一年生春編 運命に翻弄される春

 イワン、顔が赤いです。怒っているのと、たぶん羞恥で。
 容赦なく私の頬をつねってきます。

「人前で何言ってんだバカ!」
「うあーん、ごめんなさいー! 悪気はなかったんですー!」
「悪気の有無なんて関係あるか。学院の関係者も来ているんだぞ! よく考えろ!」
「ええと……?」

 足りない頭で考えます。

 イワンの子どもなら可愛いから二人は産むと言いました
 ここには生徒の親御さんや先生が来ている
 私達は学院の生徒
 →できちゃった疑惑浮上?

「私、明日学校で質問攻めにあいますね」
「オレもな。どんな辱めだ」
「ご、ごめんなさい、私もそんなこと聞かれたら恥ずかしいです! 以後気をつけます!」

 しーちゃんがパタパタ飛んでイワンの肩に移りました。

「せっかくのパーティーなのに、恋人を叱るものではないよ、イワン」
「イワン、いきなり走り出したと思ったら……。こんなとこで喧嘩するなよ」

 セシリオ様とローレンツくんが来ました。
 イワンがようやく私の頬を開放してくれます。

「セリスくん、正式にイワンと婚約したんだってね。おめでとう」
「ありがとうございます」

 セシリオ様からお祝いの言葉をいただいて、頭を下げます。
 ローレンツくんも、どこか複雑そうにしながら無理やり笑顔を作ります。

「……婚約おめでとう、セリス」
「ありがとう」

 告白未遂以来、ローレンツくんはぎこちないです。
 こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかない気がします。

「セリスさん、一曲踊ってきたら? まだイワンと踊っていないでしょう」
「そうですね。せっかく来たんですし」

 ミーナ様が提案してくれたので、イワンに手を差し出します。

「踊っていただけますか?」
「よろこんで」

 たくさんのペアが踊る中に、私もイワンと溶け込みます。
 最初イワンと踊ったときは、まだ告白もしていない先輩後輩でした。
 私はあのときより、イワンの隣が似合うようになっているでしょうか。

 イワンの右腕に左手を添えて。
 イワンの左手にも、私と同じデザインの指輪があります。
 つがいですからね。イワンの側にいられるのは私だけの権利だと思うと、胸が疼きます。

 ミーナ様に初めて会って未来を教えてもらったとき、『閉じ込められるほど束縛されるの怖い』って思いましたが、私も存外独占欲が強いようです。
 この場所をベルナデッタ様に渡したくないです。


 足の動き、重心の移し方、講師の方やミーナ様に教わったことを何度も頭で反復しながら踊ります。

「あのときよりはうまくなったな」
「えへへ。言ったでしょう。私は褒められて伸びる子なんです。だからもっと褒めてください」

 頭突きしないでください。
 曲が終わると、イワンはいつもの意地悪な笑みとは違う、ふわりと柔らかな笑顔を浮かべます。

 綺麗です。本当に、悔しいくらい素敵です。

「さっき、あの女に言い返してくれてありがとう。何度断っても婚約の打診が来るし……あいつのことすごく苦手なんだ。やり込めてくれて胸がスッとした」
「イワンに鍛えられましたからね。そよ風に負けるほどヤワじゃありません」

 イワンとの舌戦の方がスリリングです。
 ベルナデッタ様が聞いたらさぞかしお怒りになるでしょう。 

「ハハハ。オレのせいでだいぶ口が悪くなったわけか」
「おかげさまで」

 ロマンチックな語らいなんて私たちにありません。これが通常営業なんですよね。
 でも、居心地がいいのでこれはこれでありだと思います。

「さっきのあいつみたいに、社交界は物理でなく言葉で刺してくる奴ばかりなんだ。言われっぱなしで黙っていると相手がつけあがる。その点アラセリスならやっていけそうで安心した」
「褒められてます?」
「褒めている。お前は強いな」

 額に軽く口づけられて、嬉しくて頬が緩んじゃいます。

 ダンスのあと、国王陛下やラウレール家の関係者に挨拶をして帰路につきます。

 テストと建国記念祭も終わって、学院はもうすぐ二週間の夏季休暇に入ります。
 魔法学院に入学してから初めて迎える夏。

 イワンと一緒ならきっと楽しいですね。  



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次回から二章に入ります。
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