一年生春編 運命に翻弄される春

 ついに来ました、新入生歓迎会当日。
 パーティーは授業後、夕刻から開始です。
 生徒会室でドレスに着替えて、いざ会場へ。

「アラセリス、忘れ物だ」
「なんですか?」

 ドレスは着付けてもらったので問題なし、髪のセットもしました。仮面もつけました。
 あとはなんでしょう。
 
 イワン様は私の手を取ると、手首に小瓶のコロンをひと吹き。
 柑橘系のフルーツに似た爽やかさに、すこし甘みのある香りがします。

「虫除けだ」
「ありがとうございます。このドレス、普段の服より肌が出てますものね」

 肩と腕まるごと見える服装ってしたことないです。

「セリスさん、それはちょっと違う気がするわ」
「え。何か違いますか、ミーナ様」

 舞踏会用のドレスに身を包んだミーナ様は、いつも以上にエレガントです。口元に手を添えて、困ったように微笑んでいます。

「これ、よくイワンが舞踏会でつけているものね。たしかにいい虫除けになりそう」

 普段から虫除けつけてるんですね。貴族の暮らしって大変そうです。

「イワン、こういう牽制のしかたは酷いと思うんだ。わたしに何も言わせないつもりか」
「ふん。わかっているじゃないか。計画していたことを実行するなら、今ここで声を出せないようにしてやることもできる」
「やめておく。君の術を防げる人間が、この世に何人いると思っているんだ」

 なにやら笑顔で不穏なことを言っていますが、お二人は喧嘩中なんでしょうか。
 聞いてはいけない気がしたので、黙っていることにしました。

 

 そしてパーティー開始。
 一曲目のワルツです。さっそくセシリオ様が声をかけられ、パートナーのいない女の子のもとに行きました。

「セリス。頼めるか」
「あ、ローレンツくん」

 仮面をしていても、赤毛と声でわかります。
 私より格段にダンスのうまいミーナ様がいるのにご指名いただきました。
 ローレンツくんがお辞儀をして右手を差し伸べます。

「踊っていただけますか」
「喜んで」

 これもミーナ様に教えていただきました。ダンスの申込みを受けるときの作法だそうです。
 私もお辞儀をして、ローレンツくんの手を取ります。

 曲が始まる、というところでローレンツくんが何かに気づきました。

「このコロンは」
「先程イワン様がつけてくれたの。虫除けになるって。掃除担当の方が毎日丁寧にお掃除してくれていても、虫は出るものなのね」
「そうじゃないだろ……。くそ、イワンのやつ道理ですました顔をしてると思ったら」

 ワルツの間、ローレンツくんは居心地悪そうにしていました。急場しのぎで覚えたダンスだから、まわりから見ても下手っぴですよね、すみません。ローレンツくんまでダンスが下手だと思われたらごめんなさい。

 その後何名かに声をかけられて、みんな虫除けに気づくと顔がこわばっていたのです。何だったんですか。

 さすがに疲れたので壁際で休憩します。
 イワン様はパートナーのいない子に呼ばれて、ダンスをしているところです。

 可愛らしい小柄な令嬢が、照れた様子でイワン様の腕に手を添えています。
 良家の令嬢とイワン様、とてもお似合いです。絵になるというか……なんか腹立ちます。
 私の時とえらく対応が違いませんか。

 ぼんやり見ていたら曲が終わっていたようです。イワン様が私のところに来ました。

 黙って会釈をして、手の平を私に向けました。
 私も黙って手を取ります。
 体を寄せて気づきました。イワン様が私と同じ香りって、照れますね。
 イワン様に身を委ねてワルツを踊る。ずっと曲が終わらなければいいのに、なんて思ってしまいます。
 今このダンスが、今日の中で一番うまく踊れたと思います。

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「あの、イワン様。このあと花火がありますよね。えと、一緒に、見たいです」

 イワン様が騒がしいの嫌いだと思うのに、やっぱり諦められなくて口にしてしまいました。
 せっかくミーナ様が「好きな人と見なさい」って背中を押してくれたのです。

「オレは今かなり疲れてるんだ。今ここで魔力をくれたら考えてやろう」
「て、手を介するほうじゃ……」
「駄目だ」

 全校生徒が集まるここで私からキスしろって、鬼畜ですか。そんなの恥ずかしすぎる。

「あきらめます」
「駄目だ」

 仮面をしていてもわかる、私をからかう笑みが憎いです。なんで私はこんな意地悪な人に惹かれてしまったのでしょう。

「無理強いしたら、き、嫌いになっちゃいますよ」
「へえ。つまり、好きってことか」
「あ……」

 墓穴を掘りました。
 人生最大の不覚です。



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