一年生春編 運命に翻弄される春

「私が会計に?」
「会計では不満でしたか。庶民なら自分で買い物をするから、金銭管理が得意だと踏んだのですが。それに貴族と無関係の君なら、会長にとっても副会長にとっても、害にならない。とても都合がいいんです」

 きれいな顔して、なんてえげつない発言を。
 ここで怒ってはいけません。冷静に、冷静に。
 イワン様が相手のときは、何をされても気丈であれとミーナ様に言われました。

「申し訳ありませんが、辞退します。勉強についていくだけで精一杯ですので、生徒会役員になれるほどの余裕はありません。他の方にお願いしてください」
「それは聞けない」

 イワン様が一歩踏み出すと、周りにいた同級生たちの姿が見えなくなりました。

「え、なにが……」
「結界だ。結界内で起こることは見えないし、声も届かない。勉強をはじめたばかりのお前じゃ、この結界を解けない。泣こうが叫ぼうが、助けは来ないぞ」

 さっきまでの丁寧な物腰はどこにいったのでしょうか。性格違いませんか。もしかして猫をかぶっていたんですか。

「会計になると言うだけでいいのに」

 手首を掴まれる。見た目は女性のように美しくても、やはり男性なのですね。力が強くて振りほどくことができません。
 もう一方の手が私のあごをとらえる。

「や、やめてください」
「反対語ゲームか、付き合ってやろう。『やめないで』、なら続けてやる」
「や、です」
「してほしい?」

 そんなわけないじゃないですかーー!
 結界内で何をされても人に見えないから、証拠が残らない。泣いても叫んでも、誰も助けてくれません。

 私が会計になると言えば解放してくれるのでしょうか。
 でも、自分からなりたいと願ったならともかく、こんな無理やり加入させられるなんて嫌です。

 イワン様の瞳が金色に変わる。
 もう一度嫌です、と言おうとした口を、イワン様の唇に塞がれました。
 
「や……っ」

 逃げようとしても、私の背は窓についている。下手に体重をかけたら割れて怪我をしてしまいます。それをわかっているから、イワン様は強気。顎に当てられていた手は、私の後頭部を押さえる。
 吐息すらも貪り食うような強引な口づけで、おかしくなってしまいそうです。
 このままじゃダメです。
 
「やめてくださいって、言ってるじゃないですか!」

 手は拘束されていても足は自由。足を振り上げ、イワン様のすねを蹴る。

「く、そ、従属魔法が効かない人間がいるなんて」

 油断していたのでしょう。結界がとけてまわりの声が届く。みんなの姿が見えるようになりました。

 イワン様は私の手を掴んだままだから、みんな不思議そうに私たちを見ています。穏やかなシーンに見えませんよね、この体勢。

 動揺したイワン様の手が緩む。急いで振りほどいて走ります。
 ミーナ様のところまでいけば助かる。そう確信して。




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