一年生春編 運命に翻弄される春
「オレたちで火を消すぞ」
予想外の言葉にびっくりしました。
「私たちが?」
「ノブレス・オブリージュ。力や地位を持つ者は社会的責任と義務を与えられた分、つとめを果たすべきという教えだ。魔法士団がここに到着するまでの間に燃え広がる。一番近くにいるオレたちが動くべきだ」
「……私は何をすればいいですか」
「まず、使い魔を湖に泳がせろ。オレたちは現場に向かうぞ」
ペンちゃんに伝えると、ペンちゃんは走って湖に飛び込みました。私とイワンはコテージに向かいます。
逃げ惑う人々の悲鳴と野次馬であたりはとても騒がしいです。
人ごみをかき分けて、私たちは燃える建物の目前まで出ました。
建物のそばで右往左往している男性は、ここの持ち主でしょうか。
「逃げ遅れた人間は」
「いい、いない。みんな、逃げたけど、爺さんの、継いだおれのレストラン……」
イワンの問いに、男性は半狂乱で答えました。
「あんたは下がれ。オレたちの魔法で火を消す」
「なにを言って」
「オレはイワン・ラウレール。魔法学院の二年だ。野次馬がいると消火の魔法を使いにくい」
イワンが必要なことのみ淡々と告げると、ようやく落ち着きを取り戻した男性は頷いて場を離れました。
建物の前に残ったのは私とイワンだけ。
「アラセリス。オレが補助するから、お前は使い魔を介して湖の水をここに喚ぶんだ。オレが言うとおりに詠唱しろ」
「はい!」
熱風と火の粉が吹きつけてきて痛いです。
イワンは私の手を取り、背中から抱きしめるようにして、燃える建物を見上げます。
「我の力を分けしモノ、隔てる空間を超え我のもとに」
「わ、我の力を分けしモノ、隔てる空間を超え我のもとに」
ピン、と体の中で何か張り詰めたような。
「天の神、水の神に願う、この地に降りそそぐ雨となれ、恵みとなれ、招致に応えよ」
「天の神、水の神に願う、この地に降りそそぐ雨となれ、恵みとなれ、招致に応えよ」
青い光をまとって、私たちのまわりに水の輪が現れる。輪は渦となり空に舞い上がって、燃える建物の上にだけ雨が降り注ぐ。
火が、消えていく。
全身から一気に力が無くなるような感覚を覚えて、足が震えます。
私の腰を抱き込むようにして、イワンが支えてくれました。
「よくやった」
「ありがとう、ございます」
男性は何度も何度も私たちに頭を下げます。
「本当にありがとう、まさか君たちのような若い子が魔法士だなんて、驚いた」
「いいえ。私はまだまだです。お礼ならイワンに。魔法士団を待つより先にできる事をすべきだと言ったのはイワンです」
真っ先に消火をしようとする、こういう責任感のあるところは心から尊敬できます。
惚れ直しました、なんて悔しいから言えません。
ほどなくして魔法士団が到着しました。
かけつけた隊の人が、建物の持ち主さんから話を聞いたようで私たちのところに来ました。
「イワン君じゃないか。まさかこんなところで会うなんてな。消火に協力してくれたこと、礼を言おう」
「お久しぶりです。テオパルド殿。礼なら彼女に。アラセリスの使い魔が水属性でなければ、雨魔法は使えませんでしたから」
お知り合いでしょうか。お互いの名前を知っているようです。
テオパルドさんは私に向き直ると、左胸に手を当てて一礼します。
「わたしはテオパルド・ロッサ。魔法士団長を務めている。学院生なら会ったことがあるかな。ローレンツというんだが」
「えええぇ!? ローレンツくんのお父さん!?」
どうりでイワンと既知なわけです。
「私はローレンツくんと同じクラスのアラセリスです」
「ということは、君が治癒魔法を使えると噂の編入生か。どうだい、卒業後は魔法士団の衛生部に入らないか。それと、うちの息子のことが嫌いでないなら結婚なんて」
話があらぬ方向に飛んでいきました。
いきなり魔法士団への就職と結婚の話を持ってくるんですか。
「テオパルド殿。この子はぼくの婚約者ですので、そういう話を振らないでください」
「もう先約済だったか。それは失礼。休日にデートとは睦まじいな」
デートじゃないです、勉強教わってただけです、と言おうとしたら、イワンの手が私の口を塞ぎました。
「そろそろ失礼してよろしいですか? 時間が押しているので」
「そうか、休日に手を貸してもらって悪かったね。ラウレール子爵にも礼を言っておくよ」
「はい」
逃げるように離れて、イワンがうんざりしたようにため息をつきます。
「あの人の話は長いんだ。一時間は取られる。余計なこと言うな」
「あ、はい。気をつけます」
イワンにも苦手な人がいるんですね。
予想外の言葉にびっくりしました。
「私たちが?」
「ノブレス・オブリージュ。力や地位を持つ者は社会的責任と義務を与えられた分、つとめを果たすべきという教えだ。魔法士団がここに到着するまでの間に燃え広がる。一番近くにいるオレたちが動くべきだ」
「……私は何をすればいいですか」
「まず、使い魔を湖に泳がせろ。オレたちは現場に向かうぞ」
ペンちゃんに伝えると、ペンちゃんは走って湖に飛び込みました。私とイワンはコテージに向かいます。
逃げ惑う人々の悲鳴と野次馬であたりはとても騒がしいです。
人ごみをかき分けて、私たちは燃える建物の目前まで出ました。
建物のそばで右往左往している男性は、ここの持ち主でしょうか。
「逃げ遅れた人間は」
「いい、いない。みんな、逃げたけど、爺さんの、継いだおれのレストラン……」
イワンの問いに、男性は半狂乱で答えました。
「あんたは下がれ。オレたちの魔法で火を消す」
「なにを言って」
「オレはイワン・ラウレール。魔法学院の二年だ。野次馬がいると消火の魔法を使いにくい」
イワンが必要なことのみ淡々と告げると、ようやく落ち着きを取り戻した男性は頷いて場を離れました。
建物の前に残ったのは私とイワンだけ。
「アラセリス。オレが補助するから、お前は使い魔を介して湖の水をここに喚ぶんだ。オレが言うとおりに詠唱しろ」
「はい!」
熱風と火の粉が吹きつけてきて痛いです。
イワンは私の手を取り、背中から抱きしめるようにして、燃える建物を見上げます。
「我の力を分けしモノ、隔てる空間を超え我のもとに」
「わ、我の力を分けしモノ、隔てる空間を超え我のもとに」
ピン、と体の中で何か張り詰めたような。
「天の神、水の神に願う、この地に降りそそぐ雨となれ、恵みとなれ、招致に応えよ」
「天の神、水の神に願う、この地に降りそそぐ雨となれ、恵みとなれ、招致に応えよ」
青い光をまとって、私たちのまわりに水の輪が現れる。輪は渦となり空に舞い上がって、燃える建物の上にだけ雨が降り注ぐ。
火が、消えていく。
全身から一気に力が無くなるような感覚を覚えて、足が震えます。
私の腰を抱き込むようにして、イワンが支えてくれました。
「よくやった」
「ありがとう、ございます」
男性は何度も何度も私たちに頭を下げます。
「本当にありがとう、まさか君たちのような若い子が魔法士だなんて、驚いた」
「いいえ。私はまだまだです。お礼ならイワンに。魔法士団を待つより先にできる事をすべきだと言ったのはイワンです」
真っ先に消火をしようとする、こういう責任感のあるところは心から尊敬できます。
惚れ直しました、なんて悔しいから言えません。
ほどなくして魔法士団が到着しました。
かけつけた隊の人が、建物の持ち主さんから話を聞いたようで私たちのところに来ました。
「イワン君じゃないか。まさかこんなところで会うなんてな。消火に協力してくれたこと、礼を言おう」
「お久しぶりです。テオパルド殿。礼なら彼女に。アラセリスの使い魔が水属性でなければ、雨魔法は使えませんでしたから」
お知り合いでしょうか。お互いの名前を知っているようです。
テオパルドさんは私に向き直ると、左胸に手を当てて一礼します。
「わたしはテオパルド・ロッサ。魔法士団長を務めている。学院生なら会ったことがあるかな。ローレンツというんだが」
「えええぇ!? ローレンツくんのお父さん!?」
どうりでイワンと既知なわけです。
「私はローレンツくんと同じクラスのアラセリスです」
「ということは、君が治癒魔法を使えると噂の編入生か。どうだい、卒業後は魔法士団の衛生部に入らないか。それと、うちの息子のことが嫌いでないなら結婚なんて」
話があらぬ方向に飛んでいきました。
いきなり魔法士団への就職と結婚の話を持ってくるんですか。
「テオパルド殿。この子はぼくの婚約者ですので、そういう話を振らないでください」
「もう先約済だったか。それは失礼。休日にデートとは睦まじいな」
デートじゃないです、勉強教わってただけです、と言おうとしたら、イワンの手が私の口を塞ぎました。
「そろそろ失礼してよろしいですか? 時間が押しているので」
「そうか、休日に手を貸してもらって悪かったね。ラウレール子爵にも礼を言っておくよ」
「はい」
逃げるように離れて、イワンがうんざりしたようにため息をつきます。
「あの人の話は長いんだ。一時間は取られる。余計なこと言うな」
「あ、はい。気をつけます」
イワンにも苦手な人がいるんですね。