一年生春編 運命に翻弄される春

 下校時、金髪で柔らかな物腰の先輩が声をかけてきました。
 入学式で在校生代表の挨拶していたセシリオ様です。
 庶民の私が王子様とばったり遭遇なんて、神様に仕組まれていない限りないですよね。

「やぁ君、たしか魔力があるから編入してきたっていうアラセリスだよね。入学式で会長に呼ばれていた」
「は、はい。そうです、セシリオ様」
「会長と何を話したのかな。意地悪されてないかい? 困ったらいつでもわたしに頼るんだよ。女性を助けるのは男の義務だからね」
「意地悪なんてされていません。とても親切にしていただきました」

 この場ではなんて言うのが正解なんでしょう。
 下手に仲良くなると監禁されると聞かされたあとですので、笑顔が引きつっているのが自分でもわかります。

「私、母の手伝いをしなければいけないのでこれで失礼しますね」
「待ちたまえ、セリスくん。帰りはうちの馬車で送らせよう。庶民の生活とはどういうものなのか聞いてみたいし、女性を一人で歩かせるなんてできないからね」

 密室は危険よ、とミーナ様に言われています。
 初対面で、これが初めての会話だというのに家まで送るなんておかしいでしょう。しかも勝手に愛称で呼んでくるし。

「心遣いはありがたいのですけれど、庶民は徒歩が普通なので歩いて帰ります!」

 頭を下げて猛ダッシュ!
 前を見ていなかったせいで、曲がり角で向こうから来た誰かとぶつかってしまいました。
 衝撃でカバンの中身がちらばってしまいました。

「ご、ごめんなさい」
「悪い悪い。怪我してねーか、あんた」

 尻餅をついた私に手を差し伸べて来たのは、ツンツン癖のある赤毛に人懐っこい笑顔の方。ローレンツ様でした。ミーナ様に見せていただいたお写真そのままです。

「怪我はないです。自分で立てます」

 カバンの中身を集めるのを、ローレンツ様が手伝ってくださいました。良い人ですね。
 教科書はある、学院の教室案内図はある。……あれ、学生証はどこにいったの。

「アラセリス。へぇ、あんたが噂の編入生か」

 探しものはローレンツ様の手の中でした。

「拾ってくださってありがとうございます」

 渡してくれるのかと思いきや、私の学生証をご自分の上着の内ポケットに仕舞いました。
 前言撤回。この方は悪人です。

「返してください!」
「取れるもんなら取り返してみればいい。ちびだから無理だろうな、ほれほれ〜」

 ローレンツ様はただでさえ私よりも背が高いのですから、ローレンツ様が頭上高くに掲げると、取れるはずありません。
 こんな、こんな幼稚舎のこどもがするようなこと貴族の方がするなんて!
 意地悪な人は嫌いです。大嫌いです。
 半泣きでジャンプを繰り返していると、拳が飛んできました。

「ふざけるのはおよしなさい!!」
「ごふっ!」

 ミーナ様が拳を振り上げ、ローレンツ様を怒鳴りつける。

「ローレンツ。困っている人を、それも女性をいじめるなんて最低ですわ! お父上が聞いたら嘆きますわよ」 
「わ、悪かった会長。俺が悪かったから。ほら、これはその子に返すから、な? な? 親父に告げ口するのはやめてくれ」
「謝る相手が違います。それに、わたくしが魔法士団長様にするのは告げ口ではなく、事実の報告です! 言葉は正しく使いなさい」
「わかったから! 許せよ、アラセリス!」

 ローレンツ様は私の手に学生証を押し付けて、猟犬に追われる兎のように逃げていきました。

「ありがとうございます、ミーナ様!」
「もう。だからあれほど気をつけてと言ったのに。気を抜いたら負けよ、アラセリス。このあと買い物に行くようなら日を改めるといいわ。イワンに会ってしまうかもしれないから」
「はい。気をつけます」
 
 ミーナ様が輝いて見えます。勇者様、救世主様、天使様、どう例えればよいのでしょうか。


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