一年生春編 運命に翻弄される春
ようやく涙がとまって、イワン様に抱えられたまま屋根の上で話します。
「お前があのペンギンを外に出したのが見えたから、ここだとわかった」
「ペンちゃん有能すぎる」
「見つけたのはオレだ」
ほっぺたをつねらないでください。
地上を見ると、少しずつ人が集まってきています。
「会長が捜索隊を呼ぶよう、お前の弟に指示したからな」
「ありがとうございます。みんなにもお礼を言わないとですね」
やっぱり、お母さんとレネにも心配をかけていたんだ。
イワン様は地上を見下ろしたまま顔を曇らせます。
「この姿で出ていくと、オレが誘拐犯にされかねないな。どこか別のところに降りてから合流しないと」
「お手数おかけします」
かつてルシール王国は、魔族の国と戦争していました。大抵の人は魔族を忌むべき存在として見ます。
だから今出ていくと、イワン様が誘拐犯だと誤解されかねないです。
「……本当に怖がらないな」
「イワン様はどんな姿でもイワン様でしょう。翼、かっこいいです」
思うまま口にすると、イワン様の表情に少し優しい色が混じりました。猫をかぶっているときとも、私をからかうときとも違う。
すごく綺麗です。いつもそうやって笑っていたらいいのに。
「ここに来る前、近くに花畑が見えた。あそこなら警官の目もないだろう」
「はい」
イワン様の後頭部に手を回すようにしてしがみつくと、イワン様は私を抱え上げて空を舞いました。
「わぁ。星が近くて綺麗ですね」
「そうか?」
「ええ。いつでもこんな星空を眺められるなんて、羨ましいです。気が向いたらでいいのでまた見せてください」
「化物と罵られたことは数あれど、そんなアホなこと言ったのは、お前が初めてだよ」
私はアホじゃないです。やっぱりイワン様は失礼です。
降りたのは、真っ白なプルメリアが咲き乱れる公園でした。
甘い香りが辺り一帯に広がっています。
イワン様が着地すると、翼は月明かりにとけて消えました。
「……くっ」
膝から崩れ落ちるように、イワン様が座り込んでしまいます。顔色は月下でもわかるくらい真っ青。
「だ、大丈夫ですかイワン様」
「少し休めば……動けるようになるから、お前は、早くみんなのところに」
「そんなわけにはいきません。貴方が一緒でないとだめです」
これがセシリオ様が言わずにいた事情《・・》なんですね。イワン様本人が口にしない限り言えない事情。
空を飛ぶのも、さっきレスティ先輩に使った炎の魔法も、かなり魔力を使うのかもしれません。
セシリオ様から聞いたことを思い出しました。
イワン様が体調を崩したとき、魔力を渡せば回復すること、そして……手を繋ぐよりもずっと効率よく魔力を渡せる方法。
イワン様は私を助けるために最善を尽してくれたのです。
だから、迷いはありません。
「イワン様、嫌なら蹴飛ばすなりなんなりしてくださいね」
「は? なにを、言って……」
両手でイワン様の頬にふれて、唇を重ねる。
口づけで魔力を渡す。
イワン様は蹴飛ばしてきたりはせず、黙って受け入れました。
イワン様の手が私の背を抱き寄せる。
心臓の音がうるさくて、胸が熱くて、何も考えられない。
「アラセリス」
「な、なんですか、イワン様」
名前を呼ばれるだけで胸が締め付けられる。
魔力が回復したイワン様は、いつもの顔色に戻っていました。瞳も普段の藍色に。
イワン様は挑むように私を見ます。
「……嫌なら、蹴飛ばすなりなんなりしろよ」
魔力の受け渡しではない、口づけをされました。
出逢った日のような強引に奪うものではなくて、私が簡単に抵抗して逃げられるくらいのものです。
わざと逃げる余地を与えるなんて、ずるいです。
振り払うなんて、できるはずないじゃないですか。
深く関わると身の破滅だとわかっています。
惹かれちゃいけないと思うのに。
どこにでも転がっているような、普通の恋をする予定だったのに。
私は、どうしようもなくイワン様に惹かれている。
「お前があのペンギンを外に出したのが見えたから、ここだとわかった」
「ペンちゃん有能すぎる」
「見つけたのはオレだ」
ほっぺたをつねらないでください。
地上を見ると、少しずつ人が集まってきています。
「会長が捜索隊を呼ぶよう、お前の弟に指示したからな」
「ありがとうございます。みんなにもお礼を言わないとですね」
やっぱり、お母さんとレネにも心配をかけていたんだ。
イワン様は地上を見下ろしたまま顔を曇らせます。
「この姿で出ていくと、オレが誘拐犯にされかねないな。どこか別のところに降りてから合流しないと」
「お手数おかけします」
かつてルシール王国は、魔族の国と戦争していました。大抵の人は魔族を忌むべき存在として見ます。
だから今出ていくと、イワン様が誘拐犯だと誤解されかねないです。
「……本当に怖がらないな」
「イワン様はどんな姿でもイワン様でしょう。翼、かっこいいです」
思うまま口にすると、イワン様の表情に少し優しい色が混じりました。猫をかぶっているときとも、私をからかうときとも違う。
すごく綺麗です。いつもそうやって笑っていたらいいのに。
「ここに来る前、近くに花畑が見えた。あそこなら警官の目もないだろう」
「はい」
イワン様の後頭部に手を回すようにしてしがみつくと、イワン様は私を抱え上げて空を舞いました。
「わぁ。星が近くて綺麗ですね」
「そうか?」
「ええ。いつでもこんな星空を眺められるなんて、羨ましいです。気が向いたらでいいのでまた見せてください」
「化物と罵られたことは数あれど、そんなアホなこと言ったのは、お前が初めてだよ」
私はアホじゃないです。やっぱりイワン様は失礼です。
降りたのは、真っ白なプルメリアが咲き乱れる公園でした。
甘い香りが辺り一帯に広がっています。
イワン様が着地すると、翼は月明かりにとけて消えました。
「……くっ」
膝から崩れ落ちるように、イワン様が座り込んでしまいます。顔色は月下でもわかるくらい真っ青。
「だ、大丈夫ですかイワン様」
「少し休めば……動けるようになるから、お前は、早くみんなのところに」
「そんなわけにはいきません。貴方が一緒でないとだめです」
これがセシリオ様が言わずにいた事情《・・》なんですね。イワン様本人が口にしない限り言えない事情。
空を飛ぶのも、さっきレスティ先輩に使った炎の魔法も、かなり魔力を使うのかもしれません。
セシリオ様から聞いたことを思い出しました。
イワン様が体調を崩したとき、魔力を渡せば回復すること、そして……手を繋ぐよりもずっと効率よく魔力を渡せる方法。
イワン様は私を助けるために最善を尽してくれたのです。
だから、迷いはありません。
「イワン様、嫌なら蹴飛ばすなりなんなりしてくださいね」
「は? なにを、言って……」
両手でイワン様の頬にふれて、唇を重ねる。
口づけで魔力を渡す。
イワン様は蹴飛ばしてきたりはせず、黙って受け入れました。
イワン様の手が私の背を抱き寄せる。
心臓の音がうるさくて、胸が熱くて、何も考えられない。
「アラセリス」
「な、なんですか、イワン様」
名前を呼ばれるだけで胸が締め付けられる。
魔力が回復したイワン様は、いつもの顔色に戻っていました。瞳も普段の藍色に。
イワン様は挑むように私を見ます。
「……嫌なら、蹴飛ばすなりなんなりしろよ」
魔力の受け渡しではない、口づけをされました。
出逢った日のような強引に奪うものではなくて、私が簡単に抵抗して逃げられるくらいのものです。
わざと逃げる余地を与えるなんて、ずるいです。
振り払うなんて、できるはずないじゃないですか。
深く関わると身の破滅だとわかっています。
惹かれちゃいけないと思うのに。
どこにでも転がっているような、普通の恋をする予定だったのに。
私は、どうしようもなくイワン様に惹かれている。