一年生春編 運命に翻弄される春
ダンスの練習をしろと言った翌日から、アラセリスは本当に昼休憩の時間を削って練習を始めた。
学舎表の広場で、裸足になって練習している。
男性役になっているのはローレンツだ。
ローレンツがまんざらでもなさそうな顔をしていることに、アラセリスは気づいていない。
知り合いになら頼みやすいと思っているんだろうが、なんでよりによってローレンツを選ぶ。
オレだって頼まれれば相手になってやるのに。
放課後はギジェルミーナが呼んだ仕立て屋が来て、現在生徒会室の奥でアラセリスの寸法を測って試着用のドレスを着せ替えられている。
ギジェルミーナのドレスを直す案は、案外胸囲が違うとかいう理由で却下になった。
オレとセシリオは別室でひたすら事務作業をしている。
「なんだか今日は機嫌が悪いねえ、イワン」
「そんなことはない」
「セリスくんに頼ってもらえなかったことがそんなに悔しいのかい?」
「は?」
隣に座る幼馴染は、頬杖をついてオレの手元を見る。
「それはもう処理のすんだ書類だよ」
「……だからなんだ」
本題に入らず、自分で考えろと言わんばかりに遠回しに告げてくる。オレは昔から、セシリオのこういうところが嫌いだ。
「イワンがセリスくんに本来の姿を晒したこと、わたしは驚いているんだ。以前のイワンなら、人前にあの姿を見せるくらいなら見捨てていたんじゃない?」
「お前の中のオレはどこまで薄情なんだ。流石に生徒会役員の仲間を見捨てはしないぞ」
あながち間違っていないのが腹立たしい。
アラセリスは、オレの本来の姿を見ても動じなかった。それどころか、また空を飛んで星を見せてほしいなんて馬鹿なことを言う。
それにどこで学んだのか、口づけでオレに魔力を渡した。
あんなにも甘美な魔力と生気は、これまでに味わったことがない。また味わいたいと切望するくらいに、魅力的だった。
……人を堕落させる夢魔《インキュバス》のオレが、特定の人間に魅入られるなんてどうかしている。
「わたしはね、冗談ではなく本気で、セリスくんが婚約者になってくれたら良いと思っている。イワンは幼馴染として応援してくれるよね」
「なんでオレが」
「だってイワンにとってセリスくんは、ただの役員仲間なんだろう。わたしにはそれ以上なんだ。新入生歓迎パーティーで婚約者だって発表してみようかと思う」
「アラセリス本人の気持ちは無視するのか」
この前食堂舎で妙な真似をしたから、ただでさえあらぬ疑惑が生まれていた。さらに外堀を埋めにかかるなんてどうかしている。
「無視なんてしないよ。パーティー当日までに求婚して了承をもらえば本物だ。だからイワンは、わたしとセリスくんが二人きりになったら、わたしに惚れるよう魅了術を使ってくれればいい」
「断る。女一人落とすくらい自分でどうにかしろ」
|セシリオ《こいつ》が王子でなけりゃ刺していた。
急に奥の部屋が騒がしくなった。パタパタと早い足音が聞こえて扉が開く。
「待たせたわね。セリスさんのドレス、こんな感じになりましたよ!」
ギジェルミーナに引っ張られながら、アラセリスが出てきた。
春らしい薄いブルーのドレスだ。
裾が緩やかに広がるAライン。肩がまるごとあらわになったビスチェ。髪も結い上げていて首筋が見える。
この姿なら、貴族の令嬢に混じっても見劣りしない。
「ど、どうですか」
アラセリスはガチガチに固まりながら、上目遣いでオレに聞いてくる。
「まあまあだな。これなら恥をかかなくて済むんじゃないか」
「そうですか……」
なんで残念そうに肩を落とすんだ。ギジェルミーナがなんだか睨んでくるし。
「すごく似合っているよ。生徒会の役員でなければわたしのパートナーをお願いしたいくらいだ」
「本当ですか」
セシリオに褒められて、アラセリスは照れたように笑う。
「細かな調整を終わらせたら届けますので。一旦脱いでくださいね」
「はい」
仕立て屋に呼ばれて奥にいき、普段の服装に着替えて戻ってきた。気に入ったのか、髪はアップにしたままだ。
「さて、ドレスの問題も解決しましたし、お仕事がんばりましょう!」
「書類仕事はわたくしがやっておきますから、貴女は一分一秒でも長くダンスの練習をしてくださいな」
「…………はい」
ギジェルミーナに言われて泣きそうになっている。
で、アラセリスは練習相手にセシリオを指名して、オレは事務仕事。
意地でもオレに頼らないつもりらしい。ムカつくからあとで絶対泣かす。
学舎表の広場で、裸足になって練習している。
男性役になっているのはローレンツだ。
ローレンツがまんざらでもなさそうな顔をしていることに、アラセリスは気づいていない。
知り合いになら頼みやすいと思っているんだろうが、なんでよりによってローレンツを選ぶ。
オレだって頼まれれば相手になってやるのに。
放課後はギジェルミーナが呼んだ仕立て屋が来て、現在生徒会室の奥でアラセリスの寸法を測って試着用のドレスを着せ替えられている。
ギジェルミーナのドレスを直す案は、案外胸囲が違うとかいう理由で却下になった。
オレとセシリオは別室でひたすら事務作業をしている。
「なんだか今日は機嫌が悪いねえ、イワン」
「そんなことはない」
「セリスくんに頼ってもらえなかったことがそんなに悔しいのかい?」
「は?」
隣に座る幼馴染は、頬杖をついてオレの手元を見る。
「それはもう処理のすんだ書類だよ」
「……だからなんだ」
本題に入らず、自分で考えろと言わんばかりに遠回しに告げてくる。オレは昔から、セシリオのこういうところが嫌いだ。
「イワンがセリスくんに本来の姿を晒したこと、わたしは驚いているんだ。以前のイワンなら、人前にあの姿を見せるくらいなら見捨てていたんじゃない?」
「お前の中のオレはどこまで薄情なんだ。流石に生徒会役員の仲間を見捨てはしないぞ」
あながち間違っていないのが腹立たしい。
アラセリスは、オレの本来の姿を見ても動じなかった。それどころか、また空を飛んで星を見せてほしいなんて馬鹿なことを言う。
それにどこで学んだのか、口づけでオレに魔力を渡した。
あんなにも甘美な魔力と生気は、これまでに味わったことがない。また味わいたいと切望するくらいに、魅力的だった。
……人を堕落させる夢魔《インキュバス》のオレが、特定の人間に魅入られるなんてどうかしている。
「わたしはね、冗談ではなく本気で、セリスくんが婚約者になってくれたら良いと思っている。イワンは幼馴染として応援してくれるよね」
「なんでオレが」
「だってイワンにとってセリスくんは、ただの役員仲間なんだろう。わたしにはそれ以上なんだ。新入生歓迎パーティーで婚約者だって発表してみようかと思う」
「アラセリス本人の気持ちは無視するのか」
この前食堂舎で妙な真似をしたから、ただでさえあらぬ疑惑が生まれていた。さらに外堀を埋めにかかるなんてどうかしている。
「無視なんてしないよ。パーティー当日までに求婚して了承をもらえば本物だ。だからイワンは、わたしとセリスくんが二人きりになったら、わたしに惚れるよう魅了術を使ってくれればいい」
「断る。女一人落とすくらい自分でどうにかしろ」
|セシリオ《こいつ》が王子でなけりゃ刺していた。
急に奥の部屋が騒がしくなった。パタパタと早い足音が聞こえて扉が開く。
「待たせたわね。セリスさんのドレス、こんな感じになりましたよ!」
ギジェルミーナに引っ張られながら、アラセリスが出てきた。
春らしい薄いブルーのドレスだ。
裾が緩やかに広がるAライン。肩がまるごとあらわになったビスチェ。髪も結い上げていて首筋が見える。
この姿なら、貴族の令嬢に混じっても見劣りしない。
「ど、どうですか」
アラセリスはガチガチに固まりながら、上目遣いでオレに聞いてくる。
「まあまあだな。これなら恥をかかなくて済むんじゃないか」
「そうですか……」
なんで残念そうに肩を落とすんだ。ギジェルミーナがなんだか睨んでくるし。
「すごく似合っているよ。生徒会の役員でなければわたしのパートナーをお願いしたいくらいだ」
「本当ですか」
セシリオに褒められて、アラセリスは照れたように笑う。
「細かな調整を終わらせたら届けますので。一旦脱いでくださいね」
「はい」
仕立て屋に呼ばれて奥にいき、普段の服装に着替えて戻ってきた。気に入ったのか、髪はアップにしたままだ。
「さて、ドレスの問題も解決しましたし、お仕事がんばりましょう!」
「書類仕事はわたくしがやっておきますから、貴女は一分一秒でも長くダンスの練習をしてくださいな」
「…………はい」
ギジェルミーナに言われて泣きそうになっている。
で、アラセリスは練習相手にセシリオを指名して、オレは事務仕事。
意地でもオレに頼らないつもりらしい。ムカつくからあとで絶対泣かす。