一年生夏編 恋人と過ごす夏

 散歩から帰ったら、セシリオ様たちはまだカードゲームで熱いバトルを繰り広げていました。
 イワンの言うとおり、あれは夜明けまでやっていそうですね。

 私はミーナ様と部屋で休みます。
 男性は客室、私はミーナ様のお部屋で一緒に寝るんです。 
 鏡台の椅子に座ると、ミーナ様が私の髪をすいてくれました。おかげですっかり元通りです。

「セリスさんが幸せそうでアタシも嬉しいわ。大切にされているのね」
「ありがとうございます。私、ミーナ様にも幸せになってもらいたいです」

 ミーナ様がミーナ様でなかったら、私の人生は誘拐事件の前に終わっていたでしょう。
 こうして生きて恋をできること、その恩を返したいです。

「ミーナ様はウィルフレドさんのこと、お好きですか」

 鏡越しにミーナ様を見ると、ミーナ様ははっきりと頷きます。

「ええ。アタシはウィルフレドと一緒に生きる未来がほしいわ。前世では、まともに恋をすることもないままだったから」
「私にできることがあったら、協力しますからね」
「ありがとう。こういうことを話せるのは貴女だけよ。前世の記憶を持ったまま生まれ変わったなんて、信じてくれる人はそうそういないもの」

 瞳に寂しそうな色が混じります。ミーナ様も、弱さを持つ一人の女性だって思えます。

「私、ミーナ様が話したいときは、いつでも聞きますから」
「そうね。また聞いてくれると嬉しいわ」

 大きなベッドは二人で寝てもまだ余裕があるくらい。キングサイズというらしいです。
 二人で布団にもぐるの、なんだか楽しいです。誰かが横にいるなんて、幼少の頃お母さんと寝ていたとき以来です。

 おやすみなさい、また明日。
 そう言って眠りにつきました。



 私はふわふわと白い空間に浮かんでいます。
 夢魔のイワンが目の前にいました。

「うまくいったようだな。やはり近くにいると入りやすい」

 語り口もそのままのイワンです。
 今日は一日中一緒にいたのに、まだ足りないんですか私。

「夢であって夢ではない……と言ってもわかりにくいか。オレは夢の産物じゃない」
「どういうことです?」

 イワンが指を弾くと、景色が一変しました。
 学院の中庭です。昼間の、日が高い時間帯。今にも生徒が行き交いそうな気配すらあります。
 イワンの服装も、学院にいるときのようなスーツに早変わり。
 目の前の木に触れてみると、確かに樹皮の手触りがします。

「夢魔は相手の望む夢を見せて夢を食う。人の夢に入り込める、と言うと伝わるか?」
「じゃあここにいるイワンは、私の知るイワンなんですね」
「わかってくれたようでなによりだ。夢だから、ここで何をしても現実には干渉しない。そこの木を切り倒そうが、学院の木には傷一つついていない」
「それじゃあ遠くの国を旅してみたいって思ったら、夢に見られるんですね」

 夢の中だけでも世界旅行って楽しそうです。

「ここで怖がらないのがお前らしい」
「褒めてます?」
「褒めてる褒めてる」

 後ろから抱きすくめられて、お腹にイワンの手が乗せられます。
 触感も、体温もそのまま感じる……なんだか、すごく恥ずかしいような。

「アラセリスは何を望む?」
「ひゃ」

 耳元で低く囁かれた、それだけなのに体が熱いです。ブラウスのボタンを外して、鎖骨のあたりに口付けてくる。
 誰に見られるかもわからないのに、昼間の学院の中庭で。
 夢だとわかっていても、人が来るかもしれないという緊張感と背徳感が拭えません。

「昼の学院だが、人の目はない。夢だからな」
「人前でこんなことされたら、心臓が持ちません」

 イワンの指が、私の胸を包み込みます。

「せっかくだから、一番効率のいい魔力の受け渡し方法を教えてやろうか。二番目を教えるのは、セシリオに先を越されてしまったからな」
「まってください、イワン」

 婚約したのだからそういうこともあるかと思います、思いますけど、ああもう、頭の中真っ白です。


 
 カシャン、という音で目が覚めました。
 パジャマが汗でじっとり湿っています。
 ……夢魔は相手の望む夢を見せる。

 あれが私の願望なんですか。
 顔がすごく熱いです。

 ミーナ様の黒猫ちゃんがグラスを倒しちゃったみたいです。猫ちゃんの尻尾が、倒れたグラスを叩いています。


 ……明日会っても、イワンの顔を直視できる自信がありません。


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