「恥知らずはお前だ。まずアラセリスを焼こうとしたことを謝罪すべきじゃないのか。火を消してもらっておいて何をほざく」

 イワンの怒声に、べルナデッタ様は唇をかみます。

「元はといえば貴方がワタクシの求婚を受けないから悪いのです! なぜ庶民なの。ワタクシのほうが先に出会ったのに。覚えていますでしょう。一年のとき、ワタクシが使い魔召喚で火傷を負ったとき、魔法で氷水を出して応急処置してくれた。貴方が……魔族の血筋でないなら、と何度思ったことか」
「|祖父さん《インキュバス》の血を引いたから、オレはオレとして生まれたんだ。そのままのオレでいいと、そう言ってくれるのはアラセリスだけだ」

 きっぱりとイワンの口から言われ、ベルナデッタ様はうなだれました。

「ベルナデッタ・エバペア違反行為につき失格、優勝はイワン・アラセリスペア!」

 ステイシー先生が宣言し、私とイワンの優勝が確定しました。

 じっと私を睨んでくるベルナデッタ様。ドレスも燃え、手足が火傷でひどいことになってます。自然治癒だと、傷痕が残るのは確実でしょう。
 見てみぬふりなんて、私にはできません。

「愛の神に願う、生命を育む御技《みわざ》を貸し与えたまえ」

 ベルナデッタ様の傷が癒え、跡形もない滑らかな肌に戻りました。

「なんで、ワタクシを助けるの。……貴女、バカよ。本当に」

 絞り出すような微かな声でつぶやいて、ベルナデッタ様は涙を流しました。


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