一年生春編 運命に翻弄される春

 潮の香りがするどこかの倉庫に、手首を縛られたまま放り込まれました。
 これは海外の国に奴隷として売られるバッドエンドルートですね。私、まだ十六歳の誕生日すら迎えてないのに奴隷なんてあんまりです。

 けれどミーナ様が教えてくださったのは、頑張れば未来は変えられるということです。
 なら私は全力で運命に反抗します。

 扉は分厚くて蹴ったくらいじゃ壊せそうにありません。倉庫内に脱出口がないか探しましょう。
 窓は月明かりが注いでくる天窓だけ。どう頑張っても登れません。

 積まれた木箱は空。うっすら埃を被っています。
 奥に進むとおりがありました。

 それも、犬猫用の小さいものではなく、上背のある大人でも十人以上は入りそうな大きなもの。
 檻の前に、レスティ先輩がいました。

「ようこそアラセリス。俺の花嫁」

 先輩は手に長い鎖を持っていて、鳥肌が立ちました。

「な、な……」
「セシリオと婚約なんて許さない。俺とマリベルは考えんたんだ。アラセリスがここで一晩俺と過ごせば、何もなくても人は勘繰るよな。何があったのか」

 逃げなきゃいけないのに、足がすくんで言うことをききません。拘束がただの縄から、手錠に変わる。体も鎖で巻かれました。
 突き飛ばされて、檻の冷たい格子が背中にあたります。

「そんな汚らわしい女を王妃にできないと言われて、婚約は破棄。そしてマリベルは王妃に。アラセリスは俺の妻に。レスティ家に治癒魔法が入る。良いことづくめだろう」
「利があるのはあなたがた兄妹にのみ、でしょう」

 こんな人と結婚なんて死んでも嫌です。

 何か、何かできることを探さないと。
 きっと今頃お母さんとレネが心配しています。
 それに、私の未来を知るミーナ様なら、この事態を予測して動いてくれます。だから私もできることを。

 先輩が詠唱して、部屋の入り口に狼が現れました。

「逃げたらこいつに襲わせる」

 ……離れた場所に召喚できるのなら、ペンちゃんをこの倉庫の外に喚べたなら、誰か気づいてくれるかも知れません。

「逃げません。私は立ち向かいます。我の力を分けしモノ、招致に応じよ!」

 ピイ! と外で鳴き声がしました。
 ペンちゃん、よくぞきてくれました! 誰かがペンちゃんを見つけてくれることを祈ります。

「ははは! 入学してまもない一年生じゃ、召喚失敗もするよな。反抗的な妻は教育して、旦那様に逆らえないようにしてやるよ」

 旦那様気取りの先輩に幾度となく蹴られ、そこかしこが痛い。

 さすがに泣いてしまいそうです。でもきっと助けが来ます。泣いちゃだめです。

「逆らったこと後悔しろ!」

 先輩が高笑いしてナイフを振り上げたその時。



 天窓が軋みました。
 何か強い力を叩きつけるような音が何度も響いて、粉々に砕けた破片が降りそそぎます。

「な、なんだ!?」

 天窓から、黒い影が飛び込んできました。
 悪魔の翼を持つ影。

「ま、ま、魔族!? なんで悪魔がルシール王国に」
「悪魔とは随分な言いようだな。オレが悪魔なら、アラセリスを監禁して暴行しているお前は、なんだって言うんだ」
 
 槍のような形状の炎が降り注ぎ、先輩と使い魔は一瞬にして火だるま。翼の人が先輩に向かって足を踏み出します。

「ひいいいっ!! よ、寄るな化物!!」

 先輩は私を繋ぐ鎖を放り投げ、一目散に逃げ出しました。



「大丈夫か、アラセリス」
「……はい。ありがとうございます、イワン様」

 私を見下ろす金色の瞳。イワン様の色です。
 こうしてみると月に似ていて、綺麗で神秘的ですね。

「この姿を見ても怯えないなんて、お前どんな神経してんだ」
「ローレンツくんにも言われました。神経図太いって」

 落ちていた鍵を拾って、イワン様が手錠を外してくれました。体を縛っていた鎖も解かれて、自由の身です。

「いくぞ。お前がそんなに重くないなら抱えて飛べる」
「失礼な」

 こんな時でもイワン様はイワン様のようです。
 抱えられて体が浮き上がります。天窓から外に出て、いつもよりも近くにある月が迎えてくれました。

 屋根に着地して、イワン様が一旦羽根を休めます。
 助かったんだと、じわじわと実感が湧いてきて目が熱くなりました。

「泣くほどオレに触れられるのが嫌だったか」
「違うんです、本当は、閉じ込められて、すごく、怖かったから」

 今さら手足が震えています。涙が止まらない。
 温かい手が私の頭を撫でて、背を抱いてくれる。
 こんな時だけは何も言わないなんて、ずるいです。
 でもいまだけ、優しさに甘えます。私はイワン様の胸に顔を埋めて、涙が枯れるまで泣き続けました。





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