一年生春編 運命に翻弄される春

 パーティー会場は学院の中にある大広間。あとは当日生徒が入るだけの状態になっています。
 現在楽団の方が絶賛練習中です。
 あれはバイオリンでしょうか。あちらはフルート? たくさんの人が椅子に座って一斉に演奏する姿は圧巻です。

「すごいですねえ」
「そうだろう。城の舞踏会でも演奏してくれている人たちなんだよ」

 セシリオ様は自分が誉められたみたいに嬉しそうです。楽団の方と話していたミーナ様が戻ってきました。

「このあとワルツの通し練習をするそうだから、セリスさん、ここで実際に踊ってみて」
「緊張します……」
「当日ぶっつけ本番になるよりはいいだろう。ほら、来い」

 私、本当にここにいていいんでしょうか。場違いな気がしてなりません。
 震える私の手を引いて、イワン様が広場に出ました。テールの長いタキシードに目元を隠す仮面。
 学年と家柄の先入観をこえて交流するため、歓迎会は仮面舞踏会なのです。

 誰だかわかっているとはいえ、いつものイワン様と雰囲気が違います。普段喧嘩しているとあまり意識しないのですが、やっぱりイワン様も貴族なんだなって、思います。
 タキシード姿のイワン様がかっこよく見えるのが悔しいです。

「約束を破るなんてひどいな、イワン」
「オレは協力してやると言った覚えはない。こいつに関して、悪魔の力を借りられると思うな」

 セシリオ様とイワン様が、どっちが偉いんだかわからない会話をしています。
 何か約束していたんでしょうか。聞いてもいいんでしょうか。

「気にするな。ほら、始まるぞ」
「は、はい」

 線は細くてもやはり男性。イワン様はしっかりと私の体を支えます。裸足でなくヒールを履いての練習は初めてで、うまくバランスが取れないです。
 令嬢の皆様、いつもこれを履いてダンスしているなんて尊敬しますよ。

 ふらついてもすぐにイワン様が立て直してくれます。なんとか一曲が終わると、セシリオ様とミーナ様だけでなく楽団の方も拍手してくれました。

「これまでダンスをやったことがなかったんだって? 初めてにしてはうまく出来ていたわよ」
「ど、どうもありがとうございます……」

 バイオリンを抱えたゴージャスなお姉さまが誉めてくれました。お世辞ではないと思いたいです。

 そろそろ休憩に入っていいとのことなので、イワン様と食堂舎に来ました。
 学生寮に入っている生徒のために、土の日と陽の日も開いているんですって。
 せっかくだからオリエンテーションのご褒美でもらった、特別デザートペアチケットを活用します。

 フルーツがたっぷりで鮮やかなタルトに、ルシールレモンを添えたアイスティーもセットになっています。
 見た目だけでなく味も豪華。
 甘味と酸味がうまく混じりあっていて、どこから食べてもすごく美味しいです。

「ケーキ一つで幸せそうだな」
「だって美味しいんですもの」

 イワン様は自分の前にあるケーキには手をつけず、お茶だけ飲んでいます。
 今朝も思いましたが、イワン様が食べ物を食べているところを見たことがない気がします。

「食べないんですか?」
「食べても栄養にならない。それに、味覚が人間と違うからか味を感じないんだ」

 近くに人がいないのを確認してから語ってくれました。

「先代のルシール国王が、魔族との停戦交渉で妹姫を差し出した。その妹姫は悪魔族のうち、夢魔の王子と結婚して子を産んだ。……その子がオレの父親。オレは先祖返りで夢魔として生まれた。だから生きる糧は食べ物でなく魔力や生気なんだ」
「生気?」
「簡単に言うと人間が生きるための力だ。命に執着する強い心や、性欲、そういう不定形のもの。魔力も生気も人によって味が違う。甘かったり苦かったり……その人間の心に比例している」

 人の想いに味があるってなんだか不思議ですね。
 私の魔力や生気ってどんな味なんでしょう。

「怖くなったか?」
「怖くないです。でも、お茶では回復しないなら、今すごくお腹空いてますよね」
「何か腹に入れろと言うなら、あとで魔力を分けてくれ」
「はい。私の魔力でよければいつでも」

 イワン様は自分の前にあるケーキと、空になった私の皿を入れ替えてまた紅茶に口をつけるふりをします。
 味がわからなくても人間のふりをするためにそうする。自分のことでないのに、切なくなります。

「いつでも、ときたか。まったくお前は本当に変わっている」

 目を伏せるイワン様は、どことなく嬉しそうに見えました。




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