一年生夏編 恋人と過ごす夏

「足を痛めてたのか。なんか、ごめんな」
「ううん、大丈夫」

 ローレンツくんはバツが悪そうに頭をかきます。イワンは何も言わず魔法で氷と水を出しました。
 氷水のバケツに足を浸すと、痛みが和らいだように思います。

 セシリオ様とローレンツくんは遊び続ける気にはなれなかったようで、道具を片付けはじめました。
 楽しみを奪ったようで申し訳ないです。

 ミーナ様が日傘を私の方に傾けます。

「しばらく冷やして、お医者様に診てもらいましょうね」
「そんな。ちょっとひねったくらいなのでどうってことないです」
「素人判断するな。治癒魔法士は自分の傷を治せないんだからな」

 イワンに怒られました。
 ステイシー先生から言われたのですが、治癒魔法というのは他者の傷を癒やすものであって、自分には使えないんだそうです。
 希少希少と言われますが、万能ではないのです。

「……ごめんなさい。そうですね、楽観視しちゃだめです」
「わかったならいい」

 ミーナ様が馬車を呼んでくれて、イワンに付き添われて近くのお医者様のところに行きました。
 幸いただの捻挫なので、湿布をして動かさないように安静にしていればいいと言われました。
 痛み止めの飲み薬ももらって、あとは屋敷に戻るだけ。

 病院を出て、ほっと一息つきます。

「大したことなくて良かったな」
「はい。付き添ってくれてありがとうございます」

 話していると、通りすがりの女の子に声をかけられました。

「わー、アラセリスじゃない? まさかこんなところにいるなんて」
「ホントだ、なんでアラセリスがこんなとこにいるの」
「あ……」

 中等学校時代の同窓生バネサさんとそのお友達です。
 私、この方たち苦手なんです。向こうも私のことを好きではないはずなのに、なぜ声をかけて来たのでしょうか。

「貴族の学院にはいったんでしょ。貴族様の中であなたみたいなのがやっていけるの?」
「きちんとやってます」

 相変わらず言葉に棘があって、会話するのも嫌です。

「どうだか。隣のお兄さん。親切で教えてあげるけど、この子と関わらないほうがいいわよ。この子のまわりって変なことばかり起こるの」
「変なこと?」
「そうよ。触っただけでろうそくに火がついたり、空だったグラスに水が溢れたり。この前ルシール湖畔で起きた火事も、この子が原因だったりしてね?」

 魔法学院に招かれるまで、私は自分に魔法士の才があると知りませんでした。
 自覚なしに魔法を使っていたらしく、気味悪がられて、こんなふうに嗤《わら》われて。

「わ、私は……」

 言い返さなきゃなのに、うまく声が出ません。

 イワンが私を背に庇い、指を弾いて、しーちゃんを喚びました。
 ぴぃぴぃ鳴いて私の肩にとまります。

「な、なに、今の」

 バネサさんがギョッとして後ずさりました。

「ぼくも魔法士だから、君の言う気味悪いことがいくらでも起こせる。アラセリスも魔法の才がある。それだけのことです」

 イワンの手の中に一メートルほどの杖が現れます。それを私の手に押し付けました。

「自分の理解できないものを爪弾くのは人間の悪いところだ。日常生活で魔法の恩恵に預かっているくせに、よくそんなこと言えたものだな」
「なんですって!?」

 憤るバネサさんに、イワンは屈せず言葉を続けます。

「お前らが言うその火事を消したのは、アラセリスだ。雨を呼ぶ魔法でな」
「イワン、それは」

 イワンが手を貸してくれたからできたことで、私一人の力ではありません。
 そう言おうとする私の口を手で塞いで、イワンは言います。

「オレの婚約者を愚弄するな。まだ罵りたいなら、ラウレール子爵家が相手になってやる」

 庶民が貴族に勝てるはずもありません。絶対的な権力差があります。
 何を敵にしてしまったのか理解したらしいバネサさんたちは、一目散に逃げていきました。

 ……中等学校時代の知人に久しぶりに会いましたが、やはり気持ちのいいものではないですね。
 まだ胸のあたりがざわついています。
 思い出したくない中等学校時代のあれこれの記憶がよみがえってきてしまって、苦しい。

「ありがとう、イワン。私のために怒ってくれて」
「オレ相手にはあれだけ威勢よく言い返していたのに、まったく世話の焼ける」

 うつむく私の頭をイワンの手が撫でてくれます。
 魔法、ちゃんと使えるようになりたいです。もうあんなこと言われても折れたりしないように、強くなりたいです。

 イワンは私を助けてくれたあの日のように、黙って抱き寄せてくれます。その優しさに甘えて、泣いてしまいました。


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