一年生夏編 恋人と過ごす夏

 夕方になり、イワンが家まで送ってくれました。

「そうだ、アラセリス。明後日から三日ほど時間をもらえないか」
「はい。空いてますけれど、なにかあるんです?」
「ラウレール領に祖父母が来ているんだ。婚約の報告をしたら、学院が休みなら紹介しに来てくれと返事があった。祖父さんたちが滞在しているところまでは、馬車で片道半日くらいかかるから」

 お祖父様とお祖母様にご挨拶。
 どんな方たちなのでしょう。お優しいと嬉しいです。

「わかりました。お母さんとレネに話してみます」
「二人とも、もうすぐ帰るんだろう。なら、オレも直接話す」

 
 説得するまでもなく、お母さんとレネは送り出してくれました。
 むしろ「普段行けない場所だし、お土産買ってきてね」なんて言われるほど。
 観光に行くわけではないのですが。


 そんなわけで、馬車に揺られて町の西方に位置するラウレール領に来ました。
 朝方出発して、ついたのは日が傾き始めた頃。
 見渡す限り、緑色の穂が揺れる畑。
 風が青々した香りを運んてきて心地いいです。

 町外れのお宅の門をくぐりました。
 意外なことに、お屋敷ではありません。
 庶民が住む一般住宅とそう変わりないお家です。
 庭にはラベンダーが植えられていて、一人の女性が花を摘んでいました。
 女性は私たちに気づくとふんわり微笑みます。

「いらっしゃい、イワン。その子があなたの婚約者アラセリスさんなの?」
「ああ。久しぶりだな祖母さん。アラセリス、オレの祖母ディアナだ」
「よ、よろしくお願いします、お祖母様」

 まさかこんなにすぐ対面することになるなんて。勢い良く頭を下げます。
 お祖母様と呼ぶには若いです。
 二十代くらいにしか見えません。

「やあねえイワン。祖母さんではなく『ディアナちゃん』と呼んでって何度もお願いしているのに」
「言い方を変えたって、祖母なことに違いはないだろう」

 頬に手を当てて小首を傾げる姿、お可愛らしいです。さすが王族、気品が漂っています。

「アラセリスさん、セリスちゃんと呼んでもいいかしら。ワタクシのことも気軽にディアナちゃんと呼んでね」
「あ、はい。セリスちゃんとお呼びください。ディアナちゃん」
「わかりましたじゃない! ーーこいつは何でも素直に受け止めてしまうんだ。変なこと教えるな祖母さん!」

 スパン! とイワンの手刀が私の頭に叩き込まれました。イジワル禁止です。

「ひどいわイワン。お祖母ちゃんは悲しいわ。ちょっとした乙女心じゃない」
「アホなこと言ってないで年相応の態度を取ってくれ」

 見た目は姉弟のようですが、紛れもなく祖母と孫なんですね……。
 イワンの態度は年頃の女の子に対するものじゃないです。

「それにしてもセリスちゃんは、ワタクシが祖母だと挨拶しても驚かないのね。そのほうが嬉しいけれど、ワタクシのほうが驚いてしまうわ」
「私がまだ習っていないだけで、広い世界には老化が遅くなる魔法もあるのかな、と思ったんです」

 魔族は人間よりずっと長生きで、老化も人間より遅いと聞いています。お祖父様の見た目がかなりお若いのは予想できます。
 けれど、お祖母様は先王様の妹君。紛れもなく人間です。
 お父様が四十才なら、お祖母様は少なくとも六十才前後のはずです。
 やはり特別な魔法でしょうか?

「そのことについては、俺から話そうか」

 大きな紙袋を抱えた男性が、私とイワンの背後からひょっこり現れました。
 紺色の長い髪をうなじでまとめていて、瞳は金色。背は百八十近いです。
 耳は先が尖っていて、夢魔の姿になったイワンと同じです。
 イワンがあと十年したらこんな風になると思えるくらい、面差しや雰囲気がよく似ています。

「……もしかして、イワンのお祖父様ですか?」
「ご明察。俺が祖父だと知っても驚かない人間は久しいな」

 お祖父様は口角をあげて笑います。

「俺はランヴァルド。歓迎するよ、イワンのつがいになった娘さん」
「は、はじめまして、ランヴァルドさん。アラセリスです。よろしくお願いします」



 こうして私は、イワンのお祖父様とお祖母様にお会いしました。
 このあとお二人から、魔族のつがいになるのはどういうことなのかを教えていただくことになったのです。

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