一年生春編 運命に翻弄される春
「そうだ、ローレンツ。今日の仕事中、イワン君に会ったよ。しばらく会わない間に立派になったんだね」
親父が夕食の席でそんなことを言い出した。
ちょっと意味がわからない。
おふくろは特に疑問も無いようで、優雅にお茶を飲んでいる。
「城で暮らしているセシリオならともかく、イワン? イワンの行動範囲って、親父と接点なさそうだけど」
イワンは昔から体調を崩しがちで、俺とセシリオが連れ出さないと屋敷にこもって本を読んでいるような奴だった。
魔法学院に入ってからは違うかと思ったら、やっぱり体が弱いまんま。
オリエンテーションのときもぶっ倒れていた。
人間の食事を採れないとかなんとか。魔族の生まれというのも、大変なものらしい。
親父がラウレールの屋敷に行ったならともかく、それ以外の場所でイワンと会うってなんだ?
「イワン君は婚約者さんを連れてルシール湖畔を訪れていたらしくてね。そのとき湖畔近くのコテージで火事があって、イワン君が婚約者さんと協力して、魔法で消火してくれたんだよ。学生ながらじつに見事なものだった。ラウレール家は将来安泰だな」
「はぁ、イワンが、婚約者と一緒に、ねぇ?」
ついに親父もボケちまったかな。
イワンに婚約者なんていただろうか。いるならオリエンテーションで倒れたりしないよな。魔力の補給源がないから倒れたんだろうし。
「はー、その顔は信用していないな。そんなに疑るなら明日婚約者さん本人に聞いてみるといい。ローレンツと同じクラスだと言っていたから」
「はぁ!? 俺のクラスメートと婚約? いつの間に。俺、何も聞いてないぞ。イワンのやつなんで俺に言わないんだ! 薄情な!」
日常的に顔を合わせているし、何でも話せる幼馴染だと、そう思っていたのは俺だけだったのか?
拳を固める俺に、おふくろは辛辣な一言を投げる。
「ローレンツ、友人だからと気安く話せることばかりではないのよ。公表できるようになるまでに話し合いが途中で頓挫することもざらにあるのだから、誰しも慎重になる話題なの。触れ回ったあとに破談にでもなったら撤回が大変でしょう。貴方も貴族の端くれなら理解なさい」
おふくろは何一つ間違ったことを言っていないから、言い返すこともできない。
そういう理由があったとしても、疎外感はなくならない。だって幼馴染なのに言わないって酷いだろ。
「ちぇっ。わーったよ。で、その婚約者って誰だ? 話をしたなら名前を知らないとは言わないよな、親父」
「たしかアラセリスと言ったか。ペンギンの使い魔を連れた子だよ。ラウレール子爵に聞いたら婚約の挨拶も済んでいるらしくて、とても面白い子だと気に入っていた」
「アラセリス!?」
アラセリスという名前で使い魔がペンギンの子なんて一人しかいない。
なんで。
休みに入る前、セリスと会ったがごく普通にしていた。婚約話なんて聞いてない。
それとも、この休みの間に急に話が決まったのか。
なんでセリスを選んだんだ。イワン。
セリスも、なぜイワンを選んだんだ。
俺のほうが、優しくして、守ってやってたのに。
二人とも顔を合わせると喧嘩ばかりしていたから、イワンだけはライバルになりえないと思っていた。
ライバル?
なんで俺はイワンのことをライバルなんて思ったんだ。
「……レンツ、ローレンツ。聞いているのか」
「あ、な、なんだ親父?」
考え事をして話が聞こえなくなるなんて、疲れているんだろうか。
「ローレンツも、良いと思う子がいたらいつでも連れてくるんだぞ。魔法学院に通っているのはそのためでもあるんだからな」
「あ、ああ、うん、そうだな。そのときは連れてくる」
親父にてきとうに返して、自室にこもった。
嫁にするならアラセリスがいい、なんて言いそうになってしまった。
イワンの婚約者になったのに。
いつ、なったんだ。
……そうだ、兆しがあったじゃないか。
図書室でセリスとテスト勉強していたら、イワンが邪魔しに来た。
俺と二人で出かけよう、そう誘おうとしていたところで。
あの時点でまだセリスが誰とも付き合ってなかったとしたら、イワンが邪魔しなければ、セリスと婚約できたのは俺だったんじゃないか?
例えば親父に会ったときに、イワンがアラセリスに従属術か魅了術をかけて、婚約者のフリをさせたんだとしたら。
なら、俺にもまだチャンスはある。
アラセリスは操られているだけで、イワンと婚約したなんて嘘なんだ。
そうに違いない。
親父が夕食の席でそんなことを言い出した。
ちょっと意味がわからない。
おふくろは特に疑問も無いようで、優雅にお茶を飲んでいる。
「城で暮らしているセシリオならともかく、イワン? イワンの行動範囲って、親父と接点なさそうだけど」
イワンは昔から体調を崩しがちで、俺とセシリオが連れ出さないと屋敷にこもって本を読んでいるような奴だった。
魔法学院に入ってからは違うかと思ったら、やっぱり体が弱いまんま。
オリエンテーションのときもぶっ倒れていた。
人間の食事を採れないとかなんとか。魔族の生まれというのも、大変なものらしい。
親父がラウレールの屋敷に行ったならともかく、それ以外の場所でイワンと会うってなんだ?
「イワン君は婚約者さんを連れてルシール湖畔を訪れていたらしくてね。そのとき湖畔近くのコテージで火事があって、イワン君が婚約者さんと協力して、魔法で消火してくれたんだよ。学生ながらじつに見事なものだった。ラウレール家は将来安泰だな」
「はぁ、イワンが、婚約者と一緒に、ねぇ?」
ついに親父もボケちまったかな。
イワンに婚約者なんていただろうか。いるならオリエンテーションで倒れたりしないよな。魔力の補給源がないから倒れたんだろうし。
「はー、その顔は信用していないな。そんなに疑るなら明日婚約者さん本人に聞いてみるといい。ローレンツと同じクラスだと言っていたから」
「はぁ!? 俺のクラスメートと婚約? いつの間に。俺、何も聞いてないぞ。イワンのやつなんで俺に言わないんだ! 薄情な!」
日常的に顔を合わせているし、何でも話せる幼馴染だと、そう思っていたのは俺だけだったのか?
拳を固める俺に、おふくろは辛辣な一言を投げる。
「ローレンツ、友人だからと気安く話せることばかりではないのよ。公表できるようになるまでに話し合いが途中で頓挫することもざらにあるのだから、誰しも慎重になる話題なの。触れ回ったあとに破談にでもなったら撤回が大変でしょう。貴方も貴族の端くれなら理解なさい」
おふくろは何一つ間違ったことを言っていないから、言い返すこともできない。
そういう理由があったとしても、疎外感はなくならない。だって幼馴染なのに言わないって酷いだろ。
「ちぇっ。わーったよ。で、その婚約者って誰だ? 話をしたなら名前を知らないとは言わないよな、親父」
「たしかアラセリスと言ったか。ペンギンの使い魔を連れた子だよ。ラウレール子爵に聞いたら婚約の挨拶も済んでいるらしくて、とても面白い子だと気に入っていた」
「アラセリス!?」
アラセリスという名前で使い魔がペンギンの子なんて一人しかいない。
なんで。
休みに入る前、セリスと会ったがごく普通にしていた。婚約話なんて聞いてない。
それとも、この休みの間に急に話が決まったのか。
なんでセリスを選んだんだ。イワン。
セリスも、なぜイワンを選んだんだ。
俺のほうが、優しくして、守ってやってたのに。
二人とも顔を合わせると喧嘩ばかりしていたから、イワンだけはライバルになりえないと思っていた。
ライバル?
なんで俺はイワンのことをライバルなんて思ったんだ。
「……レンツ、ローレンツ。聞いているのか」
「あ、な、なんだ親父?」
考え事をして話が聞こえなくなるなんて、疲れているんだろうか。
「ローレンツも、良いと思う子がいたらいつでも連れてくるんだぞ。魔法学院に通っているのはそのためでもあるんだからな」
「あ、ああ、うん、そうだな。そのときは連れてくる」
親父にてきとうに返して、自室にこもった。
嫁にするならアラセリスがいい、なんて言いそうになってしまった。
イワンの婚約者になったのに。
いつ、なったんだ。
……そうだ、兆しがあったじゃないか。
図書室でセリスとテスト勉強していたら、イワンが邪魔しに来た。
俺と二人で出かけよう、そう誘おうとしていたところで。
あの時点でまだセリスが誰とも付き合ってなかったとしたら、イワンが邪魔しなければ、セリスと婚約できたのは俺だったんじゃないか?
例えば親父に会ったときに、イワンがアラセリスに従属術か魅了術をかけて、婚約者のフリをさせたんだとしたら。
なら、俺にもまだチャンスはある。
アラセリスは操られているだけで、イワンと婚約したなんて嘘なんだ。
そうに違いない。