一年生春編 運命に翻弄される春

 ちょっとセリスくんに群がる者たちを牽制しようと思っただけなのに、予想以上に騒ぎが大きくなっていた。

 午後の授業は魔法薬学。
 薬草温室に向かおうとすると四人ほどの女生徒に囲まれた。
 むせるほどきつい香水の臭いが鼻につく。

「セシリオ様! セシリオ様が庶民の編入生と婚約したという話を聞いたのですが本当ですの!? 第一王子であられるセシリオ様がそのようなことなさるはずありませんよね」

 お供を引き連れたこの子は、どの学年の誰だったか。学院にいるということは貴族の娘に違いないが、いっこうに名前が思い出せない。

「わたしはこの学院にいる間はただの生徒なんだ。王子・・に用があるなら時と場を改めてほしいな」
「でも。マリベルは、ずっとセシリオ様の后に相応しい人間になろうと家庭教師を何人もつけてきましたのよ。なのに婚約の打診をしてもいつも返事は否。浅学な庶民を選ぶなんてあんまりじゃありませんか」

 それを聞いてようやく思い出した。レスティ家の妹の方だ。せっかく兄妹揃って魔法の才を持って生まれたというのに、人間性が残念すぎる。

「すまないが、急がないと授業に遅れてしまうのでね。用があるなら王室にその旨を記した信書を送ってくれ」

 先程よりやや強めの口調で言って、ようやく道を開けてくれた。
 
 わたしはどこにいても、王子であることをやめられない。「君と結婚したくないし興味もない」と言ってしまえば大問題になる。
 イワンのように忘却術が使えるなら、この令嬢からわたしという存在の記憶をまるごと抹消したい。人間に使えない術だから、どんなに望んでも使うことなんてできやしない。
 わたしはそこまで憧れてもらえるような聖人君子ではないのに、あの令嬢は何を期待しているんだろう。

 
 
「ごきげんよう、殿下。本日も麗しいですね」
「これは王子、これから授業ですか」

 薬草温室に向かう途中でも、何人もが声をかけてくる。蛇のように不気味がられ嫌われる存在になれたなら、誰もわたしに見向きもしないのに。

 セリスくんならわかってくれるだろうか。
 あの子はわたしを特別扱いしたことがない。他の生徒と同じように応対してくれる。

 稀有な子だと思う。イワンに対して物怖じしないし、ローレンツとも仲良くやっている。
 学院を卒業したら、イワンとローレンツはわたしの側近になる。
 娶るなら、セリスくんのように二人を色眼鏡で見ない女性がいい。
 セリスくんはわたしに媚を売るようなこともしないし、彼女の隣は居心地がいい。


「庶民なんかを婚約者に選びませんよね」などという、差別意識が丸見えの人間を伴侶にしたいなどと思わない。
 国民の八割は庶民なのに、庶民を差別する王妃なんてありえない。


 誤解でなく、本当にセリスくんが婚約者ならいいのに。
 庶出でも、治癒魔法の才があるなら貴族の老獪たちも黙らざるを得ないはず。

 ああ、でも。イワンがセリスくんに対して興味以上の感情を抱いているように見える。
 セリスくんもイワンと話すときは素の表情を出しているように感じる。


 きっと二人ともまだ自覚がない段階、わたしがセリスくんの手を取る隙は残されているはずだ。
 セリスくんは、わたしにもあんなふうに怒ったり笑ったり、いろんな表情を見せてくれないものか。
 王子の仮面をかぶったままでは、見られないだろうか。
 素のわたしを知っても、となりにいてくれるだろうか。



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