一年生春編 運命に翻弄される春

 新入生歓迎会からしばらく経ちました。
 今日の昼休憩はイワンと校舎前の並木道に来ています。木の下にあるベンチは、木漏れ日が心地いいんです。
 風を感じてのんびりしていると、イワンが切り出しました。

「アラセリス。今度うちの親父に会ってくれないか」
「ご、ご挨拶に、伺わないとってことですね」
「つがいになれと言ったからな。責任は取る」

 こんなところで発揮される責任感。
 イワンは貴族ですから、恋人になるということは結婚前提。婚約者です。
 ご家族との顔合わせは必須ですよね。

「でも、でも」
「嫌だったか?」
「嫌じゃないんですけど、私、子爵様に結婚のご挨拶をするようなドレス、持ってないですよーー! そういうときって一番きれいな服で何か品のあるお土産持っていかないといけないんですよね!?」

 一瞬の沈黙の後、イワンがお腹を抱えて笑い出しました。

「品のあるお土産ってなんだ? そんなものいらない。格式張ったものでなく、ただ遊びに来る気持ちでいて構わない。親父にはお前が庶民だときちんと話してあるし、その格好で充分だ」
「そうなんですか……?」

 お小遣いをはたいて、貴族御用達の仕立て屋にドレスを注文しないといけないかと思いました。

「次の土の日にでもどうだ」
「その日でいいんですけど、あの、私、お父様に気に入ってもらえるでしょうか」

 イワンのことを好きな気持ちに偽りはありません。
 でも、ご挨拶ですよ。すごくコワモテの人が現れて、息子はやらん! って言われたらどうしましょう。

「不安ならこれをつけていろ」

 イワンはシャツのボタンを外して、着けていたネックレスを手のひらに出しました。

「オレの母親がつけていた結婚指輪だ。お守りくらいにはなるだろう」

 そのまま私の首に下げます。
 銀のチェーンに、青い石がついたシルバーリングが通されています。試しに指を入れたら、私にはちょっとぶかぶか。

「お母様の指輪、いいんですか。大切なものでしょう?」
「やる。……もう母親でなくなったから」

 母親が母親でなくなる、それはどういうことなんでしょう。
 伏し目がちなイワンの瞳を見つめます。

「オレを産んだとき、母は腹を痛めて産んだ子が悪魔だと知って狂った。……だから祖父さんが母に忘却術をかけて、“親父との子を成した”という記憶そのものをなかったことにした。うちの両親は表向き不仲で離婚、オレは妾の子ということになっている」

 生まれた日にお母さんに否定される、それはどれほど悲しくて苦しいことなのでしょう。
 イワンはもう母親でないから、と言うけれど。

 お母様の指輪をずっと身に着けていたことを思うと、本当は割り切れてないんじゃないかと思います。
 お父様に対して罪悪感もあるでしょう。
 私はイワンの手を両手で包みます。

「お守り、ありがとうございます。お父様へのご挨拶がんばりますね」



 そして土の日、イワンが予想外の行動に出ました。
 予定になかったのに、うちの家族へ結婚の挨拶をしたのです。

「あらまぁ、イワンさんうちの子とおつきあいを? セリスったら何も言ってくれないんだもの、びっくりしちゃったわ」
「はい。お付き合いさせていただくにあたってご挨拶をと思いまして」

 猫かぶりイワン、大人の信用度高いんですよね。先生たちも気に入っているみたいですし。

「今聞いたみたいに言わないでよお母さん! 私は歓迎会から帰ってきたときに話したもん!」
「だってそう簡単に信じられないわよ。近所の男の子ならともかく、お相手が貴族の方だなんて。都合のいい夢でも見たのかと思うじゃない」
「うう……」

 それはそうだけど、もう少し娘を信じてくれてもいいと思うの。
 お母さんの言葉を聞いて、イワンが笑ってます。

「イワンさん、姉さんのどこが良くて付き合うと決めたんですか」 
「一緒にいると面白いから。今みたいにころころ表情が変わるの、見ていて退屈しないんだ。それに努力家で、芯が強い。人間着飾ればいくらでも見た目は派手にできるけど、心まではそうはいかない」

 素面で言ってのけました。
 イワンの中の私の評価、そんな感じなんですか。聞いている方が恥ずかしいです。
 レネは安心したようにため息をつきます。

「そうなんですね。前に姉さんを誘拐した人みたいに、治癒魔法がほしいからなんて理由でなくて安心しました」
「大抵の魔法は自分で使えるからね」
「そうです。イワンは強いんですよ。私が誘拐されたとき真っ先に助けに来てくれました。すごく尊敬できる人です」

 誘拐された日に私を助けてくれたこと、何より大きなポイントだったようです。
 お母さんとレネが、頑張れと応援してくれて安心しました。



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