一年生夏編 恋人と過ごす夏

 病院から帰ってきてから、アラセリスは部屋にこもった。
 あんな奴らに絡まれたんだから無理もない。
 ギジェルミーナがそばについていると言っていたから、ひとまずは任せることにした。


 リビングでセシリオとローレンツに詰め寄られ、仕方なく事情をかいつまんで説明する。

 魔法学院に来る前のアラセリスは一部の人間から忌み子扱いされていたらしいこと。
 その一部の人間に会ってしまい、不吉だからこの娘と関わるなと言われたこと。

 オレが説明している最中にローレンツがぶちギレた。

「何なんだよそいつら! 気味悪いってなんだよ! 魔法士なんだから魔法くらい使うだろ!」
「まあまあローレンツ。本人たちがここにいたらわたしも一発張り手をしたいくらいだが、落ち着くんだ」

 なだめようとしているセシリオも、全然落ち着いていない。
 子どもに魔法の才があると発覚するのは、奴らが気味悪いと言った事象がきっかけだ。触れたものが浮くとか、ロウソクに勝手に火が付くとか。

 魔法士が当たり前の貴族に生まれたなら喜ばれることも、ほぼ魔法士が現れない庶民の中では不気味だと捉えられてしまう。

 魔法学院に来ることがなかったら、アラセリスはああいう奴らに萎縮して折れてしまっていただろう。

 才を見出して学院に招いたやつを賞賛したい気分だ。

「庶民の中で魔法士として生まれるのも、楽ではないのですね」

 ウィルフレドが呟く。

「わたしは兄弟が魔法士ばかりで、自分だけ才が無いのを悔しく思っていました。けれど……今の話を聞いて、魔法を使えるのは幸せなことばかりではないと気付かされました」

 ウィルフレドの兄と弟は魔法士団にいる。魔法を使えない者は魔法士団に入れない。だから騎士になった。

「魔法が使えない子だったら、セリスは悲しい思いをしなくて良かったのか」
「庶民の中で生きるなら、ただの庶民でいたほうが楽だったのかもしれないね」

 同情するローレンツとセシリオに物申したい。

「楽とか楽じゃないとか、魔法がない方が幸せだとか、勝手に決めるな。アラセリスが魔法士として生まれたから、オレはアラセリスに出会ったんだ」

 魔法士でなければ、庶民のアラセリスと貴族のオレが出会うことは生涯なかった。

「……そうだね。ごめん。彼女の幸せをわたしたちの物差しで測るのは失礼だった。イワンがそんなふうに言える日が来るなんて思わなかったよ」

 セシリオは苦笑して、目元にかかった髪をかきあげる。
 ローレンツはオレに対してまだわだかまりがあるのか、苦々しい顔をする。

 ギジェルミーナが戻ってきた。
 ティーセットと茶菓子が乗ったトレーを持っている。

「イワン。メイドより、貴方が持って行ったほうがあの子も喜ぶと思うの。頼めるかしら」
「……わかった」

 ギジェルミーナからトレーを受け取り、部屋に向かう。
 軽くノックすると、元気のない返事が聞こえる。

 部屋に入ると、アラセリスは長椅子で横になっていた。肩にブランケットをかけていて、オレに気づくと慌てて起き上がる。

「イワン!?」
「調子はどうだ」

 テーブルにティーセットを置いて、アラセリスの隣に座る。まだ目元が赤いな。

「……ほんとは、あんなところ、見られたくなかったんですけど」

 いろいろなことを思い出してしまっているのか、声が震えている。

「仲良くしてくれる子もいたんですけど、それでも、やっぱり……気味悪いって言われるのは堪えますね」

 化物だとか、気味悪いとか、言われ慣れているオレでも刺さる。
 貴族の中に生まれた|魔族《異端》。
 庶民の中に生まれた|魔法士《異端》。
 どこか似ているから、オレは惹かれたのかもしれない。

「オレも、ここにいるみんなも、絶対にそんなことを言わない。胸を張っていろ」
「……はい」

 アラセリスはオレの足に頭を載せて、目を閉じる。

「五分だけでいいです。枕になっていてください」
「好きにしろ」

 五分だけ、なんて謙虚なことを言いながら十分はそうしていた。家にいるとき姉として気を張っているだけで、実はすごく甘えん坊なのかもしれない。

 冷めてしまった紅茶を飲んで、茶菓子を食べて、アラセリスは眠ってしまった。
 悲しい記憶の夢を食い、幸せな夢を見るように導く。

 夢魔に生まれて良かったと、今初めて心から思った。



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