一年生春編 運命に翻弄される春
うちの家族との話が終わったあと、馬車に乗ってイワンの生家に向かいました。
お屋敷は豪華絢爛というわけではなく、落ち着きと気品を感じられるところでした。
庭が広いですね。庭木の手入れが行き届いていて、薄いピンク色の薔薇が咲いています。
あ、東屋があります!
もしかしてここで紅茶をたしなみつつ薔薇を眺めて生活するんでしょうか。優雅ですね。
「こ、ここは天国ですか。花がたくさん咲いています」
「いや、天国でなくオレの家だ。そんなに花が好きなのか?」
「はい。すごく!」
「……あの日の花も、すごく気に入っていたな」
イワンに助けてもらった日。
プルメリアの花畑での出来事は、今も鮮明に記憶に残っています。
あの日からプルメリアは、私の一番好きな花になりました。
庭を散策したあと客間に通されて、白髪の執事さんがお茶を運んできます。
私の前にティーセットを用意すると、挨拶もそこそこに出ていってしまいました。
……なぜでしょうか、イワンに対するにしては余所余所しいような。ううん、怯えているような気がします。
「人間の食事を一切取らずに生きていられるから、不気味がられているんだよ」
「不気味って……。イワンが物を食べられないのは体質だからしかたないと思うんです。本人の意志でどうこうできるものじゃないでしょう? 何がそんなに怖いんですか」
家で働いてくれている人って、家族の次に近い人だと思います。それなのに、ここの方たちはイワンのこと恐れるんですか。なんだか悲しいです。
「そう思えるアラセリスのほうが珍しいんだ。オレとしても、味がしない上に栄養にならないものをとっても意味がないからな。貴族間でたまにある晩餐会の招待も極力断っている」
諦めの境地にいるようで、イワンはニコリともしません。使用人の皆さんも、いつか、わかってくれる日が来るでしょうか。食べ物が違う以外は、私達とあまり変わらないっていうこと。
「私は、怖くないですからね。お腹空いたら魔力を分けますから」
「……そうだな。あとでまた分けてくれ」
イワンは微かに笑って、私の髪を指ですきました。
あまり待つことなく、イワンのお父様が入ってきました。
「足を運んでもらってすまないね。ようこそアラセリスさん。わたしはエルネスト・ラウレール。イワンの父だ」
「アラセリスです。はじめまして。イワンには学院でお世話になっています」
お父様、随分お若く見えます。イワンと並ぶと兄弟みたい。そして、語り口も表情も、とても穏やかで優しそうです。
少しの挨拶のあと、お父様は真剣な面持ちで話し始めます。
「もう聞いていると思うけれど、うちには魔族の血が流れているんだ。わたしも見た目こそ人間だが、魔族の血のせいか、この通り同年代の人間より老化が遅い。わたしより血が濃いイワンは、成長するにつれてより魔族の性質が顕著になるだろう」
確かにお父様は、二十代だと名乗っても通じそうなほど見た目がお若いです。本当は御年四十だそうです。
「君がイワンと結婚をすれば、生まれてくる子が魔族の血を顕現させるかもしれない。……それでもいいのかい。後悔はしないかい?」
「はい。後悔しません」
「イワンはかなりへそ曲がりだし、我が強い。苦労すると思うよ」
お父さんがそれ言っちゃいますか。私の隣でイワンが眉間にシワを寄せています。
「たしかにイワンは意地悪だし、ひねくれてますけど。でも、責任感が強いところは尊敬できるし、本当は繊細で優しいの、知ってます。そういうところ全部好きです」
意地悪でひねくれものだけど、全部含めてイワンだと思うんです。
強さも弱さも、優しさも。
私は首に下げた指輪に触れて、お父様に伝えます。
「それにですね。使い魔ちゃんが白くて可愛い子だから、イワンも本当は素直でかわいいってことじゃないかと考えているんですが」
「ははは。そうかそうか。こんなへそ曲がりを可愛いと言えてしまうなんてね。君なら安心だ。これからもイワンをよろしく頼むよ、アラセリスさん」
お父様、何が楽しいのか大笑いしてます。
横から不機嫌な顔をしたイワンにほっぺたつねられました。
「いじわる禁止です!」
「意地悪じゃない。ゴミがついていたから取ってやったんだ」
「そんなのウソです、ぜったいウソです! 前言撤回です。イワンは素直じゃなくてかわいくないです」
ご家族への挨拶って、もっと緊張感とロマンに溢れるものだと考えていたんですが、私達のは何か違うと思うんです。
ほっぺたつねるの禁止です。
お屋敷は豪華絢爛というわけではなく、落ち着きと気品を感じられるところでした。
庭が広いですね。庭木の手入れが行き届いていて、薄いピンク色の薔薇が咲いています。
あ、東屋があります!
もしかしてここで紅茶をたしなみつつ薔薇を眺めて生活するんでしょうか。優雅ですね。
「こ、ここは天国ですか。花がたくさん咲いています」
「いや、天国でなくオレの家だ。そんなに花が好きなのか?」
「はい。すごく!」
「……あの日の花も、すごく気に入っていたな」
イワンに助けてもらった日。
プルメリアの花畑での出来事は、今も鮮明に記憶に残っています。
あの日からプルメリアは、私の一番好きな花になりました。
庭を散策したあと客間に通されて、白髪の執事さんがお茶を運んできます。
私の前にティーセットを用意すると、挨拶もそこそこに出ていってしまいました。
……なぜでしょうか、イワンに対するにしては余所余所しいような。ううん、怯えているような気がします。
「人間の食事を一切取らずに生きていられるから、不気味がられているんだよ」
「不気味って……。イワンが物を食べられないのは体質だからしかたないと思うんです。本人の意志でどうこうできるものじゃないでしょう? 何がそんなに怖いんですか」
家で働いてくれている人って、家族の次に近い人だと思います。それなのに、ここの方たちはイワンのこと恐れるんですか。なんだか悲しいです。
「そう思えるアラセリスのほうが珍しいんだ。オレとしても、味がしない上に栄養にならないものをとっても意味がないからな。貴族間でたまにある晩餐会の招待も極力断っている」
諦めの境地にいるようで、イワンはニコリともしません。使用人の皆さんも、いつか、わかってくれる日が来るでしょうか。食べ物が違う以外は、私達とあまり変わらないっていうこと。
「私は、怖くないですからね。お腹空いたら魔力を分けますから」
「……そうだな。あとでまた分けてくれ」
イワンは微かに笑って、私の髪を指ですきました。
あまり待つことなく、イワンのお父様が入ってきました。
「足を運んでもらってすまないね。ようこそアラセリスさん。わたしはエルネスト・ラウレール。イワンの父だ」
「アラセリスです。はじめまして。イワンには学院でお世話になっています」
お父様、随分お若く見えます。イワンと並ぶと兄弟みたい。そして、語り口も表情も、とても穏やかで優しそうです。
少しの挨拶のあと、お父様は真剣な面持ちで話し始めます。
「もう聞いていると思うけれど、うちには魔族の血が流れているんだ。わたしも見た目こそ人間だが、魔族の血のせいか、この通り同年代の人間より老化が遅い。わたしより血が濃いイワンは、成長するにつれてより魔族の性質が顕著になるだろう」
確かにお父様は、二十代だと名乗っても通じそうなほど見た目がお若いです。本当は御年四十だそうです。
「君がイワンと結婚をすれば、生まれてくる子が魔族の血を顕現させるかもしれない。……それでもいいのかい。後悔はしないかい?」
「はい。後悔しません」
「イワンはかなりへそ曲がりだし、我が強い。苦労すると思うよ」
お父さんがそれ言っちゃいますか。私の隣でイワンが眉間にシワを寄せています。
「たしかにイワンは意地悪だし、ひねくれてますけど。でも、責任感が強いところは尊敬できるし、本当は繊細で優しいの、知ってます。そういうところ全部好きです」
意地悪でひねくれものだけど、全部含めてイワンだと思うんです。
強さも弱さも、優しさも。
私は首に下げた指輪に触れて、お父様に伝えます。
「それにですね。使い魔ちゃんが白くて可愛い子だから、イワンも本当は素直でかわいいってことじゃないかと考えているんですが」
「ははは。そうかそうか。こんなへそ曲がりを可愛いと言えてしまうなんてね。君なら安心だ。これからもイワンをよろしく頼むよ、アラセリスさん」
お父様、何が楽しいのか大笑いしてます。
横から不機嫌な顔をしたイワンにほっぺたつねられました。
「いじわる禁止です!」
「意地悪じゃない。ゴミがついていたから取ってやったんだ」
「そんなのウソです、ぜったいウソです! 前言撤回です。イワンは素直じゃなくてかわいくないです」
ご家族への挨拶って、もっと緊張感とロマンに溢れるものだと考えていたんですが、私達のは何か違うと思うんです。
ほっぺたつねるの禁止です。