一年生春編 運命に翻弄される春

 いたたまれなくて、つい逃げてしまいました。
 だって、だって、告白したも同然なんですよ。

 私がこんなにいっぱいいっぱいなのに、イワン様は余裕な態度を崩さないのがまた悔しいです。

 走って走って、中庭まで来てしまいました。会場から離れているから人はいません。
 ちょっと気持ちが落ち着くまで一人反省会しようと思います。

 なれないヒールで走ったから足がガクガクです。ヒールをぬいで裸足になったら、芝生の感触が気持ちいいです。

 告白するなら、あんな言い合いみたいな形でなく、もう少しロマンチックな感じがよかったのに。顔を見るとつい喧嘩腰になってしまうんです。

 大樹に寄りかかって座っていると、イワン様の声がしました。

「アラセリス」

 
 鳥よりも大きな羽音がして、夢魔のイワン様が降りてきました。
 仮面を外していて、金色の瞳は怒りを含んでいます。

「なんで逃げる」
「だって」

 イワン様の腕が私を閉じ込める。
 抱き上げられて、大樹の上の大きな枝に降ろされました。

「高いです……」
「これなら逃げられないだろ。さ、続きを聞こうか。意地悪すると嫌いになるとかなんとか言っていたな」

 いい笑顔で言うのやめてほしいです。
 私の気持ちを察したうえで言ってるのがたち悪いです。

「ずるいです。イワン様は私のことどう思っているのか何も言わないのに、私にばかり言わせるんですか」
「ほう。不公平だって言いたいのか」
「そうです。私に気持ちを言わせたいなら、イワン様も言ってください」
 
 私が訴えると、イワン様は私の背後、木の幹に手をつきました。
 ここは木の上だから、視界が夜空とイワン様だけになる。
 月よりも明るい光を持つ金色の瞳が、まっすぐに私をとらえる。

「オレのつがいになれ、アラセリス」

 ストレートな言葉に、胸が締め付けられます。

「他の誰にも渡さない。セシリオにも、ローレンツにも。お前はオレのものだ」

 悪魔の名に恥じぬ強欲さと傲慢さ、貪欲さです。

 出会った日に無理やりキスされて大嫌いだったのに。
 人に弱みを見せない矜持、危険を犯しても私を助けに来てくれた心、泣いていた私を抱きしめてくれた優しさ。

 イワン様のことを知るたびに、惹かれる気持ちを抑えられなくなりました。
 どんなにイワン様から逃げても、私はまた惹かれている。
 この気持ちを伝えてしまったら、もう学院で顔を合わせるたび口喧嘩するような、気安い関係には戻れないでしょう。

 でも、心に抗えません。

「好きです。イワン様のことが好きで、欲しくて、どうしようもなくて、苦しいんです。おかしくなってしまいそうなんです」
「呼び捨てでいい」
「……イワン。私をつがいにしてください」
「いいのか? ……オレは見ての通り化物だ」

 手を重ね合わせて、指を絡ませ、イワンは確かめるように聞いてきます。いつもの強気な言動とは違い、儚さすら感じる声音で。

 この儚さが本来のイワンなら、小さくて白いあの子が使い魔本質なこと納得できます。
 繋いだ手は汗ばんでいて、イワンが緊張しているのがわかります。
 関係の形が変わることが怖いと思う気持ちは、同じなんですね。

「……はい。悪魔の姿のイワンも、全部、まとめて好きです」

 イワンの瞳から、一筋涙がこぼれる。
 耳元に、首筋に、イワンの口づけが降る。
 私もイワンに手を伸ばして、目元に、唇に、口づけを返します。

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 イワンの胸に耳を当てると、私と同じ心音が聞こえます。魔族であっても、心は人と変わらないんですね。

 空が明るくなって、花火が上がる。地上で見るより近くて大きな花。木の上って、これ以上ないくらいの特等席ですね。
 イワンと過ごしたこの夜を、この花火を、私は生涯忘れないと思います。




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