一年生春編 運命に翻弄される春
ブラウス越しに、胸に下げたイワンのお母様の指輪に触れます。
イワン。どうか私に勇気を分けてください。
必死に記憶を辿って、ミーナ様の日記にある対応を思い出します。
ローレンツくんに対して常に正直にあれと、記されていました。何を聞かれてもはぐらかさず、本当の事を言うこと。
「ローレンツくん。私は生まれてから今日まで、ずっと自分の意志で動いています。イワンに求婚されて、生い立ちも事情も全部聞いて、私もイワンが好きだから手を取りました」
「本当に?」
きちんと説明しても、ローレンツくんの目は疑り深いまま。
「本当です。イワンはちゃんとうちの家族に挨拶に来てくれたし、私もおうちに連れて行ってもらって、お父様にご挨拶もしました。お互いの家族を交えて話したんです。あなたの知るイワンは、自分の家族まで騙す人なんですか?」
「それは……」
ローレンツくんの言葉がつまりました。
私に対して好意を寄せてくれていたんでしょう。
けれどはっきり言葉にして伝えてもらえてないのに、こちらから付き合えないと言ったら、自意識過剰の痛い人です。
だから事実だけをはっきり伝えます。
私は心から好きで、イワンを選んだということ。
「アラセリス。準備はできているか?」
「イワン。はい。大丈夫ですよ」
イワンが教室まで迎えに来てくれました。
「イワン。アラセリスと婚約したんだって? 教えてくれないなんて薄情だな」
かなりの棘が含まれたローレンツくんの声音に、イワンは涼しい顔で答えます。
「ローレンツにはまだ話してなかったな。新入生歓迎会のときに求婚して、良い返事をもらった。正式な発表は建国記念パーティーでする」
イワンは微妙な空気を察してくれたのか、私の肩に触れます。
「オレたちはこれで失礼するよ、予定があるんだ」
「予定?」
「仕立て屋に行って、アラセリスのドレスを注文するんだ。王城に行くのに普段着ってわけにはいかないだろう。それに、ダンスの講師も呼ばないといけない」
約束の時間だからと、イワンがもう一度言って私のカバンを持ってくれました。
手を引かれて教室を出ようとしたところで、背中に声が届きました。
「セリス」
「はい?」
「もし…………いや。イワンと、仲良くやれよ」
「はい。もちろんです」
ローレンツくんの飲み込んだ言葉は、
「もし、俺が先に告白していたら付き合ってくれたのか」
ミーナ様の日記に書かれていました。
もしも、なんてないです。
今イワンといる私が私なのだから。
私はローレンツくんの気持ちを受け取れない。
誰か他に、気持ちを受け止めてくれる人を見つけてほしいです。
馬車に乗ってから、イワンに聞かれました。
「ローレンツはどうしたんだ」
幼馴染の友情に亀裂が入りそうで怖いですが、真実を話すべきですね。
「私がイワンの婚約者になったのは嘘で、魅了術《チャーム》で操られていたんだろ、本心じゃないんだろうって言われて……」
イワンは目を細めて私の肩によりかかります。
「ふうん。それで、我が婚約者様はどう答えたんだ?」
「そ、それ、言わせるんですか」
「そっちのほうが重要だろ。オレが精神操作系の魔法士である以上、疑われるのも仕方ない話だからな。別にローレンツを責める気はないさ」
幼馴染に疑われるのは痛くも痒くもない様子。それとも人に疑われることに慣れてしまったのでしょうか。
「わ、私はイワンが好き、だから……自分の意志で求婚に答えたし、操られたわけじゃないって……」
声がしりすぼみになるのは許してください。本人に聞かせる前提であんな啖呵切ったわけじゃないんで、恥ずかしいです。
イワンの顔を直視して言えるわけないじゃないですか。
「こっち見て言え」
「無理です〜〜!」
膝に乗せられて、両手でほっぺた挟まれました。金色の瞳と目が合います。
「アラセリス」
「は、はい……」
意地悪するんですか、意地悪するんですね。
「そういう顔するな。いじめたくなる」
おでこがコツンとぶつかります。
「ローレンツがお前に惚れているのは気づいていた。セシリオの気持ちも知っていた。でも、オレは悪魔だから。友達のために身を引く心は持ち合わせてないし、お前を選んだことを後悔はしていない。お前も後悔するな」
「後悔したことなんてありません」
恋は落ちるもの、とよく聞くけれど、私の場合堕ちるというのが正しいかもしれません。
傲慢な独占欲が嬉しいとすら思えてしまう。
こんなにも強く愛されることを知ってしまったら、もう、普通の恋じゃもの足りないです。
瞳を閉じて、強引な口づけに答えます。
ーー私は、悪魔の彼と恋に堕ちていく。
イワン。どうか私に勇気を分けてください。
必死に記憶を辿って、ミーナ様の日記にある対応を思い出します。
ローレンツくんに対して常に正直にあれと、記されていました。何を聞かれてもはぐらかさず、本当の事を言うこと。
「ローレンツくん。私は生まれてから今日まで、ずっと自分の意志で動いています。イワンに求婚されて、生い立ちも事情も全部聞いて、私もイワンが好きだから手を取りました」
「本当に?」
きちんと説明しても、ローレンツくんの目は疑り深いまま。
「本当です。イワンはちゃんとうちの家族に挨拶に来てくれたし、私もおうちに連れて行ってもらって、お父様にご挨拶もしました。お互いの家族を交えて話したんです。あなたの知るイワンは、自分の家族まで騙す人なんですか?」
「それは……」
ローレンツくんの言葉がつまりました。
私に対して好意を寄せてくれていたんでしょう。
けれどはっきり言葉にして伝えてもらえてないのに、こちらから付き合えないと言ったら、自意識過剰の痛い人です。
だから事実だけをはっきり伝えます。
私は心から好きで、イワンを選んだということ。
「アラセリス。準備はできているか?」
「イワン。はい。大丈夫ですよ」
イワンが教室まで迎えに来てくれました。
「イワン。アラセリスと婚約したんだって? 教えてくれないなんて薄情だな」
かなりの棘が含まれたローレンツくんの声音に、イワンは涼しい顔で答えます。
「ローレンツにはまだ話してなかったな。新入生歓迎会のときに求婚して、良い返事をもらった。正式な発表は建国記念パーティーでする」
イワンは微妙な空気を察してくれたのか、私の肩に触れます。
「オレたちはこれで失礼するよ、予定があるんだ」
「予定?」
「仕立て屋に行って、アラセリスのドレスを注文するんだ。王城に行くのに普段着ってわけにはいかないだろう。それに、ダンスの講師も呼ばないといけない」
約束の時間だからと、イワンがもう一度言って私のカバンを持ってくれました。
手を引かれて教室を出ようとしたところで、背中に声が届きました。
「セリス」
「はい?」
「もし…………いや。イワンと、仲良くやれよ」
「はい。もちろんです」
ローレンツくんの飲み込んだ言葉は、
「もし、俺が先に告白していたら付き合ってくれたのか」
ミーナ様の日記に書かれていました。
もしも、なんてないです。
今イワンといる私が私なのだから。
私はローレンツくんの気持ちを受け取れない。
誰か他に、気持ちを受け止めてくれる人を見つけてほしいです。
馬車に乗ってから、イワンに聞かれました。
「ローレンツはどうしたんだ」
幼馴染の友情に亀裂が入りそうで怖いですが、真実を話すべきですね。
「私がイワンの婚約者になったのは嘘で、魅了術《チャーム》で操られていたんだろ、本心じゃないんだろうって言われて……」
イワンは目を細めて私の肩によりかかります。
「ふうん。それで、我が婚約者様はどう答えたんだ?」
「そ、それ、言わせるんですか」
「そっちのほうが重要だろ。オレが精神操作系の魔法士である以上、疑われるのも仕方ない話だからな。別にローレンツを責める気はないさ」
幼馴染に疑われるのは痛くも痒くもない様子。それとも人に疑われることに慣れてしまったのでしょうか。
「わ、私はイワンが好き、だから……自分の意志で求婚に答えたし、操られたわけじゃないって……」
声がしりすぼみになるのは許してください。本人に聞かせる前提であんな啖呵切ったわけじゃないんで、恥ずかしいです。
イワンの顔を直視して言えるわけないじゃないですか。
「こっち見て言え」
「無理です〜〜!」
膝に乗せられて、両手でほっぺた挟まれました。金色の瞳と目が合います。
「アラセリス」
「は、はい……」
意地悪するんですか、意地悪するんですね。
「そういう顔するな。いじめたくなる」
おでこがコツンとぶつかります。
「ローレンツがお前に惚れているのは気づいていた。セシリオの気持ちも知っていた。でも、オレは悪魔だから。友達のために身を引く心は持ち合わせてないし、お前を選んだことを後悔はしていない。お前も後悔するな」
「後悔したことなんてありません」
恋は落ちるもの、とよく聞くけれど、私の場合堕ちるというのが正しいかもしれません。
傲慢な独占欲が嬉しいとすら思えてしまう。
こんなにも強く愛されることを知ってしまったら、もう、普通の恋じゃもの足りないです。
瞳を閉じて、強引な口づけに答えます。
ーー私は、悪魔の彼と恋に堕ちていく。